邪神討伐~おてんば姫とヤク中将軍~

幸 石木

プロローグ 第三王女と獅子の出会い

 この世界では邪神と呼ばれる異形の化物が人類の住んでいた大陸の一つを完全に奪い取った。

 人間はその後1000年の間、魔人と呼ばれる存在にその討伐を委託し、自分たちは残る大陸コナータに引きこもって人間同士の覇権を取り合っている。


 そんな人心乱れる大陸コナータの北西部、魔人の住む島ブリタンの東にスキャンダという大国がある。


 大陸コナータから長靴のように突き出たスキャンダ半島のすべてを支配するスキャンダは、最北はツンドラの厳しい自然環境にさらされつつも、半島中央部の緑豊かな牧草地帯と、大陸コナータからスキャンダ半島の弧を描いた地形によってつくられる入江状の内海からの海産物によって、邪神が現れる以前から人口が多く豊かな大国として知られていた。


 そんなスキャンダは現在、国全体を揺るがす大混乱の最中であった。

 ひと月前に宿敵国家ルクスとの戦争に勝利してすぐ、第三王女マルタが行方知れずになったのだ。


 華々しく凱旋パレードを行うはずだったスキャンダの首都スエードのメイン通りでは、未だに行方知れずの第三王女を探して衛兵が右往左往の大騒ぎとなっている。

 右に王女の発見報告あれば探してスカを引き、左で王女を捕まえたと聞けば行って見て、帰る。

 そうしてパレードはいつまでも延期を余儀なくされていた。


 そんなメイン通りをまっすぐ行って首都のど真ん中に、その全域を見渡すように置かれた巨大な城館があった。

 巨大な城館の周囲は水堀と古式ゆかりの石造りの城壁につつまれている。そしてその中央に新設された黒鉄製の城館は、石造りの城壁のくすんだ灰色に囲まれて歪に鈍く光り輝いていた。


 レンガの赤の街並みに、突如出てくる灰壁の、奥に鎮座は人呼んで、大鉄芯だいてつしん城アルアイン。


 そして今、スキャンダ首都、スエードの誇る大鉄芯城アルアインの謁見大広間において、城主エドワード・ルイズは白髭を豊かに蓄えた口元に指を噛んで苛立ちを露わにしていた。


「マルタはまだ見つからんのかっ!?」


 その爆爆とした大叫声は大広間に痺れるような振動を伴って、控えている下の者たちの心臓を縮こませた。

 畏まる下々のその中から一人おどおどと、白髪にシミのついた顔を持つハインリヒ内政担当大臣が王座の前に進み出て口を開く。


「第三王女殿下はその智その威勢伸び至ること甚だしく、これまでも幾度のがございました。しかし遅くとも二週間の内に、ご自分の足で王城までお戻りになられておりました。――よってどうにもこの度の家出におかれましては、不退転の決意を持ってのところかと……」

「それがどうした!?大の大人が数千人、束になって掛かっておよそだぞ!なぜ見つからぬ!?」


 カッと眼を見開いて、飛び散る唾は遠くハインリヒの顔にかからんとばかりに勢いを持った。エドワード王のこめかみには血の管が浮かび、顔中は真っ赤に膨れ上がる。

 ハインリヒ含めその場に控えるものは、王の怒声にみな震えあがった。

 しかし叫んだ弾みに自慢の髭にも唾が垂れ、エドワード王は自らその怒勢を宥めた。


「まぁ、よい。可愛い子には旅をさせよと言うそうだ。イサミがそう話していた。ここは一つ、虎の子がどれほどの成長を遂げて旅から戻るのか楽しみに待とうではないか」


 エドワード王は遠い昔にを例に挙げた。その目は柔らかく遠く過去を懐かしむように霞んでいる。

 赤く染まっていた顔はいつの間にか和らぎ、おもむろにエドワード王はその手に持っていたマルタの置き手紙を広げた。

 それはおよそひと月前、敵国ルクスの船団を完膚なきまで打ち負かし、錦を飾って帰国した、その日に見つけた別れの手紙。


 そこには子供らしい汚い字で、


「もう帰りません!!大嫌い!!探しても見つからないよ!ぺっ!」


 と似顔絵付きで書かれていた。


******


「ここね」


 さざ波が聞こえる港町を上から見下ろすようにして、山の上の開けた街道に一人の少女が立っている。

 少女は地味な色をした素朴な服を着て、頭にはほっかむりを被り、顔を土に汚したどこにでもいる田舎娘のように見える。だがそれは彼女の卓越した変装技術の賜物であった。


 第三王女マルタ・ルイズは、ここスキャンダの南端にある穏やかな港町スタベンジャーまでやってきたのだった。


「ここに、彼がいる」


 マルタはそう独り言ちると、眼下の港町に向けてしっかりとその歩を進めるのであった。



「スゥゥゥゥー……ふぅ、はぁっ!アガッて来たぞ!!」


 海に面した倉庫の暗闇の中で、黒髪の男が一人、鼻から何か茶色い粉を吸い込んでいる。


「スゥゥゥゥー……あああああああ!生きてるって感じだぁ!!」


 男は粉を吸い込む度に全身を細かく痙攣させ打ち震える。その恍惚とした顔にはしかし生気を感じない。まるで生命を引き換えに頂点の快楽を得ているかのような、自堕落で怠惰な笑みを浮かべている。


 ――やっぱこれがないとな!


 彼は身に着けている上質な黒のジャケットの裾で鼻を抑える。一粒もそれを逃したくはなかった。


「あんたが若獅子将軍アルフォンス?挙動不審が目立つとは聞いてたけど、まさか薬物中毒者とはね」


 ふいに少女の声が響き倉庫内に光が満ちた。彼は慌ててモノを背後に隠すと、その声のする方にギョロリとイカれた瞳を向ける。

 そこには見覚えのあるおてんば姫が田舎娘のふりをして、偉そうに腕を組み、仁王のように立っていた。


「好都合。あたし今からあんたを脅すわ。――あたしの旅についてきなさい。麻薬の使用をバラされて、塀の中で一生を過ごしたくなければね」


 第三王女マルタは毅然と声を張り上げ、呆然と口をあけ放つ彼、アルフォンスにそう言い放った。

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