第20話 王女の冒険 ①
エリーと魔王マオの会話の数時間前。
第三王女マルタは困難の最中にあった。息を切らし走る街並みはどれもこれも背が高すぎて空が遠い。それは建物と建物の間に圧迫されているようで、しかし今の彼女にとっては自分の存在を隠してくれる頼りだった。
そこ行く人はツノとシッポの生えた魔人たち。ここは住宅街なのだろう、基地で見た黒の制服を着ている者がいない。彼らのしていることといったら道端で談笑、公園で休憩、などスキャンダでも見る景色。しかし道の真ん中を轟音と共に通り過ぎた鉄の車は、ここブリタンでしか見ることができない。普段の彼女ならその原理を知るために、その後ろにコソコソついて回るのだが今はそんな場合ではなかった。
――ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
吐く息すら聞こえないように口を抑えてマルタが走る。その瞳は辺りを忙しなく見回している。彼女はある物を探していた。
――なんでどこにも服が無いのよ!!
降り立った基地を抜け出してすぐ、マルタは今もずっとそれを探している。透明化の薬は着ている服まで透明にしてくれるほど便利ではない。
だから基地に服を置いてきた。周りから見えていないとはいえ、人前で服を脱ぐのに抵抗がないわけではないが、マルタは目的のために潔く裸になったのだ。
しかしもちろん、すっぽんぽんのままブリタンを巡るつもりはない。手近な所で衣服を盗み、一般に混じるつもりだった。ブリタンにも人間がいないではない、それに紛れて自由に見て回ろうと考えていた。
彼女の誤算としては、思っていたより人間が少なかったということと、そして何より、
――こども服がない! どっこにもない!
自分に合う大きさの服が見つからないこと。
ブリタンですれ違う人々は皆大人だった。とはいえその9割以上が魔人なので、つまりマルタは魔人の子に出会っていない。それに疑問を抱きつつも、深くまで考えられない。そんなことより、あの魔王のような魔人もいるのだから、必ずどこかにこども服があるはずだ、と必死に探すあまり思考が緩くなっていた。
なにせ、もうすぐ薬が切れる。
自分まで変態になりたくない。
――あぁもう! もういいわ! とりあえず服! 服!
マルタは軒先に無防備に干してあったズボンとジャケットを手に取る。それは明らかに自分に大きく、そして明らかに魔人の黒い制服なので、裸を隠すことはできるが隠れ蓑にはならない。むしろ目立ってしまう。
しかし選り好みをしている場合ではない。
――はやく人気のない場所に……。
都市ともなると、人のいない場所というのは中々見つからないもので、それが知らぬ街ならば尚更。だからといって郊外に出る時間はない。
マルタは仕方なく、狭い路地裏の奥の奥、ジメジメとして暗く、人の関心の向かないような隅っこに向かった。ここから見える位置に通りがあり、ふと横目に見られれば気付かれてしまうだろうが危険を承知で着替えた。詰め襟のジャケットは前のボタンを全部閉め、ダボダボのズボンは裾を曲げて歩きやすくした。
――よっし! とりあえずこれで。でも早く新しいの探さないと……。
「君、そこで何してるの?」
その時、知らない声が路地裏の入り口から聞こえた。
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