第10話 ニンフェット
魔人と人との見分け方は至極簡単。ツノと尻尾が魔人にはある。それだけ。
そして彼女の容姿に、俺は見覚えがあった。
「だ、代表!?」
「あら? 人が私をそう呼ぶなんて珍しい。けど残念ね。私は似てるだけの別人よ。ほら、よく見て、私は赤目白髪。彼女は黒目黒髪でしょ?」
「ちょっと! そんな話は後にして! 酷い怪我」
――クーア――
マルタが俺に近寄って側に座り込むと治癒魔法を唱えた。無くなった左腕の跡に温もりを感じる。
「馬鹿! バカ! このバカ! なにしてんのよ!! みんなでブリタンに行くって言ったでしょうが!!」
「言われた通り生きてるだろ?」
「っこの! ……っ」
「さっき死にかけてたじゃないですか」
言葉に詰まったマルタの代わりにエリーが答えた。
「どうしてあんな無茶したんですか。……わたしと違ってアルさんの腕は生えないのに。しかも鎌にしちゃって。死ぬ気だったんじゃないですか?」
エリーの目は瞳孔が開き、まばたき一つしてくれない。太い尻尾は怒りに震えている。そして彼女の左腕の傷口は蠢いているように見えた。
「わたし、守れましたよ? どうして一人であそこまで突っ走っちゃったんですか」
「お前らは、星落としの生態を知らない……だから」
「そう思うなら教えてくれればよかったじゃないですか!! そしたらみんなでもっと考えて、結局逃げようとしたかもしれないのに!」
そんなエリーの叫びにはマルタが答えた。
「ごめんエリー、絶対にそれはなかったわ。あたしがそれを許さなかったと思う。……そう、あんた、それを言ったらあんた以外が無茶するのが嫌だったんでしょ」
「さてね。俺がバカなだけだろう。――すまなかった」
「……バカ」
小さくそう呟くと、マルタは黙って俺に治癒魔法を当て続ける。エリーも右拳を握りしめて震えたまま一言も発さない。
じりじりと痛みを訴えかけてきた左腕は、マルタの治癒魔法のおかげで落ち着きつつある。今は血も出ていない。
――やっちまったなぁ。
本当に、普通に魔法を使える奴が羨ましい。
気まずい雰囲気を打破しようと何か言おうとするが言葉が浮かばない。嫌な静寂がその場を支配して息苦しかった。
「あー。そろそろいいかしら」
そんな中を申し訳なさそうに魔人の少女が言葉を発した。いつの間にか俺の正面、エリーのすぐ隣に立っている。
「私、ニンフェット。ふふっ。えーと、そうね、んー……魔人、みたいな何かです。まぁ見ればわかるわよね」
「「!?」」
マルタとエリーが飛び跳ねた。そんな様子など意に介していないかのように少女は続ける。
「とりあえずあなた、お疲れ様。頭か心臓にコアがあると踏んで行動したところは偉いわ。残念ながらあれのコアはそこじゃなかったようだけどね、珍しく」
「……運がないもんでね。よく悪い方を引いちまうんだ。――まて、奴はどうした?」
そこでようやく気付いた。あれほどうるさかった衝撃波の地面をえぐる音が聞こえない。慌てて奴がいる方を見れば、いる。
奴は盛んに腕を振っている。衝撃波が目に見える。しかし、見えない壁にぶつかって雲散霧消、音もない。
「あー。うるさいから、ね。防御魔法を掛けたの」
「ふぇ!? す、すごいでしゅ! 魔法の気配すら感じなかったでしゅ!!」
「ふふっ。すごいでしょ。この程度朝飯前よ!」
エリーにそう言って満足気に鼻を鳴らすニンフェット。しかしそんな様子を見ていたマルタはどこかソワソワしながらもその場から動かず、囁くような小さな声で俺に聞いてきた。
「ねぇ、魔人ってみんな一瞬に移動したりこんな結界を張れたりできるの?」
「いや、彼女が特別なんだ。見てくれの通りな」
「どういう意味?」
「……代表に、魔王にそっくりなんだ」
魔王には妹がいると聞いたことがある。もしかしたら、彼女はそれなのかもしれない。だとすれば俺を一瞬でここまで移動させた事も、音さえも通さぬ防御魔法を掛けたことも納得がいく。
「魔王は当代一の実力者が務めるそうだからな。その……恐らく親族だとすれば」
「けど親族だからって実力があるわけじゃないでしょ? あたしのお姉さまやいとこ達もつまらない、どうしようない人ばかりだし。――まぁ何にせよ、あの子は普通じゃないってことね」
「そういう事だ。なんの補助もなしでここまでの術式を行使できている。相当な実力者の証だろう」
「なら……あんたの腕も治せないかしら」
――そういや、魔人と会えたのに俺から離れようとしないな。なんでだ?
