第15話 ようこそブリタンヘ

 日輪が半身を沈ませ、海と空を赤く燃やし始めています。

 マルタさんは望遠鏡を縦に持ち、片方だけを覗き込んで何も言いません。クルミさんから借りた望遠鏡はマルタさんには少し大きすぎたようです。

 覗き込んでいない方の瞼は閉じられていました。


「何を見てる?」

「っ!? ……アンタいつの間に横に立ってたのよ」

「きゃあきゃあ騒いで浮かれてたお前が、静かになり始めてからだ」


 それは私が起きてすぐ、ブリタンの古都ブリタリスが見えてきた頃でした。


「反対側には私もいます」

「きゃっ!? ……エリー、起きたのね」


 マルタさんは私を見て深呼吸しました。すーはーと胸を抑えて気を落ち着かせているのです。

 私もすぐに過呼吸になってしまうのでよくやります。


「はい! さっき起きました」


 眼下に敷き詰められている家々は、私が旅をしてきたどの国でも見たことのない不思議な色をしています。

 赤でも白でも青でもない、どれとも少し違う無機質な色を持っていて、今は日輪に赤く染まっています。……やはり、魔人の島には燃えるような紅が似合っています。

 万年雪の降り積もる、故郷の夕暮れを思い出しました。遠く山肌にされた白化粧が、頬に紅がさすかのようにじわりと色づくあの美しく儚い黄昏時を。


「キレイでしゅ! ――あれは何でしょう!?」


 街の中心部で空を擦っている巨大な塔は根本からねじれるようにそびえ立っています。それは枝をもがれた枯れた木が、縄で締めあげられたかのよう。


「あれは司令塔だな。主な政治機構と、そして通信塔も兼任しているらしい」


 私の疑問にアルさんが答えてくれました。流石です。


「つまり魔王城ね。話には聞いてたけど、ほんと大きいわね。――それよりも、アレ」


 そう言ってマルタさんが指差したのは、木製の船達と鉄製の大きな船達が分けて並べられたブリタンの港。

 木製の船達は小さく集まって煽ってくる波と戦っています。

 けれど鉄製の大きな船達は波に負けてしまったのでしょうか。みんなバラバラで、ボロボロです。


「鋼鉄船が全部やられてる。大破に中破どころじゃない、海に浮かんでるだけで精一杯の船まであるじゃないの。新たに入渠させてる所も見れたけど、こんなの、いつまで掛かるのよ?」


 海と川に面した大きな建物の中に、傷ついた船が運び込まれていくのを私も見ました。

 入渠、ということは彼らはあそこで元に戻されるのでしょうか。


「試算だと、およそ半年だそうだぜ」

「……三回目はもう驚かないわよ」


 マルタさんが小さくそう呟きます。とても疲れた顔をしたアモンさんが、いつのまにか私達のいる鉄の籠の横を飛んでいました。


 ――羨ましいなぁ。


 私も早く飛べるようになりたい。私は竜人だけれど、まだ未成年なので飛べないのです。


「どうにか戦力が整うまでが、半年だそうだぜ。今回の損失が元に戻るまで果たして何年掛かることやら。考えたくもねーなぁ」

「……そう。それまでは今から着陸するっていう、すぐそこの空港から対応するわけね」

「そういうこと。まぁ、ここがホントのホントに最前線になっちまったってワケだ」


 何年か前から、ブリタンが対邪神の前線基地となったと聞きました。邪神が来た際にブリタンから出撃、対処するようになったと。

 アモンさんが言っているのはつまり、これからはここが鉄火雷風魔仕交々飛び荒ぶ戦地になるということでしょう。


 ――てっからいぷうましこうこう……いいですね。いい言葉ができました。


 アモンさんの唇の端は少し吊り上っていました。

 それを見てアルさんがため息を吐きました。


「そういうクチか。俺には理解しがたいが、お前みたいな奴はうちの軍にも多い」

「おう、そりゃそうさ! ピンチな方が燃えるだろ?」

「賛成できんな。負けそうな戦なんてしたくない」


 アルさんが呆れてそう言うと、それを見たマルタさんが呆れた顔をします。よく見る顔です。


「よく言えるわね? アンタ星落としとやり合う前に笑ってたじゃない」

「いやアレはだな……」

「おお? なんだかんだでアルフォンスさんも戦人だね」


 楽しい会話です。

 他の種族の方と話すのは今日が初めてでした。

 最初はとても怖かったけど、緊張してうまく話せなかったけど。


「にへ」

「……エリー、お前もそのクチなのか?」

「いえいえ、なんでもないんでしゅ!」


 私、これから良いことが起きそうな気がしてなりません。



 そしてその予感はすぐに現実になりました。


「おー。ようこそブリタンヘ」

「ニンフェットさん!」


 空港に降りてすぐ私たちを出迎えたのは、あの時救ってくれた魔人の女の子だったのです。

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