第10話 友情

「大貴って、改めて見るとイケメンだよな」

「な、なんだよいきなり?」

 最後の一口のの蕎麦を吹き出しそうになった。

そんなふうに、時々祐太は急に思いついたように人のこと褒めてくることがある。

嬉しいけど、いつも唐突過ぎてこちらの受け入れ態勢が整わない。

「優しいしさ、俺がぶっとい蕎麦作っても怒らないし」

「いや、別に怒るところじゃないしそれ……」

「俺が女だったら、すぐ惚れるのにな~」

「やめろよ、気持ち悪いから。そういうのは……」

 祐太はそんな俺の反応見て、げらげらと声を上げて笑う。

本気で言ってるのか、冗談で人をからかってるだけなのか? よくわからないけど……実はこんな風に祐太におだてられることは、内心嫌いではなかった。

ちょっとくすぐったいけれど、昔から祐太に褒められると、嬉しくって元気が出る。

「沙也ちゃんもさ、アプローチすればきっとすぐにお前のこと好きなってくれるよ」

「そう……望みたいけど。どうだろ? ていうか、まだ何も話せてないんだよ」

 そう言って思わずため息をつく。

「タイミングが掴めない?」

「それもあるけど、話すのがちょっと怖いのかも。あの時のこともちゃんと話してからと思うけど、彼女が嫌なこと思い出してまた苦しむんじゃないかって。それに……俺自身もまだ彼女を助けられなかったことがしこりになって残ってて……」

「そっか……わかるよ。うん。わかる……けど大貴くん。時間には限りがある!チャンスを逃さないで欲しいって思うんだよね俺は」

「んーそうだよね……。次のタイミングにっては思ってるけど」

 そう言いながらも、不安はぬぐい切れない。

「大丈夫だよ。悪いのはお前じゃないから、沙也ちゃんだってきっとわかってくれるって」

 祐太の言葉が嬉しくて、俺は少し考えてから自分を奮い立たせるように頷いた。


「食べ終わった人は、蕎麦湯をもらいに来てくださ~い」

 蕎麦打ちを教えてくれたそば打ち名人の声が聞こえてきて、俺たちは立ち上がり蕎麦湯をもらっいに行く。

「自分で打った蕎麦は美味しかったでしょ?」

 名人はがニコニコしながら、蕎麦湯の入った湯桶を手渡しながらそう聞いてきた。

「もう、最高に美味しかったですよ。俺の切り方がよかったのかも」

 祐太が得意げな顔してそう言うので、

「フィットチーネスタイルの蕎麦ね」

 と、俺がすかさずツッこむと、それを聞いた名人が穏やかな笑顔で俺達を見た。

「新しい蕎麦の形ですか? それもありかもしれませんね」

 名人が冗談交じりにフォローをする。

「ですよね~」

 周りにいた他の人達も一斉にみんな笑った。


 ヤロー達だけで過ごす時間は、それはそれで楽しかった。

食事の時間には、みんなでどうでもいいバカ話をして笑いが絶えなかった。

家主さん教えてもらいながら作った男飯おとこメシは、どれも美味しかったし一人暮らしの俺にとっては、今後役に立ちそうだ。

近くのリノベーション中の民家に行って、技法を教わったり手伝いも少しだけした。

特に、祐太は興味津々で、目を輝かせながら説明を聞いていた。

きっと、新しい何かを始めるヒントになる情報を逃さないようにと思ってるんだろう。


 それぞれのワークの合間の休憩時間も、休むというよりみんなで何かしらして遊ぶことの方が多かった。

まるで子どもの頃に戻ったかのような時間だ。

宿泊した民家のすぐ隣に広い空き地があり、そこが、子ども返りした男どものいい遊び場となった。

どこからか拾ってきたボールと薪をバットにして野球をしたり……。

周りにある茂みから、昆虫をを捕まえてきて、嬉しそうに観察している奴もいた。


 しばらくみんなと遊んだ後、一息ついこうと思いそこにあった椅子に座った。

遊び足りないのか、まだ、元気にはしゃいで遊んでいるメンバーもいる。

さっきまでは種目が野球だったのに、いつの間にかサッカーになっていて、祐太も率先して声をあげながら遊んでいた。

(本当に元気なやつだな~。そういえば祐太は体育の授業の時が一番張り切ってたよなぁ)

 そんなことを思いながら、一人でゆっくりボーとみんなを眺めていた。

俺はスポーツも嫌いではないけれど、どっちかというと体育会系ではないので、ゆっくりと過ごす時間の方が好きなのかもしれない。

そういう意味でも、祐太と俺は正反対のタイプなのだ。


 ひとしきり遊んだ祐太が、俺のところに汗を拭きながら近づいてきた。

「大貴、なにボーッとしてんの? 疲れちゃった?」

「ん? いやみんな元気だなーって思いながら見てた」

「ふ~ん。とか言って、本当は沙也ちゃんのこと考えてたんじゃないの?」

 そう言われ、沙也さんの笑顔がふと目に浮んできて、胸の奥でトクン音を立てた。

「何、図星?」

「違うよ。あー……でも今頃あっちでどんなことをやっているんだろうなって、ちょっと思ってた」

 祐太は顔の汗を拭っていたタオルをずらし、俺の顔をみてニヤリと笑う。

「大貴、頑張れ」

「ん」

 少ない言葉だけど、それだけで俺達は通じ合えた。

 

