第9話 金獅子

「なんか腹立つ」


 マルタは俺の大見得にそう答えた。


 ――ドヤ顔が過ぎたか……?


「なんっか、ムシャクシャする!! あーもう! 頼むわよ! あたしの代わりに一発食らわせてきなさい!!」


 マルタはぷいっと顔を背けてそう言った。どうやら不機嫌にさせてしまったようだ。


「任せろ。――エリー!」

「はいぃ! なんでしょう?」


 元気よく答えたエリー。その顔は生気に満ちて継戦に支障はなさそうだ。

 彼女は土壁のほころんだ部分を俺たちの立ち位置に合わせて修復している。彼女の言っていた通り竜人が細かな魔法が苦手なのだとしたら、相当な訓練を積んだのだろう。かなり器用な魔法の使い方だった。


「マルタを守ってやってくれ。それと俺の援護を頼む」

「まかせてくだしゃい!」

「ちょ!? あたしも援護するわよ!」

「もちろん頼む、ただ無理はするな」


 背けていた顔をこちらに向けたマルタに、続けて伝える。


「おまえは玉だ、おまえの死は俺たちの敗北を意味する。頼むから死んでくれるなよ」


 マルタが星落としに振り返らなければ、俺も、恐らくエリーも立ち向かうことはなかった。

 この強大な敵を前に、どう生き残るかだけを考えたはずだ。

 だから俺たちのリーダーは、おまえだ、マルタ。

 まぁ俺にとっては主君の娘で、元から仕えるべき相手な訳だが。


「玉? ――そんなの、誰が死んでも、負けよ! みんなでブリタンに行くの!! いいわね!」


 そう言ってくれると信じていた。

 その眩しさ、前のめりな生き方。嫌いじゃない。

 俺はお前が嫌いじゃない。


 ――だから、おまえは死なないさ。


 俺は星落としの攻撃によってほころんだ土壁の端の部分に向かって剣を構えた。

 エリーと頷き合う。次の星落としの一撃にのみ、このほころびは耐える。


「さて、いまから俺が金獅子と呼ばれる所以を見せつけてやろう」





「来ましゅ!」


 エリーが叫び、眼前の土壁がえぐられると同時に視界がホワイトアウトした。だが星落としの白光は明らかに弱くなっており、白に染められた視界はじわりと、しかしすぐに色を取り戻していく。

 崩れ去った土壁の向こう、ここから50歩ほどの位置に星落としの姿が見えた。

 あれはゴーレムというのだろうか。人間大の大きさの何か。落ちた場所の地面を吸い上げたような形をして足はなく、胴から下が地面と接着している。腕は二本あり、頭部にはもじゃもじゃと光る蛇のような何かが蠢いていた。

 それはこちらに気付いた様子はなかった。エリーの腕を切り落とした衝撃波を四方八方にまき散らしており、何かを目標にしているという感じもなかった。

 ただその衝撃波の数が多すぎる。

 縦横無尽に一心不乱に、周囲を根こそぎ刈り取るつもりか。

 目に見えるほどの密度の衝撃波がやってきて、足を曲げ身を屈めて避けた。俺の黒髪を薄く切り裂いたそれは勢いをそのままに後方の地面をえぐり取っただろう。音が聞こえた。


 ――そりゃ、やりあうしかないよなぁ。


 魔人から聞いた事を思い出す。邪神も星落としだと、そしてそれは、訳も分からずこちらを攻撃してくるのだと。まるでそれは――。


「ぼーっとしてんな!」


 マルタの声がして、俺は過去へと向けていた意識を投げ捨てた。

 冷や汗を拭って、曲げていた足に力を籠める。持久戦は無理だ。一気に距離を詰めて一撃で沈めてやる。


「頼むぞ援護ぉぉ!」


 返事を聞く前に大地を蹴った。



 星落としの頭部が、こちらを向いたような気がした。



 目などなくても、意思で人を射抜くことはできる。


 ――しびれるねぇ!


 冷や汗が止まらない。なんでこんな化け物と対峙しているんだ俺は。今までなら逃げてたはずだ。まだ勝てないんだ。いったん引いて、自信が付いたらリベンジでいいんだ。何度だってそうやって来たはずだ。

 まだその時じゃないはずだ。

 明らかにこちらに向けて衝撃波が放たれた。右肩を狙った初撃は体をひねって避けたものの、ほぼ同時に放たれていた二撃目が俺の軸足である左足を引き裂こうと迫る。


 ――くっそ! 賢い奴め!


