第12話 好きでした……そして今でも
「何度も、思いきって声をかけようと思ったけど、なかなかそれが出来なくって、そのことを中川にも相談してたんだ。『学園祭に誘いたい。』って話したらあいつも話に乗のってくれて」
「……てことは、あの時誘ってくれたのは、彼じゃなくて大貴さんだったの?」
「そう」
話している内に、切なさと、悔しさが心の中で入り混じる。
「でも、俺って……こんな感じでしょ? 誘う時にも中川と一緒にいたんだけど、俺がもたもたしてたら、中川が先に沙也ちゃんに声かけたんだよ」
「そうだったんだ……」
「本当は学園祭に来てくれた時に、俺、沙也ちゃんに気持ち打ち明けようと思ってた。でも、沙也ちゃんいつの間にか帰っちゃってて。また次の機会にって思ってたけど、やっぱりモタモタの俺はきっかけがつかめなくって、そしたら……」
「私が先に彼に告白してしまった?」
「……うん」
何とも、お粗末なオチだ──
そこまで話すと、と沙也ちゃんが肩を小さく震わせ笑いだした。
沙也ちゃんの意外な反応に、正直少し驚いてしまう。
「そんなに、おかしい?」
「だって……」
でも……よく見ると沙也ちゃんの瞳は溢れんばかりの涙でいっぱいになっていた。
「馬鹿だよね私。何にも知らないで、彼に告白して二股かけられて」
「俺……あの時まさか中川がOKの返事するとは思ってなかったんだ。だって俺の気持ちも知っていたし、あいつには彼女いたし、沙也ちゃんのこと好きだなんて思ってなっかたから」
「あの人は、きっと最初から私のこと好きじゃなかったんだと思うよ。……たぶん。ちょっと遊びたかっただけなんじゃない。それに気づけなかった私も悪いし」
「……。俺も当然問い詰めたよ。なんで? って。そしたら中川も沙也ちゃんのこと好きになったって言うし、その時付き合ってた彼女とも別れるからって、俺と約束したんだ。……なのに……」
沙也ちゃんの、瞳から涙がホロホロと溢れ出る。
(ごめんね。沙也ちゃん嫌な記憶を蘇らせてしまって……)
泣かせてしまった罪悪感に苛まれながらも、どうすることも出来ず彼女のこぼれる涙をただ見つめるしかなかった。
「ずっと、後悔してる。なんで中川のこと止められなかったのか? そもそもなんであいつに沙也ちゃんのこと相談してしまったんだろうって。俺が早く止めてれば、沙也ちゃんが傷つくことはなかったのに……」
「もしかして、あの時のことでずっと苦しんでたの?」
沙也ちゃんはこぼれた涙を拭うと、今度は俺のことを心配するように優しく目を細めた。優しすぎるその顔に、心をぐっと持っていかれてしまいそうになる。
深く傷ついて苦しんだのは、俺よりも沙也ちゃんの方のはずだ。
なのに、何もできなかった俺を責めるわけでもなく、心配をしてくれている。
「あの時、僕が君に思いを告げられなかったことも、中川をのふざけ半分で沙也ちゃんと付き合いを始めたことを止められなかったことも、ずっとずっと後悔している」
俺の心情を察して、沙也ちゃんは俺の話をじっと聞き続けてくれた。
「覚えてる? あの日、沙也ちゃんが中川を問い詰めに行った時、俺もすぐそばにいたの」
「……ごめん」
「だよね。沙也ちゃんは中川のことしか目に入ってなかったもんね」
「なんというか……その……、本当にごめん」
「ううん。いいんだ。そこはわかってたから。俺は、自分の恋が叶わなかったことより、大切に思ってた人のことを、いとも簡単に傷つけたあいつのことが許せなかった。あの日、俺は……」
「……?」
「人生で初めて人を殴った」
あの時の痛みがこの手に蘇ってくる。
「え?」
「誰かを殴るのは、きっとあれが、最初で最後だと思うけど」
「殴っちゃったの? ……私のために?」
「好きな子を傷つけたということが許せなかった。でも……、今思うとそれだけじゃなくて、自分自身のふがいなさを何かにぶつけたかったのかもしれない」
俺が、そう言うと沙也ちゃんは潤んだ瞳のままで、優しく微笑んだ。
「ありがとう。ちょっと嬉しいかも」
「え?」
「あいつのこと、殴ってくれてありがとう!」
沙也ちゃんの意外な言葉に、一瞬驚いた。
「あ、いや……お礼を言われるとは思ってなかった」
「ふふっ。なんかね、今の話聞いて私すごくすっきりしたの。あの時の私の悔しさの分まで大貴さんのコブシには込められたんだと思う」
沙也ちゃんにそう言われ、俺は肩の力がすっと抜けるのがわかった。
確かに、あの一発には、俺だけでなく沙也ちゃんの悔しさの分も込めていた。
「……そうだね。俺が殴るとか思ってなかったみたいで、あいつひっくり返ってすごくびっくりした顔してた」
