第24話 大好きだよ
そっと抱きしめた彼女を、このままずっと離したくないと思った。
そんな俺の気持ちが通じたのか、沙也ちゃんも俺にぎゅっとしがみつくように抱きついてくる。
「大貴さん。こんな私だけどよろしくお願いします」
そんな可愛すぎる言葉が愛おしくて、もっと強く抱きしめた。
しっかり立っているつもりなのに、足元が浮き上がりそうな感覚だった。腕の中に自分とは違うぬくもりを感じ、言いようのない高揚感を覚える。
大好きな人を抱きしめるってこんな感じなんだと──初めて知った。
「大貴さんのこと、気づくのに何年もかかちゃった。待たせて、ごめんね」
「ううん。あの時のことがあったから……今があるのかもしれない。今回の再会は、本当に奇跡だよ」
「私は、神様からのプレゼントだと思ってるよ」
それは、俺も同じように思っていた。同じようにそう思っていることが嬉しくなった。やっぱり二人はどこか似ているのかもしれない。
「……だとしたら、最高のプレゼントだね」
「うん」
お互い身体を離そうともせず、しばらく抱き合ったまま会話を続ける。
「ねぇ、沙也ちゃん。もう……怖くないの?」
「……怖いよ。あの時の辛かった思いはまだ消えてないし……。大貴さんは裏切らないかもしれないけど……、もし、いなくなったらどうしようとか考えると」
「いなくならないよ。傷つけることもしないし。約束する。だから安心して」
俺が沙也ちゃんのそばからいなくなるなんて、考えられない。
だって──こんなに好きなんだから──
何があっても、沙也ちゃんのそばにいて守り続けると、心に誓う。
「……信じてもいい?」
沙也ちゃんが、顔をあげ少し潤んだ目で俺を見た。
「信じられない?」
返ってくる答えは、わかっていたけれどわざとそう聞いてみる。
「……信じたい。……信じる」
少しはにかみながら言う沙也ちゃんの顔がいじらしくて、俺は思わず頬が緩む。
「ありがとう。ねぇ、沙也ちゃん」
「……?」
──実は昨夜、祐太に沙也ちゃんに会うことを電話で話した。
祐太も自分のことのように喜んでくれているのが、電話の声でもわかった。
『そっか、沙也ちゃんの方から連絡くれたんだね』
「うん。俺も連絡しなくっちゃと思ってたんだけど、仕事が立てこみすぎて余裕なくって、気が付いたらもう何日もたってて……」
『どこまで、仕事人間なんだよ大貴は』
電話の向こうで、あきれた顔している祐太の顔が目に浮かぶ。
「いや、まじ仕事の量ハンパなくって。長く休むと、こういうことになるんだなって痛感したよ」
『だからさ、仕事の心配もだけどさ、大事な沙也ちゃんのことは心配じゃなかったの?』
「……そりゃあ心配だったけど」
『あのね、もし沙也ちゃんが連絡くれなかったどうするつもりだったの? 危うく自然消滅だったかもよ』
「いや、仕事が落ち着いてからちゃんと俺から連絡するつもりだったし」
『それじゃ遅いんだってもー。その辺はもっと気を付けないと……』
祐太の恋愛論は、きっと正しいのだろうけど、俺はまだその感覚についていけない。
「そうか……」
『でも、よかったね。沙也ちゃんから連絡くれて』
「うん……」
『……ってことは、もうOKの返事確実だね』
「えっ……?」
そう言われ、俺は今更ながらドキッとしてしまう。
『大貴。こういう時は少し急いでもいいと思うよ』
「え? どういうこと?」
『もう俺は待てない~って言っちゃないなよ』
「だから、それは……」
『ウソウソ。でもさ、早く沙也ちゃんのこと彼女って言えるようになるといいね。今のままじゃ、やっぱり宙ぶらりんだからね。大貴は待つって決めたんだろうけど、俺だったら耐えられないかも』
「んー。俺は、そこまでく辛くはないよ。これまでの時間を考えれば、今更焦ることもないって思えたから」
『そっか。大貴らしいな。』
「なぁ、祐太。祐太はどのタイミングで……」
そこまで言って、やっぱり聞くのをやめようと思った。
『どのタイミング? ってなんの?』
「ん……その……名前の呼び方なんだけど……」
『なんだ、大貴くん、可愛い悩みだね~』
