第11話 不良魔人現る

「い、行っちゃいましたぁ……。変だけど良い人でしたね」

「そう、ね。ちょっと気に食わないけど、返しはおもしろかったわ」

「……」


 どこかで会った魔人、なのだろうか。しかし俺には彼女がそもそも魔人だとは思えないし、彼女の言葉を鵜呑みにすれば、彼女は魔人の皮を被った神様みたいなものという事になる。


 ――バカらしい。意味が分からん。


 なぜ俺を、俺たちを一時でも救ったんだ。魔人ならば、それはもはや義務だが、彼女は自らを魔人でないと言いそしてあっさりとこの場から去った。

 けれど、彼女の置いた防御魔法は今も俺たちと星落としの間を遮って壊れるような気配が一切もない。

 試しに俺の鎌を投げてみた。


「ちょっ!? アル!?」

「……ははっ。こりゃすごい」


 俺の鎌は透明な壁をすり抜け、星落としへと一直線に飛んでいった。衝撃波で弾かれ当たりはしなかったものの、どうやらこの防御魔法は一方通行できるようだ。つまりこちら側からあちら側に対して、一方的に攻撃ができるという事だ。


「チートじゃないか」

「何言ってんの! 壊されちゃったらどーすんのよ! ……てかチートってどういうことよ?」

「す、すごい魔法でしゅ! ……とてもマネできそうにありません。どうやってるんだろう!」


 マルタが首を傾げ、エリーは目を光らせ尻尾は激しく振られている。


 ――さーて、どう料理してやろうかな。


『あーそこのお三方ぁ~! もうちょい丘の上の方に退避お願いしま~す!』


 拡声器越しの少し割れた女の声が上空から響いた。見上げると遥か空に鳥のような影が一つ。

 あれは、魔人の兵器。双翼のプロペラ機だ。

 それはグングンと地上に近づいて、下方に付けられている機銃の形もハッキリと見えるようになった。


『こちら「星落とし」の対処に参りました魔人で~す! そこだと掃射範囲に入るので――』

『よく見ろクルミ。防御魔法が張られている』

『あっ、ほんとだ。んーこういう時はもう撃っていいんだよね? いきます!!』


 声の後、急降下する音。そして同時に多数の弾痕が地面と星落としを蓮のような穴ぼこに変えた。不思議と銃撃の音は聞こえなかった。

 プロペラ機はその機銃掃射の後、空中で宙返りをして通り過ぎた空を再び通る。そしてまさに星落としの直上で、魔人の男が一人プロペラ機から星落としに飛び込んでいった。


――ヴェルメ――


 瞬間、男の持つライフルに幾何学的な紋様が走る。男は続けざまに5発を星落としに撃ち込んだ。左腕、右腕、そして既に無くなっているが脳天のあった場所、左肩口、右肩口。

 そして右肩口に入り込んだ弾丸が星落としの肉をえぐり、右胸との間に赤い塊を現した。


「そこっ!!」


 男は残る全弾を撃ち込んだ。ひときわ大きく硬質の物体が砕けた音が聞こえ、星落としは塵となって消えていった。

 あっという間に、全てが終わってしまった。


 ――こまったねぇ。まるで情けないじゃないか。



 ニンフェットの張った防御魔法は星落としの消滅と共に消え去った。まったくもってとんでもない魔法だ。


「じゃあ乗せてってくれるのね!!」

「もちろんだよ~! 私たちもちょうどブリタンへ向かう所だったからさ~。旅は道連れ~世は……なんだっけ?」

「え? ブリタンから来たんじゃないの? 最終招集とやらで魔人はブリタンに集まってるんでしょ?」

「……実は遅刻したんだよね~!! おかげで君たちを発見できたし一石二鳥みたいな? これで怒られないで済むかもみたいな!?」

「やりました! すごいラッキーでしゅ!」


 マルタとエリーは魔人の女の子と話している。

 彼女はクルミ・コノミというらしい。見た目は18才くらい。頭には二本の小さなツノ、尻尾は細い。緩く巻かれた栗色の髪を片側に寄せて高い位置で括っている。瞳は黒い。


「君らの乗った籠をひもで吊るす感じになるけどいいか? ぶらぶら揺れるぜ」


 魔人の男はそう言って体を左右に揺らした。

 見た目は20半ばくらい。俺よりは少し下に見える。先ほどの戦いぶりからしてもっと寡黙で冷静な奴かと思っていたが、いざ話してみると軽薄で少し暑苦しそうな奴だった。名はアモン・コノミというらしい。彼は一本ツノ、尻尾は犬のよう。髪はかなり短くトサカのように整えられている。