 ホテルに戻ったら沙也さんとのことも、できるだけ積極的に動こうと、改めて決心をする。まずは、全部を話して……そして気持ちを伝えよう──と。

それが、たとえ残念な結果になったにしても、そこで自分の中で決着がつくような気がした。


 男だけでの三日間はあっという間に過ぎ、ホテルに戻り女性陣と合流した。

久々の女性陣の笑顔は、やっぱり華があって急に雰囲気も明るくなった気がした。


──ホテルに帰ってから次の日。


「これから、少しだけ話しできる?」

 緊張しながらもできるだけ笑顔を作って、沙也さんに声をかけてみた。

この日は午後は自由時間だったので、俺は二人で話せるチャンスだと思って

昨日の夜から色々調べて準備もした。


 まずどこで話そう……そう思ってこの近くにどこかいい場所がないか、持ってきていたノートパソコンを開いて調べた。

検索して見つけたのは、おしゃれなカフェだ。

あまり広くはなさそうだけど、ログハウスのような建物で、海を眺めながら美味しいコーヒーが飲めると紹介してある。

(へ~こんなおしゃれなカフェがあるんだ)

カフェの場所は、このホテルから少し離れた海沿いにあった。

歩いて行けなくもなさそうだけど、沙也さんを長く歩かせるのはちょっと気が引けた。かと言って、タクシーを使って行くのもちょっと違う気がする……。

(どうすっかな~……いい感じのカフェだから行ってみたいんだけどな)

 その時、ふとホテルの案内のリーフレットに書いてあったこと思い出した。

(そうだ!)

初日に何気なく目を通してたリーフレットの情報が役に立った。

テーブルの上に置きっぱなしのリーフレットをもう一度開いてみる。

【レンタルサイクル】

ホテルには、宿泊者向けに無料で自転車の貸し出しができると書いてある。

俺は、すぐにフロントに電話をかけ、確認して貸し出しの予約までしっかりした。

(これで準備OK!)



昼食の後、すぐに沙也さんのそばに行き声をかけた。

「これから、少しだけ話しできる?」

 振り向いた沙也さんの表情は、ちょっと戸惑いぎみに見えた。

「……うん。いいよ」

「何を、言われるんだろ~って顔してるね」

「え、だって……」

 お互い、緊張しながらも顔を見合わせクスっと笑った。



「沙也さ~ん。午後からどこか一緒に出かけませんか?」

と、その時、何も知らない瑞樹ちゃんが、近くのお店に一緒にお買い物に行かないかと沙也さんを誘ってきたのだった。

俺は沙也さんと二人きりで、話をしたかったので正直あせった。

さすがに、この話を瑞樹ちゃんに一緒に聞いてもらうわけにはいかない。

「あ、えっと……」

沙也さんも、どうしたらいいか困った顔して、俺と瑞樹ちゃんの顔を変わりばんこ見ている。


──と、その時、

「その店、俺と行こうよ。俺もちょっと行ってみたいって思ってたんだ」

 その様子に気づいた祐太が、すぐに助け舟が出してくれたのだった。

俺は、祐太に”ありがとう”という意味を込めて小さく頷くと、祐太もこっそり右手の親指を立て、サインを送ってきた。

もちろん、沙也さんと瑞樹ちゃんにはわからないように。

祐太には、詳細は何も説明していなかったけど、全てを察してくれているようで、本当にありがたかった。

祐太と瑞樹ちゃんが先に出かける後姿を見送りながら、

「祐太には、気を使わせちゃったかなぁ?」

 と、言うと沙也さんは、小さく首を傾げた。 

「祐太さん気を使ってくれたの……?」

「うん。そのこともちゃんと話すよ」

 まだ、何もわからない沙也さんはきょとんとして俺の顔を見る。

(ごめんね。ちゃんと話すまで、ちょっと待って)

 俺はそう心の中で謝りながら、微笑み返した。


「じゃぁ、せっかくだから俺たちもどっか行こうか」

 そう言うと沙也さんは、少し照れ臭そうな顔して微笑む。

「あ、うん」

「海岸の近くにおしゃれなカフェがあるんだって。そこに行ってみない?」

「カフェ? いいね。行ってみたい」

「ちょっと距離あるけど、レンタルサイクルがこのホテルにあるみたいだから、それ借りて行かない?」

 本当は、全部手配済みだけど、まるで今、思い付いたかのような口調で聞いた。

「自転車? 楽しそうだね」

(よかった。いいよってたぶん言ってくれるとは思っていたけれど……)

 もし嫌だと言われたらどうしようかという心配は、沙也さんの嬉しそうな顔見てすぐに吹っ飛んだ。

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