第13話 緊急事態発生
「おいこれトイレはどうすんだ!」
「催した時におっしゃってください」
そう言って目の前の監視は柔和な笑みを浮かべた。
彼から目を逸らし、改めて独房の中を見てみる。簡易な折りたたみベッドにイスと机がある他は何もない、まったくもって殺風景。今からマルタが見つかるまでこんな所で過ごさなければならないのかと思うとゾっとする。
「あっ! 風呂も入れないじゃないか!」
「それもおっしゃってください。では、私はこれにて」
そう言って彼はまた柔和な笑みを浮かべた。そして手に提げた袋から小さなベルを取り出すと、鉄格子の隙間から俺によこしてきた。
「何かあればこれでお呼びください」
「えっ!? どこ行くの!?」
「そろそろ晩ご飯なんです」
「そうだ、俺の飯は!? 俺もまだ食ってないよ!?」
「後で持ってきますから……じゃ、そゆことで」
「あっ、まっ――」
彼は俺の言葉を聞く前にさっさと外へ出ていった。彼のしっぽがするりとドアの向こうへ消えて見えなくなる。やるかたなく鉄格子の隙間から伸ばした右手をゆっくりと戻して、足元に置いたベルを見る。いまやこれが俺と外界をつなぐ唯一の手段か。
――くそぅ。
「マルタぁ!! 早く出てきてくれぇ!!」
♢
~数時間前~
遥か空の上、俺たちは鉄の籠の中で揺られていた。思っていたよりも揺れは激しくないものだった。
「――寒い」
「でしょうね」
俺の小さな呟きにマルタが答えた。いつの間に調達したのやら、彼女は毛布に包っていてあったかそうだ。
「なぁ、ちょっと俺に分けてくれてもいいじゃないか」
「ダメって言ったでしょ。エリーが優先よ」
マルタはそう言うと、彼女の膝の上で寝息を上げているエリーの銀髪を優しく撫でた。
エリーはやはりあの戦いでかなり消耗していたらしく、籠に乗り込むや否や倒れ伏して眠りについた。そうして魔力の回復となくなった部位の回復に当てるのだろう、彼女の左腕は今まさに再生の最中にあった。
マルタはそれを見ながら唇をキュッと噛んだかと思うと、次に俺を見て盛大にため息を吐いた。
「はぁ、なんでアンタまだパンイチなのよ」
「そりゃマルタがそうしろって言ったからだろ」
「あぁ……。ごめん。あたしが馬鹿だったわ。ブリタンについたら服を着て、いいわね」
――よし。
「そうだな。向こうに着いたらいただくとしようか」
「なにそれ、変な言い方。……アンタのせいで余計な面倒が増えたじゃない」
きっとマルタの言う面倒とはアモンとクルミが言っていた裁判の事だろう。俺がパンイチでいたせいでヘンタイだと疑われたあの件。
「マルタが脱げって言ったんだぞ」
「はぁぁぁ。――そうね、そうだわ。ほんとあたしが、馬鹿だったわ」
マルタは片手で両目を塞ぐと俯いてしまった。これまでになく落ち込んでいる様子に思える。どう声を掛けたものかと迷っているとそのままの状態で俺に問いかけてきた。
「ねぇアル、腕、痛くない?」
「大丈夫だ」
「痛くないかどうか聞いてんの。ちゃんと答えて」
「痛くない」
俺がそう言うと、マルタは顔に当てていない方の手で、自分を包んでいる分の毛布を少しはだけた。
「寒い?」
「……実はそんなに寒くない」
ちょっと強がってみた。案の定マルタは元通りに毛布に包った。それでいい。
「……あっそっ。――ブリタンで、ちゃんと治してもらえるのよね」
「ああ。きれいさっぱり元通りになるだろう。悲しいほどにな」
「なにそれ、変よ」
マルタの口元に少し笑みがこぼれた。そして彼女は続けて言う。
「裁判所って、本気で言ってるのかしら」
「ん?」
「強制送還、されるのかしら」
「あー、んーどうだろうな」
実際、俺たちには何の罪もない。唯一問題ありそうなのは俺が裸であることくらいだろうが、それを取り締まるような法律はブリタンにはない。
――そもそもブリタンの法はブリタンで犯した罪にしか当てはまらないだろう。
ふと上を見上げるとプロペラ機の腹が見える。
俺たちはスキャンダで指名手配されている訳でもない、彼らのやる気は空回りすることだろう。
――だいぶ若いな。
彼らは上官にこっぴどく叱られることになるだろう。遅刻の件と合わせて。しかしそれが問題だ。果たして彼らの上官のどこまでが出張ってくるやら。
「……普通に考えれば裁判沙汰になるってのはあり得ない。だが強制送還の可能性はある。――言い忘れるところだった」
「なに?」
「身分は偽っておけ。高官の中にはお前の顔を覚えている魔人もいるだろうから、入島後はできるだけ俺の側を離れるな」
偉い連中の顔はしっかりと記憶している。彼らが100メートル先にいたとしても俺なら反応できる。
「いいか。俺がお前のほっかむりを二度撫でたらそれが合図だ。お前は俯いて、顔を決して上げるな」
「アルはどうするの?」
「俺もできうる限り身分を隠す。だが俺の場合は知り合いに会った時点でアウトだからな。その時は適当に誤魔化すさ。俺ならスキャンダに連絡がいったところで、急に古巣が懐かしくなって、とでもなんとでも言える。ケガに関しても、まぁ、何とか言い逃れするさ」
「……わかったわ」
マルタは手で目元を隠したまま頷いた。そして数秒の後、彼女はやっと素顔を見せた。
「アル、あ――アンタそう言えばヤクの袋は?」
どこか眠たそうな眼をして、マルタは俺にそう告げた。
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