 いまは重心が完全に左足に乗っかっており、無理に避けようとすればバランスを崩し転倒、そして立ち上がろうとする所をめった切りにされるだろう。

 一瞬に悪寒が全身を駆け巡ったその時、熱い何かに背中から突き上げられた。俺の体は勢いよく宙に投げ出され衝撃波をかわせたものの、そのまま地面へとおぶさっていく。


「アル! 前転!」


 マルタの声がして、言われた通り受け身をとりつつ前転し、流れる様に立ち上がった。


 ――ナイス援護だ!


 俺の背中にはヒリヒリと火傷の痛みが広がっているのだろう。しかし今は何も感じない。脳内麻薬が俺の五感を都合よく操ってくれているのだ。

 ただ走る。幸い奴の攻撃は直線的で、かつ視認できて避けやすい。それにどうやら、いくつか放った後にクールダウンが必要なようだ。そこを上手く使って俺は奴との距離をグングンと詰めている。いける。思わず顔がにやけてしまった。


 ――ただ早くて多いだけなら!!


 その時、ひと際大きい衝撃波が横薙ぎに放たれた。縦に太く横に長く、到底避けられそうにない。奴との距離は後7歩。


――エアデゼーゲン――


――ヴェルメ――


 エリーの声と共に俺の足元が盛り上がった。俺は彼女の魔法に合わせて宙に飛ぶ。同時にマルタの熱球が俺の背中を再び突き出した。飛んできたそれに押されて、俺は勢いよく奴に空から迫る。もう剣は振りかぶった。

 そして俺は、奴に剣を


「ちょ!? アル!?」

「ええ!? どうしたんでしゅか!?」


 マルタとエリーの驚く声が聞こえた。心配するな。


 ――お前らは星落としの生態を知らない!


 俺の投げた剣は奴の左胸の辺りに突き刺さった。しかし何の痛みもなかったかのように奴はそれを腕で引き抜いた。

 星落としにはコアがある。そこを潰さない限り奴らは死なない。

 そしてそれは人型ならば心臓か頭の部分に8割存在しているという。


「アル!!」


 マルタの叫び声がした。分かってるよ。左腕めがけて衝撃波が来てることくらい。


「っぐぁあああああああ!!」


 綺麗に切り裂かれた左腕を右手に持つ。尿瓶はどこかへ飛び去った。屈む様な着地と同時に、俺の左腕だったものの構成を変えていく。

 未だ白光を放つ星落としの目の前で、黄金の輝きを地から浴びせる。それは鎌の形を模った。


 ――お前に! お前らに贈る死の鎌だ!


 右腕を奴の頭部に向けて横から振りかぶる。まだ衝撃波は放てまい。脳裏にあの日の光景が蘇った。姉の最後の言葉が頭蓋の中に響き渡った。

『忘れ物をしたからとってくる』

 俺も今、あの日に置き去りにした感情を取り戻そう。


「死ぃねええええええええ!!」


 サクッ。と簡潔な音が聞こえ、体の全体を使った一撃は奴の頭を連なる大地からするりと引き離した。一瞬の静寂、ゾワリ、ざわつく胸。

 切り裂かれた奴の首からは何も出てこない。

 噴き出したのはむしろ、俺の汗。


 ――……最悪だ。


「俺を置いて! 逃げろおぉおおおお!!」


 ――ついてない。


「な、なによ突然?勝ったじゃな――っ!?」


 マルタの声が遠く聞こえる。気付けば俺は星落としの腕に抱かれていた。熱い抱擁だ。決して逃さないという強い意志を感じる。


 ――これは助からんな。


 ミシッと俺の体が軋む音が聞こえた。


「あぁ、……ごめん姉さん」



「あらあら。転移してすぐこれなのね」


 甘く、それでいて枯れたような、幼い少女の声がした。

 いつの間にか星落としが遠くに見える。近くにはマルタとエリーの姿があった。


「えっ!?」

「あわわ!?」


 二人とも目を丸くしてこちらを見ている。当然俺も現状を理解できていない。


「な、なにが起こった?」

「あなた良い所までいったわね」


 背後から聞こえた声に振り返る。そこには質素なディアンドルを着て、白い髪に紅い双眸、二本の巻き角に細長く黒い尻尾を持つ10歳くらいの魔人が立っていた。

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