第19話 白銀少女とロリ魔王②

「? さっき話した通り、星落としから助けてもらったんでしゅ」

「おう、それは聞いた。一瞬で防御壁を張り、一瞬で移動し、一瞬で消えた、そうだな?」

「はい! 魔人さんはあんなことができるんでしゅね! スゴイでしゅ!」

「なワケあるか」


 黒い髪に白いパジャマを着た魔王は、ハッキリとそう言い切った。


「そりゃ理を超えてる。この世界の誰も、んなこたできやしないんだ。――うすうす気付いてただろ。ブリタンに来て魔人を目にしたあんたなら、うちと握手したあんたなら、竜人なら、分かっちまうはずだ」

「えと……」

「教えてくれ、覚えてる範囲でいい、事細かに、全部、その時あんたが見た物聞いた物をそっくりそのまま聞かせてくれ」

「ふぇぇ……」


 エリーは目の据わった魔王ににらまれて涙が込み上げるのを耐えながら話し出した。そして訥々としながらもあの時あった事をすべて話し終える。アルフォンスとマルタに出会う所から魔人の兄妹に会う所までを言い切った。魔王はその間、片時もエリーから目を離さず、小さな頷きを返すこともなかった。

 魔王が目を伏せる。一瞬の後、その口と同じようにゆっくりと開かれた。


「エリー、魔人がどうして兵器を使うか分かるか?」

「えっ?」

「プロペラ機、要るか? 魔人は空を飛べる。戦艦、要るか? その巨砲は魔法で代用できる。でも必要なんだ。どうしてだと思う?」


 エリーは「んっと」と呟いて唇に指をあてる。よく考えると、よく分からない。なんかカッコイイからだろうか。なんてボンヤリ思いついて、つい口に出た。


「スゴイカッコイイからでしゅね!!」

「おう! 気が合いそうだな!! イイよな兵器!」

「はい! 見てると胸がドキドキしましゅ!」

「分かる!! うちも新兵器で叫んだもん。――でもそうじゃない。兵器はな、節約なんだ」

「?」


 エリーが疑問符を浮かべて小首を傾げた。

 魔王が続けて言う。


「もったいない精神の現れなワケ」

「んー? 何がもったいないんでしゅか? 電気?」

「まぁ、その辺りの資源もだけど、何よりもったいないのは魔力だ」

「ほー」

「うちらは魔力をムダに使えないし、使っちゃいけない。何より実際足りてない。だから作り出した。少しの魔力で空を飛び、強力な魔弾を放つことのできる兵器を」


 ムダに使えないと言う割にアルフォンスには魔法の手を使った魔王だったが、エリーはそれよりも『少しの魔力で』というのが気になった。


「わたしがアレを飛ばすには人間換算で50人分は要りましゅ。……流石でしゅね」

「何言ってんだ。普通に飛ばすなら一人分も要らねぇよ」


 と言って魔王はその食い違いにすぐ気付き、


「あ、ごめん。星から得た魔力ならそんくらいかもな」


 そして頭を掻いた。次に一口、コーヒーを含んで喉を潤す。苦く感じたのか、彼女は舌を出して嫌そうに続けて話す。


「『神様よりなのよねぇ』か、敵じゃなけりゃ歓迎なんだがな」

「へ? 敵ってどういうことですか?」

「魔力をケチりもせず、単独じゃ到底行使できない大魔法をバンバン使うようなやつがの味方なわけないだろ」


 魔王はエリーを指差した。うちら、とはつまり今ここにいる二人の事だった。しかしエリーは怪訝な顔をする。彼女にとってニンフェットは大切な人だった。

 そんなエリーの顔を見て魔王が言った。


「誇りを取り戻したいんだってな」


 エリーの表情が硬くなる。それは彼女の悲願だ。失われた栄光を求めて、一人故郷を飛び出したのだ。

 魔王が言う。


「あんたはその為に邪神を討伐する。竜人の猛き心を取り戻し、誇りを武威を世界に示す。そうだろ?」

「……つまり何が言いたいんでしゅか」

「それが嘘でなきゃあいつはあんたの敵だ」


 エリーはムッとした。助けてくれた人のことを悪く言われるのは嫌いだ。そもそも、魔王のどこか遠回りな喋り方に嫌な感じを覚えていた。


「敵なワケないでしゅ。颯爽と現れて颯爽と消えたかっこいい人でしゅ。わたしの命の恩人に失礼なことを言わないでくだしゃい」

「うちの妹なんだよ」


 魔王はまるでエリーの話を聞いていないかのような返事をした。

 エリーはいよいよイラっとする。


「だから? それがなんでしゅか?」

「もう人じゃない。あいつはもう魔人じゃない。あいつはの敵――邪神だ」

「違いましゅ」


 エリーがキッパリと言い返した。魔王は少し驚いた顔をして口を閉じる。それを見てエリーが続ける。


「邪神は人の形を成していない。そのはずでしゅ」


 エリーは今日遭遇した星落としを思い出す。邪神とは向こうの大陸に現れた星落としのことで、だから落ちた彼らと同じように歪な生物の形をしていたと祖父から聞いた。あの人が邪神のはずがない。たとえ人でないにしても――。


「言い過ぎでしゅ。少なくとも世界を脅かしている邪神じゃない。そうでしゅね?――なら、わたしの敵じゃない」


 エリーがコーヒーを口に含む。まだ熱いせいか、なぜか飲み込めない。口内に広がった苦い味に彼女は顔をしかめた。

 魔王がまた頭を掻く。


「いや、まいったね。そうか、あんたの敵はあいつじゃない。スマンかった。――聞けることが減っちまった、あと一個だけでいいや」


 そう言うと魔王はコーヒーを一気に飲み干した。


「ニンフェットってのは簡単に言うと、つまりうちみたいな色っぽい少女の事を言うんだけどな……」

「――へ?」


 ポカンとした顔でエリーが魔王を見た。話題が急変したのもそうだが何よりその内容だ。憔悴した顔といえば良いのだろうか、魔王の疲れきって眠そうな顔、そして恐らく数日着たままのくたくたパジャマを見た。確かに造形はあのニンフェットのそれだけども、彼女には色気がない。いや、このある意味退廃的な感じに色気を感じる人もいるかもしれないけども。

 エリーの表情を見て、どう勘違いしたのか魔王が得意顔で続ける。


「まぁまぁ、知らなかったのは無理ねーよ。異世界の言葉だし。で、あいつはちゃんと名乗ってないわけ。知りたい?」

「いいでしゅ」


 エリーは即答した。その顔が少しムフッと上気する。最近友達になった二人組の真似だった。それを魔王にするのがチョット癪だが、これから共に戦う者とは友誼を結ばなければならない。


「妹さんから直接聞きましゅ」

「そう言われる気がしてた。けどまぁ、一体誰にニンフェットなんて付けられたんだか……」

「それよりアナタの名前を教えてくだしゃい。共に世界を救うなら、名前を知らないのは寂しいでしゅ」


 エリーが聞くと、魔王はにっこりと笑った。


「よくぞ聞いてくれた! うちは魔王! 名はマオ! よろしくな」

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