第7話 舞踏会を終えて
ヴィクター様と別れた後、ビジネスの挨拶回りを終えたサラ奥様は早々に邸宅に戻られ、フィル様は引き続いて舞踏会を楽しまれる。
何度もダンスに誘ってくるフィル様に、「同じ相手と続けて踊るのはマナー違反で、それをするのは気のあるお嬢様だけにしてください」と告げると、残念そうに少し首を傾げた後、すぐに気を取り直して壁の花のご令嬢をダンスに誘いに行かれる。
精一杯のおめかしとは裏腹に暗い表情で俯きがちに佇むご令嬢は私よりも年上のようで、お目付け役の女性は神経質に落ち着きなくフロアに視線を泳がせ、二人揃って近寄りがたい雰囲気を纏っている。フィル様は躊躇なく壁の花になってしまうのも無理はないこの二人に、にこやかに話しかけ、ご令嬢に手を差し出す。より条件の良い結婚相手を探すために舞踏会に参加するご令嬢にとって、フィル様は明らかに条件を外れてはいるが、その美しい容姿と愛らしく人懐っこい笑顔に、曇っていたご令嬢の表情がぱっと明るくなる。
ご令嬢とワルツを踊り始めるのを見届け、お目付け役の女性にご挨拶に伺うと、女性は感激の表情でご令嬢を見つめていた。
「あの子があんなに楽しそうに踊るのを見るのは初めてだわ。何しろ人見知りが激しいもので、そんな暗い顔じゃ良い殿方も寄り付かないっていつも言っているのだけれど……」
「若輩の主がお誘いしてご迷惑ではないかと心配しましたが、そう言っていただければ幸いです」
「そうねぇ エドワーズ家の嫡男とは言え、まだ子供ですし頼りないですわね。それにファッション成金の男爵では格式ある子爵家の娘であるあの子には釣り合わないわ」
「……はい、仰る通りだと思います」
暗い表情で佇むご令嬢は確かにが近寄りがたいが、慎ましく貞淑で物静かな印象の美人だ。この年令になるまでお相手が見つからないというのは、きっとお目付け役のこの女性の方に問題があるのだろう。
フロアで優雅に踊るお二人を見つめていると、フィル様と一瞬目が合う。はっと気づき、フロアを取り巻く人々を観察すると、三十手前の穏やかそうな紳士が、ご令嬢が楽しそうに踊る様子を熱心に見つめている。
あの人だ。
「ここでは少し見づらくありませんか? あちらの方へ移りましょうか」
「え? ええ、そうね。私は気にしないけれど、貴女がそういうのなら」
お目付け役の女性をさり気なく紳士の側に誘導し、二人が踊る様子を眺め、やがて演奏が終わって二人がこちらに戻ってくると、紳士が少し驚いた表情を見せる。
「お嬢様、楽しいひと時をありがとうございました」
「はい…… こちらこそ。ありがとうございました。フィリップ様……」
フィル様の満面の笑みにつられて、ご令嬢が頬を赤らめて微笑む。やっぱりこの人、美人だ。
「それでは、これにて失礼します。舞踏会、楽しんでくださいね」
満面の笑顔でご令嬢に別れを告げたあと、フィル様はそのご令嬢に熱い視線を送っていた紳士に目配せすると、紳士が軽く会釈を返してご令嬢に向かっていく。
「あの……! こんばんは、お嬢さん。よろしければ私と踊っていただけませんか? ずっとお声をおかけしようと思っていたのですが、中々タイミングを伺えず……」
紳士がご令嬢に声をかけるのを背中で聞きながらその場を後にし、フィル様と顔を見合わせて笑顔を交わす。
その後、フィル様は立て続けにご令嬢を誘い、最後の曲で私と踊って閉会を迎え、ボールルームを後にして客室に戻った。
さすがに疲れてしまったのか、ベッドに座り込んで燭台の揺れる炎を見ながらぼんやりとするフィル様のジャケットを脱がせ、シャツをはだけ、火照って汗ばんだ身体をお拭きすると、うっとりと目を細めて嬉しそうにはにかむ。
「楽しかったね。舞踏会」
「そうですね。デビュタントとしては上出来でしょうか。エドワーズ家再興の良いアピールになりました」
「ルーシーは家のことばっかり。きっと僕のことよりもエドワーズ家のほうが大事なんだ」
エドワーズ家を守ることが私がフィル様にできる一番の奉仕だ。フィル様も私の気持ちを承知の上で、ぷうと頬を膨らませておどけてみせる。
「ふふ、私といたしましても、ご主人様が成長されたお姿を見られて感慨深く思います」
「僕は、早く大人にならないといけないから」
「……きっと、あっという間ですよ。少し惜しい気もしますけれど」
「もう、大人になったら絶対僕と結婚してもらうからね!」
「それでは、ご主人様が立派な紳士様になられる日を楽しみにお待ちしておりますね」
私の新しいご主人様は、まだ未熟ではあるけれど、エドワーズ家の跡取りにふさわしいお方に間違いない。
「なんだか眠くなってきちゃった。このまま一緒に寝て良い?」
「はい、もちろんです」
お身体を拭き終え、先にベッドに寝転がるフィル様の隣に身体を横たえて一緒にシーツに包まる。
「今日はありがと。おやすみ、ルーシー」
「おやすみなさいませ。ご主人様」
お互いのおでこにキスを交わして目を瞑ると、そのまますぐに眠りの淵に落ちてしまった。
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