第8話 黄金錬成

「ぐぅぅぅぅぅ!!」


 エリーが唸る。左肩から先がない。

 弾け飛んだその先は彼女の足元に落ちていた。


「エリー!!」

「そんなっ!?」


 俺とマルタが叫び、エリーに近寄ろうとする。


「まって! まだダメでしゅ!すぅぅ――」


 ――我、大地を這うもの。母よ、我の呼びかけに応えたまえ――

 ――エアデゼーゲン――


 大地にひれ伏し、一息吸うと、エリーが呪文を唱えた。

 その言葉に呼応するように丘が盛り上がり、俺たちと星落としの間に壁となって立ちふさがる。壁が影となって星落としの発する白光を阻み、俺たちは視力を取り戻した。

 壁の向こうで衝撃がぶつかり土をえぐる音がする。星落としの攻撃が断続的に続いている。果たしてこの壁はどれほど保つか。


「はぁ、はぁ、ぐぅぅっ」

「エリー!」


 壁にもたれるように座り込んだエリーに一気に近づいた。

 出血はない。左肩の傷口はその筋肉によってベルトのように締められ、閉じられていた。こんな傷痕は初めて見る、竜人の特性か。


「ううぅぅぅ、痛かったです」

「ほかにケガは?」

「ないです。あーぁ、片腕とられちゃった。やっぱりあれ、強いです。わたしの咆哮にあんなに耐えるなんて……このままじゃ――あっ! ち、ちかいでしゅ!」


 なんか割と平気そうだった。

 涙の一粒も流してない。俺たちと出会った時の方が余裕がない顔で、ちょっと泣いてた。


 ――俺はこういうのは、嫌いだ。


 隣でマルタがエリーの発言に引き気味に口を開く。


「ちょ、ちょっと!? そんな、とられちゃった、なんて暢気にしてられるようなケガじゃないでしょ!?」

「だ、大丈夫ですよ。生えますから」

「生えるって……」


 マルタは自分の常識外のことにうろたえている。エリーのこの状況と発言は、好奇心旺盛なお姫様でも堪えるものがあったようだ。

 まあすぐに立ち直るだろう。


「――あ、あんの星野郎!!」


 彼女の瞳は煌々として輝きを失っていないのだから。


「許せない!! エリーにこんな事して!! ――それにさっきから眩しいのよ!消灯させてやる!」

「まてまて、一人で出ていくな」

「止めんな! すぐに一発ぶち込まなきゃ気が済まないのよ!」


 無鉄砲もここまで来ると無謀である。

 熱くなると冷静さも失うのか。それとも、ド級の馬鹿なのか。まあ、前者だろう。


「落ち着け、おまえは正面からあの衝撃波を浴びるつもりか」

「!! ……何か手を考えないとね」


 諫めをよく聞く良いお姫様だ。この子の側に立つ者は常に冷静な者でなければならないだろうな。


「俺が出よう」

「落ち着いてよく聞いて、アル、あんたは今、パンイチなの」


 ――そんな真剣な目で言われても。


 マルタは俺に両掌を向けて、飼い犬を抑えるような仕草をする。


「わかる? パンイチ。パンツ一丁のことよ?」

「馬鹿にしてんのか」

「そうよ」


 即答。


「あんたが落ち着けって言ったのよ? さっきの自分のセリフ忘れた?あんたは正面から衝撃波を浴びるつもりなの?」

「俺が金獅子と呼ばれる所以を知らないのか?」


 質問で質問に返す俺。会話してくれなかった時の意趣返しのつもりだ。


「はっ?」


 めっちゃ切れてる。マルタのこめかみには血の管が浮かび、今にも破裂しそうなほどだ。

 だが気にしない。俺は自慢の黒髪を右手でかきあげて話を続ける。


「スキャンダの若き金獅子。俺はそう呼ばれている」

「……知ってるわよ。それに即断即答のアルフォンスでしょ?」

「そうだ。どうしてだと思う?」

「普通に……金と呼ばれるくらい目覚ましい活躍をした、ってことじゃないって顔ねそれは。はぁぁ」


 マルタは心底嫌そうな顔をして溜息を吐いた。察したか。

 俺は左手にずっと持っていた尿にょう瓶に力を込めた。


「そうだ。俺は戦場にこの尿を持っていく。もちろん、俺以外のやつらはこれが何か知らない」


 10人分の魔力が込められた黄金の水、俺はそれを使って戦う。

 だからこその、金。


「この黄金色に輝く生命の水こそが! 俺の、力の源だ!!」

「……わかったから持ち上げないで、殴るわよ」


 やれやれ。そんな嫌がるものじゃないというのに――。

 その時、土壁が深くえぐられるような音がして振り向く、エリーがあの呪文を再び唱えた。


「まだいけましゅ!」


 その言葉に俺とマルタは頷き合った。結論を急ごう。


「――それで? どんな魔法を使うの? ヴェルメ? フリーレン?」


 マルタが熱球と凍球の呪文を唱え、それらを両手に一つずつ作り出した。


 ――すごいな。


「俺はそう言うのできないんだ」

「は? 基礎呪文よ? あんたプロペラ機で唱えてたじゃない」

「俺は、熱球とか作り出せないんだ。起動のヴェルメは使えるけどな。――俺は武器がないと戦えない」


 俺は銃、もしくは剣がないと戦えない。俺はそれらに魔力を込めて使うことしかできない。

 マルタが今度は心底呆れた顔をした。


「もういいわ。――すごく嫌だけど、すごくキショイけど、あたしがその、…瓶をもって戦うわ」


 そして嫌そうに、顎を引き、及び腰になりながら尿瓶を取ろうとする。

 俺は尿瓶を背中に隠した。


「ちょっと!? 覚悟が揺らぎそうだからさっさと渡してもらってもいいかしら!? ちゃんと魔力入ってるんでしょ!?」

「人の話は最後まで聞け。――武器がないなら、作ればいいんだ」


 そう言って俺は素早くエリーの切断された左腕を拾いあげる。それはまだ暖かく、新鮮な生の腕だった。


「エリー! もらうぞ!」

「どうぞ!」

「ち、ちょっと、なにして……」


 ――かたどれ! ――


 叫び、腕の組成を組み替える。死へ向かう有機物を、死を作る無機物に変える下法。それが俺の特異魔法、俺だけの能力。


「知ってるだろ? 俺は異例の若さで准将になった男――」


 エリーの左腕だったそれは、黄金の魔力を得て黄金の輝きを放つ。ことわりに逆らい、変化し、胴綽綽どうしゃくしゃくたる諸刃のつるぎかたどった。


 ――イメージ通りだ。


 太く、長く、敵を叩き斬るために生まれた黄金の塊。

 俺はそれを右腕に掲げ、堂々と謳い上げる。


「――スキャンダの若き金獅子、即断即刀のアルフォンスだ!!」

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