 そして彼はプロペラ機を降りても何故かゴーグルを掛けたままだった。その奥に見える瞳は黒。

 魔人は2人とも彼らが好んで着ている黒い軍服を身に付けていた。


「……それって、大丈夫かしら」


 ――ん?


 マルタが不安そうな顔で俺を見上げた。


「まぁ、大丈夫だろう。魔人は物を浮かす力を持っているし、振り落とされたりとかはない」

「ちがうわよ。アンタとエリーの、腕の話よ」

「おかげさまでこの通り、キレイに塞がってるよ。ありがとな」

「――ちっ。それが悪化したらどうすんのって聞いてんのよ!」


 露骨な舌打ち。いままでも不機嫌な場面はあったが、こんなじゃなかったと思うんだが。念願のプロペラ機にやっと乗れるんだぞ。どうしてそんなにイライラするかね。


 ――女は分からん。


 特にこのお姫様はただの人ではないしな。立場も能力も、考え方も。


「だーいじょうぶ大丈夫! 落ちやしないし、マルタさんは魔法がうまいね。適切な個所を治癒してあるから、冷えた空気や激しく揺れる中でもその腕が悪化することはないと思うぜ。風邪は引くかもだけどよ。――俺よりうまく治癒魔法を使えてるよ」

「わたしも寒い所は平気です。揺れるのも怖くないですよ。あっ、風邪って治癒魔法で治せるんでしゅ!?」

「基本は外傷だけよ。風邪なら頭の痛み止めくらいにはなるかしらね。……。まっ、悪化しないならいいわ」


 アモンとエリーの言葉にマルタはそっけなく答えた。

 それにしても、


「どうやって遅刻なんてするんだ。最終招集のコール音は耳に鉄棒を突っ込まれたみたいな衝撃だったぞ」


 あれほどけたたましく鳴り上げた緊急連絡で、まさか寝ていたとしても覚めなかった訳があるまい。


「……ふぅぅ。ふぅぅ~」


 するとクルミが気まずそうにみんなから顔をそらし、口笛(?)を吹き始めた。


「なんでしゅか!? それなんでしゅか!? ……ふぅぅ。ふぅぅ~!」


 エリーはそもそも口笛を知らないようだ。決して煽ってるわけじゃないと思う。

 吹けない口笛を吹き続けるクルミに代わってアモンが話し出す。


「俺たち兄妹は休暇中でなぁ。名前の由来を探して基地外へと出てたんだよ」

「由来?」


 マルタが聞いた。


「あぁ、俺たちの名前はイサミに付けてもらったんだ。知ってるだろ? 大英雄の」

「もちろん」

「ふーん、イサミにね」


 マルタは腕を組んだ後、右手で唇を触りだした。


「まっ、いいわ。それで?」

「俺たちは向こうの世界の木の実の名から取られたらしい。クルミとアーモンドって木の実だ。イサミはその日、偶然似たような木の実を食べてそれをそのまま俺たちの名前にした。で、俺たちはそれを探して担当区域外にまで出てた」


 ――読めたぞ。

 俺はアモンの言葉の続きを盗んだ。


「――それで音が聞こえずに夜明けまで探し続けて、やっと帰って来てみれば、基地の仲間はみなブリタンへ。残されたお前らも慌てて発進したってところか?」

「いや、ちがう。小型通信機から音は聞こえた。――けどクルミが変なものを食って腹を下した。痛がるクルミはその場にうずくまって動けなくなったってわけ」

「ぴぅっ!? あっ鳴った! お兄ちゃん初めて鳴った~!!」


「お~すごいじゃねーか!」と言って、アモンは抱き着いてきたクルミを抱きしめ返した。そして俺たちに向けて言う。


「言ったろ? 俺は治癒魔法がうまく使えないんだ」

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