祐太はそう言いながら、クスクスと笑った。
そんな風にからかわれると思ったから、やっぱり聞かなければよかったと後悔する。
「あーもういい、聞かなかったことにして。忘れて」
祐太は、仲良くなった相手は男女問わず、名前を呼び捨てにしていることが多い。俺は密かに、それをちょっと羨ましく思っていた。
呼び捨てで呼ぶことで、その分距離がぐっと近づける気がするからだ。
俺は、すごく仲のいい男友達以外は、呼び捨てにしたことはない。
ましてや、女性を呼び捨てにするなんて、いくら仲が良くてもそうする勇気はなかった。女性を呼び捨てるにするのは、特別な相手だけだと思っている。
つまり……いつか彼女が出来たらそうしたいと……。
『自然でいいんじゃない? 俺なら、仲良くなったら、わりとすぐ呼び捨てにすると多いけど。それも、特に意識してるわけじゃないし。自然の流れでね。でも、これはあくまでも俺流。大貴は大貴らしくでいいんじゃない? ……今のまま沙也ちゃんでもいいし、呼び捨てにしたかったら、そうすればいいと思うけど』
気恥ずかしい俺の質問に、祐太はからかいながらも、結果的にはちゃんと意見を言ってくれた。
「俺らしくって……。どんなんだろう」
『大貴らしくっていうのは、大貴が違和感を感じないスタイルでいいってこと』
「そっか……ありがとう」
俺らしく……というのは、たぶん今のままでという意味だったのかもしれないけれど、今、俺は自分を変えたいと思っている部分が多々ある。
”こうしたい” ”ああしたい” というのがあるのに、そうできない自分を脱したかった。
──だから、勇気を出して呼んでみた。
「……沙也」
心臓がバクバクと跳ねあがりそうなくらい緊張しすぎて、あまり大きな声では言えなかった。
「……!」
突然、呼び捨てされて驚いたのか、腕の中の沙也ちゃんの肩がピクッと動いた。
「……ちょっと、そんな感じに呼んでみたかった。ごめん。まだ早いね」
やっぱり嫌だったのかもしれないと思って、慌てて言い訳をする。
「……いいよ。沙也で」
沙也ちゃんは恥ずかしいのか、そのまま隠すようにギュウっと俺の胸に顔をうずめた。シャンプーの匂いだろうか? サラサラの髪の毛から、ふわりとフルーティな香りが漂う。
俺は、嬉しさをかみしめるように、沙也ちゃんを抱きしめたままゆっくり身体を左右に揺らした。
「ありがとう。沙也。ねぇ顔見せて」
「やだ、今なんか恥ずかしい」
「ね、沙也……」
彼女の顔が見たくて、肩に手を添えそっと身体を離してみたけれど、下を向いたままこっちを向いてくれない。
「沙也……」
恥ずかしがる沙也の髪をそっと撫で、そのまま滑らせるように頬に手をあてると、やっと顔をゆっくりあげくれた。
ほんのりピンクに染まった頬と、潤んで揺らめく瞳に吸い込まれるように、俺はそっと唇を重ねた。
お互い慣れないぎこちないキスは、ほんの数秒で終わる。
沙也の、身体も小さく震えているようだった。
「沙也、大好きだよ」
今度は少し強く沙也の唇を奪った。
もっと長く深く、彼女を感じながら……。
身体が溶けてしましそうで、どうにかなってしまいそうだった。
彼女もそんな俺の思いを、優しく受け入れてくれる。
ゆっくりと唇を離し目を開けると、とろんとした彼女の顔が視界に入り、たまらずもう一度だけ唇を寄せた。
離れた後も、ほのかに彼女の体温が唇に残る。
キスの余韻に、身体中が熱く火照ってなかなか冷めそうにない。
「ありがとう。俺のこと好きになってくれて」
「……うん」
「幸せすぎて、気が狂いそうだよ」
「……? 狂っちゃうっだなんて……ふふっ」
沙也は照れ臭そうに笑った。
──時を止めることは出来ない。
でも二人ずっと一緒にいられるのなら、どれだけ時間が過ぎて行ってもかまわないなと考えが変わった。
今日も、明日も、ずっと先の未来も、沙也と一緒にいたいと……いや絶対一緒にいて俺が彼女を守り続ける。そう心に誓った。──
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