第12話 分からないって怖いんですよ~

 人が三人も入る籠など当たり前ながら基地には存在しなかったので、俺たちは星落としに壊されたフェンスから籠を生成することにした。


「む、むむぅ」

「どしたのエリーさーん?」

「クルミは手先が器用でしゅ! わたし、そんな風にキレイに鋏を使えません」

「こんなのちょちょいのちょいだよ~。いつも細かい作業してるから~」


 エリーは至近距離でクルミの手元を食い入るように覗き込んでいる。まるで母の編み物を見つめる子どものような仕草に、改めて彼女の無くした左腕の重さを感じる。


「エリー、その、左腕は本当に生えてくるのか?」

「生えます」


 エリーは一瞥もくれずそう答えた。

 ――えっ!? 冷たい。


「わたし、まだ怒ってますからね!!」


 エリーはツンツンしている。彼女は俺に全く目を向けずに頬を膨らませた。機嫌を直してくれたと思っていたのだが、そんなことはなかったようだ。

 ――エリー。いくら竜人とはいえお前は子どもじゃないか。


「悪かった。でもな、お前だけ無茶させるわけにはいかん」

「わたしは生えるから大丈夫だって言ったじゃないですか」

「……替えが利くからといって、目の前で傷つくのを見せられて放っておけない」

「それ、アルさんにも当てはまってます」

「俺は軍人だ」

「そんなの! 関係ないでしゅ! ったぁ!!」


 エリーは俺に勢いよく振り返ったかと思うと盛大に舌を噛んだ。ピンと尻尾が立って、すぐしなしなと落ちていく。


「はぁぁぁ! 痛い! めっちゃ痛いでしゅ!」

「お、おいおい。大丈夫かエリー」


 舌を出して痛そうにしているエリーに近づく。幸いなことに拒否はされなかった。


「ううぅ……、ちょっと見てください、どうなってますか?」


 あんぐりと開いたエリーの口を覗くと人のそれより遥かに太く鋭い八重歯が見えて、至近の舌が赤く腫れていた。


「……真っ赤に腫れてる。マルタを呼んでこよう」

「ほ、ほこまへへは。らいじょーぶれす。――鱗はありまへんか?」

「ん? いや、見えないが」


 そう言うと、エリーは残念そうな顔をして口を閉じた。


「そうですか……」

「……いや~。耳が痛いですなぁ」


 鉄を切ることのできる大きな鋏を持った手で、クルミが耳の裏を掻きながら言う。


「ていうかアルフォンスさん、軍人さんだったんだね〜。どちらさんの?」

「あっ! そういえばそうでしゅ! 初耳でしゅ!」


 そういえばエリーにも俺が軍人だとは伝えていなかったな。


「俺は……この国の兵士だ」

「へ~。若い人だよね?」

「あぁ、ただの一兵卒だ」


 エリーはともかく、魔人には身分を偽る必要があった。マルタにも後で言っておかなければ。


「ほうほう。そしたらあの子は妹さ〜ん?」


 クルミが鋏で指し示した先には、アモンに質問攻めするマルタの姿があった。


「これはなに?」

「これは鉄製の、馬みたいなもんさ。コーチを燃料に動く機械のお馬さんだぜ」

「じゃあこれは?」

「それはゴムのタイヤだ。あの馬から弾け飛んだんだなきっと」

「ふーん。これは?」

「それは……」


 マルタはさっきからこんな感じで自分の知的好奇心を満たそうとしている。アモンは律義に、その全てに答えていた。


「マルタは……」


 ――妹だなんて言ったらあとが怖いな。


「ご主人様だ」

「えっ!?」

「ですね」


 クルミは俺の全身を下から上まで、目を見開いて観察してくる。しかし明らかにその目は泳ぎ切って焦点が定まっていない。エリーはウンウンと頷いていた。


「えっえっ? そうなの? あっちがそうなんだ!? へ、へぇ~」

「どうした? 何かあったのか?」

「いや、何かあったていうか……。ひ、人の性癖に口は出さないよ!」

「性癖?」

「あっ! その……お、おにいちゃ~ん!」


 クルミは右手に鋏、左手に切りかけのフェンスを持ってアモンの元まで走りはじめた。そのとんでもない怪力にフェンスは地面から音を立てて剥がれていった。


「どうしよう!? あの人――ごにょごにょ」

「なに!? ……どうするか」


 アモンの耳元でクルミが何かを囁いた。するとアモンは俺とマルタを交互に見て深刻な顔を浮かべた。


「どちらを通報するべきなんだ……?」

「はぁ!?」


 マルタがその一言でアモンの服に掴み掛った。


「通報ってどうゆうことよ!? ブリタンまで送り届けてくれるってアンタ言ってたじゃない!」

「おおお落ち着いてマルタさん! ブリタンにはちゃんと連れていくぜ!? けどな、アルフォンスさんの服装に問題があんだ!!」


 ――なにィ!?


「俺の格好のどこに通報するいわれがある!? ブリタンに服装に関しての法はないはずだぞ!!」

「っ~~それならあたしは関係ないでしょうが! なんであたしまで通報されなきゃなんないのよ!」

「姦淫に関する法があるぜ! 俺たちの目にはパンイチのヘンタイが幼女と少女を襲っている最中にしか見えなかった!!」


 アモンは星落としを相手にしていた時よりも真剣な表情をしていた。


「あんな魔法を使ってまで、星落としを無視してまで、……こんな貧乏そうな田舎娘を買い、竜人の幼女を捕まえて、エッチなことをしようとしてたとしか思えなかった!!」


 アモンの後にクルミが間髪入れずに話し出す。


「ロリコンはブリタンについてもすぐ強制送還だよ!! 私たちにここで犯罪者を捕まえる権利はなくてもブリタンでならあるから……。でもアルフォンスさんは、マルタさんの下僕だった。軍人さんなのに……。――」

「――てことは、マルタさんがアルフォンスさんの弱みを握ってて、エリーさんを襲わせてたってことになるでしょ! そんなの、通報だよ!!」


 なんて想像力だ。あまりにも飛躍しすぎている。そもそもご主人様とはいったが下僕だとは一言も言ってない。それに、


「エリーを襲おうとしてたのはマルタだ! 俺はそれを阻止したぞ!」

「ですね。……怖かったでしゅ!」

「ちょっと! ややこしくしてんじゃないわよ!!」


 エリーが思い出したように身を震わせて、マルタは地団駄を踏んだ。

 魔人兄妹はピタッと黙り込んだかと思うと、すぐにコソコソと話し合いを始めている。


「ど、どうしよおにいちゃん。私もう、こわいよ~」

「竜人の子は保護だ。二人は……うん、上の指示を仰ごう。俺たちには理解できない人の営みというのがあるんだ。――よし! 分かった通報はしない!」


 アモンは大声を上げると、俺とマルタを威嚇するように睨んだ。


「だけど、マルタさんとアルフォンスさんは俺たちと一緒に裁判所まで来てもらうぜ。エリーさんも来てもらいたいけど、無理はしないでいいから、な」


 そう言ってアモンはエリーにだけは笑顔を向けた。

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