「え~その顔、見てみたかった」
「かなり拍子抜けした顔してたよ」
二人で顔を見合わせ肩を小さく揺らしクスクスと笑った。
沙也ちゃんの瞳は、まだ少し潤んでいたが、表情はだいぶん穏やかになっていた。
「でも……ホントにごめんなさい。大貴さんの気持ちに気づいてあげられなくて」
「ううん。もし、告白してたとしても、きっとかなわない恋だったんだと思う。こんなに沙也ちゃんの記憶の中に俺が残ってないってことが何よりの証拠」
「……。ごめん……」
沙也ちゃんに何度も謝られて、かえってこっちが恐縮してしまう。
ふと気がつけば、二人の頼んだ飲み物の氷もだいぶん溶けてしまっている。
あまり話を長引かせてはいけないなとも思いながらも、もう少し伝えたい事が残っている。
「こんなに素敵な人が、すぐそばにいたのに気が付かないなんて」
「え!?」
”素敵な人”という言葉に、少しドキッて……一瞬期待をしてしてしまいそうになる。でもその期待はすぐに、慌てる沙也ちゃんの表情を見て消えた。
「あの、ごめんなさい。大貴さんのことすごく素敵な人だと思ってるけど、えっと……」
沙也ちゃんは俺から視線を外し、言いにくそうに言葉を探す。
俺を傷つけないように気遣ってのことだろう。
「いいよ。そう言ってくれるだけで俺も嬉しい。でも……何かを期待してるわけじゃないから」
(……いや。本当は期待している。だから今日わざわざ話をしているんだけど)
そう思いながらも、ついどうしてもどこかで消極的になってしまう。
俺は、自分の気持ちをごまかすように、話をそらそうと思った。
「はぁ~沙也ちゃんに言えてすっきりした」
「あの……?」
「ん?」
「何かを期待って……?」
「あぁ、期待っていうか……つまり俺が沙也ちゃんと付き合えるんじゃないかっていう期待ね。……あーもう、なんか恥ずかしいなぁ」
テンパってしまった……。言ってることがぐちゃぐちゃすぎて、こんなにダサい伝え方しかできない自分に腹が立つ。
もっとストレートにこの気持ちを伝えられたらどんなに楽だろう。
なのに、いざとなるとカッコイイ言葉が上手く並べられない。
今回のこの奇跡を、無駄にしたくなくって、もっとちゃんとビシッとかっこよく伝えたいのに、どうしても強く言えず、周りくどい言い方になってしまった。
仕事のプレゼンなら自信をもってグイグイ行けるのに、恋愛ごとになると、恥ずかしさが大きく前に出てしどろもどろになってしまう。
「こんなこと突然言われても困るかな? ごめんね。沙也ちゃんにとっては、俺の記憶はほとんどないわけで、ていうことは、会ったばかりの男に、突然思い出話をされて、好きだったって言われた状態だしね……」
沙也ちゃんは、優しく微笑みながら首を横にふる。
少し考えるように、視線を外したままちょっと首をかしげ、そしてゆっくり顔を上げて俺のことを見た。
「……。困るというか……ありがとう。そんなに私のこと思ってくれてた人がいたなんて」
そんな顔で、そんな風に優しく言われ、俺は自分の気持ちをどの位置に置いていいかわからなくなってしまう。
気持ちがどよめいているのを必死で押さえながら、出来るだけ理性を保ちながら言葉を続けた。
「あの時の俺を打破したいっていうのもあるんだ。それは沙也ちゃんに、ちゃんと気持ちを伝えること。結果がダメでも、それは覚悟してる」
俺は、一度大きく深呼吸をして姿勢を整える。
「沙也ちゃん……。好きでした。本当はあの時、この気持ちをちゃんと伝えたかった」
──あの時の気持ちをやっと伝えられた。
「あ、ありがとう……あの……」
沙也ちゃんはどうしたらいいのかわからず、瞳を小さく揺らす。
「いいんだよ。フラれる確率の方が断然大きのもわかってる」
「……」
「あの時のことがあって、結局沙也ちゃんに何もしてあげられなくって……もう諦めていた。でも、あれからどんな女性と出会っても、好きという感情が持てなくって……誰とも恋愛が出来なかったんだ」
こうして沙也ちゃんに伝えている内に、気づいてなかった自分の気持ちに改めて気づいて行く。
「沙也ちゃんとまたこうやって会えたってことは、神様がもう一度チャンスをくれたのかもしれないって。今回こうして会えて気づいたんだ。諦めてたはずなのに……俺は、あの時からずっと好きで、本当は諦められてはいなかったんだって。だからあれ以来、他の人は好きになれなかったんだって」
それは、たった一人の運命の人に、俺は巡り会ったから……。
”好きでした” そして今でも ──好きです。
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