第17話 はかりごと
淡い月明かりが差し込む寝室、ベッドに座る私の膝を枕に横たわるフィル様の癖っ毛に指を通して優しく撫でると、蝋燭の揺らめく光を映して輝く瞳をこちらに向け、気持ちよさそうに目を細められる。身体をお拭きして寝間着に着替え、眠りに就かれるまで、こうして甘く穏やかなひと時を過ごされるのがフィル様のお気に入りの時間になっている。
こうしてしばらく甘えられているうちに私のお腹に頬をすり寄せ、シュミーズの裾から手を伸ばして胸やお尻に悪戯してこられるのもお約束だ。
「ご主人様ももう大人なのですから、少しは自重なさって下さい。私の膝で寝るのならハギスのほうがよっぽどお行儀が良いですよ」
「えへへ、ルーシーとずっとこうしていられるなら、子供のままでいいよ」
「そんなに情けないことをおっしゃらないでくださいませ。ご主人様」
あどけない笑顔で悪いことを言うフィル様の頭を撫でるのをやめ、柔らかな頬をむにむにとつまむ。
「ねぇ、ルーシー。シャーロットさんってどんな子?」
「そうですね…… 私が家庭教師として初めてお会いしたのは十歳の頃でしたか。大変恥ずかしがり屋さんで、素直で優しく、お人形さんのように可愛らしい女の子でした」
「そんな感じ。でも、緊張はしてたけど人見知りという程じゃないかな。なんだか僕のこと昔から知ってるみたいだった」
「ふふ、私のご主人様がどんなお方か、時々お嬢様にお話していましたから。とてもお可愛らしく利発でお優しい方だと」
「ああ、道理で」
「それから五年、
「うん、すごく綺麗な子だった。バラに囲まれて笑う姿がまるで花の妖精みたいで……」
「それは、私にではなくお嬢様に直接言うべきではありませんか?」
「あはは、たしかに」
「……何か、お話がありましたか?」
お昼のお嬢様と今のフィル様のご様子を察するに、普通ではないやり取りがあったのは明らかだ。フィル様は私からの質問に、小さく頷いて言葉を選ぶようにゆっくり瞬きをされる。
「ん〜、かなり遠回しにだったけど、簡単にいうと、メリル家に資金援助してほしいっていうお話だったよ」
「それは…… 本当ですか?」
メリル家の経済状況が良くないことは察していたけれど、お嬢様からその話をされるとは思いもよらなかった。
「うん。『助けてください』って。領内で
「そのようなことをお嬢様からご主人様に直接お願いされるとは、驚きました」
「これって、やっぱり……」
「ご縁談の打診。ですね」
シンディ奥様の口ぶりからも、間違いないだろう。そして、それをお嬢様が直接フィル様にお伝えになるということは、もっと特別な意味を孕んでいる。
「はぁ、やっぱりそうだよね。でも、エドワーズ家も多少は裕福になったとはいえ、子爵家を支えるほどの財力は持ち合わせていないよ。それに、これから爵位継承にかかる費用と、継承の条件になってる母様の事業からの家計の独立、婚約に際しての持参金とその他諸々。とてもじゃないけど……」
フィル様は私の言葉に目を伏せ、ご自身に言い訳をされるようにため息混じりに話される。
「ご主人様ほどの才能があれば、お金のことなど問題にはなりません。よくお考えになられて下さい。お気持ち次第ではメリル子爵の爵位とシャーロットお嬢様の両方を手にすることができるのですよ」
お二人の将来を考えれば、この機会を逃すわけにはいかない。
「魅力的だとは思われませんか? シャーロットお嬢様の人形のように整ったお顔、エメラルドの瞳、透き通るような白い肌、バラ色の唇。お身体も随分女性らしくなられています」
ご決断を促すようにフィル様を抱きしめて耳元で囁くと、少し体温が上がり高鳴る鼓動が腕に伝わる。
「それ、ずるいよ。ルーシー」
「ご主人様、貴族のご令嬢が自ら資金援助を願い出られることなど、本来あってはならないことです。シャーロットお嬢様はお家の都合で人生を売り買いされる運命を受け入れながらも、より良い未来をご自身の手で選ぼうとされています。だからこそ、未来のエドワーズ男爵を頼られたのですよ」
「……うん、シャーロットさんの意志には答えるつもりだけど、彼女と縁があるかはまた別の話になると思う。メリル家の財政難は僕だけで解決できる問題じゃないから、とりあえずメリル夫妻には内緒で近くロンドンに出て来られるヴィクター様に相談するよ。どうかな?」
しばらく考えられた後、フィル様は視線を上げてまっすぐに私を見つめて答えられる。本当はもう少し踏み込んだご決断を期待していたけれど、フィル様が心変わりされるにはもう少し時間がかかるのかもしれない。
「……そうですね。ヴィクター様ならご主人様のご相談を無下に断られることはないでしょうし、お嬢様のお気持ちも汲んでくださると思います」
そして、ヴィクター様に近くお会いできることを思い胸が締め付けられる私自身の心変わりにも、もう少し時間がかかるだろう。
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