第7話 眉間に皴ができるほど
この世界では、星は神である。
星は魔力を大地にもたらし、太陽よりも長く人々を見守っている。
しかしそんな星がまれに、堕ちてくる。
人はその現象を“星落とし”と呼んで恐れた。
♢
「走れ!!」
俺の叫びにマルタもエリーもすぐに反応した。瞬時に星落としに背を向けて走り出し、坂を上りこの丘の上を目指す。星落としの眩しさに真っ白に埋められていた視界が、光に背を向けたことでジワリと色を取り戻した。
風が強く吹き抜けるような音がして、星落としの息吹が背後から聞こえてくる。
何かが集束し、生まれる前の刹那の息吹。
突然だが、俺は生まれた時のことを覚えている。
母親の腹の中で意識を持った、その瞬間の記憶がたしかにある。
蠢く、透明な闇の中で、闇という概念が存在しない深淵の中で、確かに俺は目を覚ましたのだ。
その時の奇妙な感覚と似ている。
何かが、生まれようとしている。
あの白く眩しい堕ちた神から、人を脅かす異形が、目覚めようとしている。
「あぅっ」
エリーが転んだ。彼女が地面に手をついてしまう前に、俺は何も言わずエリーを右腕に抱え上げて走り出す。
思っていたより軽かった。しっぽの分、もっと重いと思っていたのだが。
「ひゃっ! あ、ありがとうございます。運動は慣れてなくて……」
「あっ、ちょっと!? ずるいわよ! あたしも抱えていきなさいよ!」
遥か前方を走るマルタがのんきな文句を叫ぶ。あまりにも走るのが速すぎる。後ろを振り返る余裕まであるのか。
――なら。やるべきことは一つ。
「おまえは余裕だろうが!? ――俺たちに構わずさっさと走れ!!」
「なによそれ!? 二人を置いてけっての!?」
――バカ野郎。素人め。
「そうだ!! お前だけでも生きろ!」
「な、何言ってんの!? そんなのって――」
「星が落ちた直下にいて、助かった奴はいないんだよ!! ――足を緩めるんじゃねえ!!」
俺は必死に叫ぶ。徐々に近づいてくるマルタに、俺たちに速度を合わせようとするおバカなお姫様に叫ぶ。
「生き残った奴がいないから何が起きるか分からん! 星落としは幸いフェンスの向こう側、おまえは俺たちのはるか向こう側! 助かるかもしれん!!」
「そんな、そんなの……」
「さっさと行けえ!!」
だが、ついにマルタは足を止めた。止めてしまった。俺たちに、星落としのいる方に体を向けなおす。
「いやよ」
――頼むから逃げてくれ。そんな顔をするな。覚悟をするな。
――この世界はお前が思うほど、救われやしないんだ。
「いやよ!! 一緒に逃げるのよ! ――ていうかなんもせずに逃げるとかやっぱり無理! ここで仕留めちゃえば他所に被害も出ないでしょ!!」
――ヴェルメ――
とマルタの呪文が聞こえた。こぶし大の熱球が、両腕を左右に広げたマルタの掌に作り出される。
「まぶしくてよく分かんないけど喰らえっ!!」
――ロス――
両腕を光に向けて振り払う。熱球が光弾となって俺とエリーの横を通り、白い光りの中へ吸い込まれていく。
ドゥッと土が爆ぜ飛び散る音が聞こえた。
「やったわ!」
「やってない」
丘の頂上で、俺はついにマルタに追いついてしまった。
背後から激しく瞬く星落としの煌めきが、徐々に収まっている。白に塗りつぶされた世界に少しずつ色が満ちていく。
「……逃げろと言ったのに。もう遅いぞ」
「ここで生き残れば世界初の人よ。世界の誰も知らない経験、興味深いわ」
話を聞いていないのか。会話が微妙に成り立っていない。
マルタはまっすぐ星落としを見つめ、そして次の熱球を作り出していた。
「生き残るわよ。全力を尽くしなさい!」
そう言ってニヤリと笑う。自信満々。天真爛漫な笑顔。
――こまったねえ。
このお姫様は危うい。失敗を知らぬ万能感。自身の能力の高さからくる過信。
いつか周囲を巻き込んで大きな災いをもたらしかねない。
――クソガキだな。
――けどその無鉄砲さは、嫌いじゃない。
「あとで後悔すんじゃないぞ!」
俺はエリーを降ろして振り返った。煌々と光る星落としは何らかの形を成そうとしている。
――やってやるよ。
俺は負けず嫌いだ。そう、負けたままではいられない。
ここでいつかのリベンジだ。
「ばかね。生きるか死ぬかよ。後悔なんてできやしない。――」
「――ブリタンを見るのが楽しみだわ!!」
マルタの瞳には、眩い輝きしか映っていない。
――嫌いじゃない。
「わ、わたしも楽しみでしゅ!! んがっ」
黙っていたエリーがぐっと両腕でガッツポーズをして、口を大きく開いた。
そういえばこの少女は竜人だった。小さくても軽くても、人間をはるかにしのぐ、力を持つ者の末裔。
「がんありましゅ!」
――ゲブルル――
聞いたことのない呪文だった。
エリーの顎が外れるほど口が開き、そして魔力が集積していくのが感じ取れる。青い光をした球体が高温をもって彼女の開いた口の前に現れる。
すごい熱。ぶっちゃけとても肌が熱い。
「あっつ!?」
「しゃがってくらはい!」
エリーの言葉に俺とマルタは素早く彼女の背後に下がった。青い球体からの熱波は徐々に膨れ上がり、俺たちはそれを避けるようにじわじわと後ずさる。
「いきまふよ~!!」
地面を揺らす轟音が響き、青い球体は線となって弾けた。一直線に星落としへと伸びていく。
一方で、周辺の空気が押し出され、広がり、強い圧となって俺とマルタに襲い掛かった。
マルタがその風圧に負け、吹き飛ばされそうになる。
「きゃっ!」
「おっと」
それをマルタの背中に手を回して受け止めてやった。
「……あんた初めて役に立ったわね」
感謝くらいしてほしいものだが。小生意気なガキである。
エリーの放った青い光線は白く輝く星落としに直撃しているようだが、いかんせん眩しすぎてどうなっているのか分からない。
効いているのか、効いてないのか。さっぱり分からない。
しかし余波だけでこの威力、これはもしかしていけるのでは。
「!! ふせてくだしゃい!」
何かに気付いたエリーが叫ぶ。両腕を俺たちをかばう様に広げた。俺はマルタと共に、言われるがまま大地にひれ伏す。
瞬間、エリーの左腕が弾け飛んだ。
音の無い衝撃波が、その切断面を通り過ぎていった。
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