第18話 白銀少女とロリ魔王①
「なるほど、コーチかー、んー」
「モゴッ……ダメでしゅか?」
思案顔を浮かべた魔王が腕を組み、イスの上にあぐらをかいてクルクルと回っている。寝癖のついたボサボサの髪もそれに合わせて横に流れている。
エリーはそんな魔王と、書類で一杯のデスクを挟んで向かい合っていた。ソファに座る彼女の足がソワソワと落ち着きなく揺れている。太い尻尾は巻かれて太ももの上に、肘おきになっている。
ここは魔王城。ブリタンの古都ブリタリスの中心にそびえ立つ摩天楼だ。魔王とエリーはその最上階の一角に位置する『執務室』の中、二人きりで話し合っていた。
もうすでに外は暗い。全面ガラス張りの窓の外には、地上から空に向けて放たれた光線がクッキリと揺れている。それは空への警戒の為のものであるとエリーは魔王から聞いた。実は魔王城からも光線が出ているが中からでは分かりづらい。そして遥か遠く、港の側に築かれた各工場の明かりも見えた。
窓の外に見える光はそれだけだった。ブリタンは不夜の島だと聞いていたエリーは疑問に思い、それをそのまま魔王にぶつけた。「あー、街は節電中」と短い魔王の返しにエリーは「ほー」と頷いて、早々に本題へと話を進めたのだった。
回る魔王のイスがエリーに向いてピタリと止まった。深い隈の目がエリーをじっと見つめる。
「いやー、ダメじゃない。けどダメなんだよ」
「んー??」
エリーがその唇に指を当てて小首を傾げた。可否のハッキリしない答えではそうなるのも無理がない。
魔王はエリーに分かるように噛み砕いて説明を始める。
「つまりなー。教えるのはいいんだけど、使えないと思う」
「なるほど!」
エリーが手のひらを握り拳で叩いてポンッと鳴らした。
「つまりどういうことでしゅか?」
魔王がイスから転げ落ちた。拍子にデスクから書類が崩れバラバラに広がる。彼女はそれを無視し、デスクに腕から這い上がると呆れ顔でエリーを見る。
「何がなるほど! だったんだよ」
「分からないということになるほど! です」
「あー、なるほどわからん、と。そういうことね」
一つ魔王が頭を掻いて、その詳細を述べ始める。
「えーとなー、コーチの精製方法を知っても、それを使う機械が君んとこに無いってこと。エリーが乗ってきたプロペラ機とか、他にも戦艦とかさー」
「はい、それも教えてくだしゃい」
「……おー、いいよー。こっちとしても竜人と協力できるのはありがたい。でも、それでも使えないと思うけどな」
「どうしてでしゅか?私たちが不器用だから?」
エリーがムッとした顔でそう言った。魔王はケラケラ笑って手を横に振った。
「違う違う、使いたくならないだろうってこと。作りたくも、な。まーそのあたりは明日、献血と見学終わりに考えてもらおうかなー」
「わかりました。工場見学のあと、改めてお願いしましゅね」
エリーがソファから立ち上がる。飛び降りるような動きにトンっと床が鳴った。
「まぁ、まだ座ってなよ」
そう言って魔王が呼び止める。
「聞きたいことが山ほどあんだ」
「なんでしゅか?」
エリーがソファにぽふりと座り直った。
魔王がそんなエリーの背後、壁際の机の上に置かれている給湯器まで歩く。エリーの顔がそれを追って、ソファの背もたれに手を乗せた。
魔王が言う。
「うちはズボラでなー。近くに飲み物置いてんだ。――何がいい? お茶? それともコーヒー?」
「コーヒーってなんでしゅか!?」
謎の言葉にエリーの瞳が輝いた。魔王が答える。
「あーごめん、コダ豆って言ったら分かる?大陸の南の方にある植物の種子なんだけど」
「?」
「分かんないか。……えーと、眠気覚まし効果のある黒くて苦い飲み物だ。コーヒーって名前はこれを発見した異世界人が付けた。コレにする?」
エリーが頷いたのを見て、魔王はコーヒーをマグカップとティーカップに一つずつ淹れた。そしてティーカップをソーサーの上に乗せてエリーに差し出す。
「熱いから冷まして飲みなよ」
「ありがとうございましゅ」
エリーがふぅふぅとコーヒーを冷ます。そして一口、
「ゔぁぁ、苦いでしゅ!!」
「大人の飲み物だからな。ゴロ牛のミルクが冷蔵庫に――」
「いいでしゅ!」
エリーはチビチビと少しずつ飲み切る事にした。大人の飲み物と言われては引けないところがある。
魔王がそんなエリーにニッコリ笑った。
「竜人も変わらない、か。――さて」
いま、ソファの背もたれを机代わりに、魔王とエリーは至近距離で向かい合っている。魔王の間延びした暢気そうな口調がいつの間にか変わっていたことに、エリーはやっと気付いた。
深く、目の窪みに施した化粧のような、黒い隈の付いた瞳がエリーを覗く。
「まずはニンフェットとかいうフザケた名前を名乗りやがった、うちそっくりの女の話から聞きたい」
魔王は真剣に、そして冷静さを欠かないように、努めて淡々とそう言った。
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