マルタのことだ。エリーの時みたいに抱きついたりしそうなもんだが。相手は小さい女の子だしな。
俺のことなんて止血した辺りでほっぽりだすもんだと思っていた。
「……どうだろうな。魔王も治癒魔法が苦手と聞いた。――できるならば、すぐに治すだろうからな」
見ればエリーとニンフェットは手をつないではしゃいでいた。二人とも背格好が同じなので、白銀の織り成すそのダンスはエリーの左腕さえあれば、まるで穢れを知らない天使の舞に見えただろう。それほど絵になる二人だった。
左腕の痛みはもうほとんど収まった。マルタに「大丈夫だ」と短く伝えると彼女は魔法をやめ、踊り続ける二人に振り返る。
マルタが初めて俺以外に呆れた顔を見せた。
「ちょっと、なに踊ってんのよ。まだ星落としは健在なのよ」
「あっ! ちょっと魔法の話で盛り上がってしまって……すみません」
「あら残念。もう引きはがされてしまうなんて……。じゃ、私はこの辺で失礼するわね」
「なに!?」
ニンフェットの何気ない言葉に俺だけが正しい反応を示した。マルタとエリーは彼女のあまりにあっさりとした言葉に何も反応ができないでいた。
彼女はすでに俺たちに背を向けてどこかへ去ろうとしている。俺はその背に向けて叫ぶ。
「お前、星落としの討伐をしに来たんじゃないのか? そうでなくても、どういうことだ!? なぜ魔人が星落としを前に逃げ出すことがある!?」
「えーとね、私、どっちかっていうと神様よりなのよね。この結界はかけっぱなしで置いておくから、あとはあなたたちで頑張りなさい」
――何を言っているのかさっぱり分からん!
「えぇ!? 助けてくれないんでしゅか!? それに、もっとお話ししたいでしゅ!」
「ごめんね竜人の子。ほんとは私もそうしたいのだけれど。……きっとまた会えるわ」
エリーがニンフェットの袖口を掴んで引き留めようとするがあっさりとかわされた。続けてマルタが話しかける。
「どうして逃げるのかとか聞かないわ。何か理由があるんでしょうし。それに元から、あたしたちだけでどうにかする気だったんだから。――でも一つだけ質問させて、ブリタンにはあなたより面白い人がいるかしら、すごいものが見れるかしら」
ニンフェットはマルタに振り返った。その顔にはえくぼがあるが、目は笑っていない。
「……なんか悔しいから二つ返させてね。まず、私は星落としから逃げるわけじゃないってこと。そしてあなたの質問への返事だけど、それは分からないわ。だってそんなの、人によりけりでしょう。実際にあなたが感じてみるまで分からない。――ブリタンに行きたいのね。あなたにとって良い経験になるように祈ってあげるわ」
ニンフェットの体は段々と透けだしていた。もう、うっすらと彼女の体の向こう側が見えるほど。
「そこのヘンタイさんは、ちゃんとブリタンで治してもらうのよ。――意地を張らないでね、アルフォンス・エリク・ニールセン」
「な、に?」
「ふふっ。元気そうで何よりだわ。あら、もうそこまで来てる。じゃ~ね~」
「おい、まて! なぜ俺の名を――?」
「風邪ひかないようにね」
俺が言い切る前に、ニンフェットは完全な透明になって消えた。
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