オレンジ Side Story TAIKI Ver.

猫月うやの

第1話 砕け散った想い

「なんで、あんなにひどいこと言った?」

 思わず俺は声を荒げた。


中川は、俺と約束した……はずだった。


由紀奈さんと中川が、だいぶん前から付き合っているのは知っていた。

そんな彼女がいるにも関わらず、中川は立花さんとも付き合い出した。


いわゆる二股ってやつだ。


しかも、立花さんは俺がずっと思いを寄せていた女性で、そのことは中川も知っていた。

だから心穏やかでないことは言うまでもない。



それは半年ほど前のこと──


 英会話教室に初めて行った日、隣に座った女性がペンを落としたので、拾ってあげた。

「落ちましたよ」

「あ、すみません。ありがとう」

 それが、立花さんと初めて交わした会話だった。

俺が拾ったペンを受け取りながら、ふわっと柔らかく笑う彼女。

その瞬間、俺は電気が走ったかのように、身体がしびれるのを感じた。

 透き通るような肌、ほんのりピンクの頬、そしてその柔らかな笑顔に、一瞬にして俺は心奪われた。

「……どうかしました?」

 突然のときめきに固まってしまった俺の顔を見て、彼女は首を傾げる。

「あ……いえ。お、俺、ここ今日が、初めてなんです。よ、よろしくお願いします」

 緊張気味にそう言うと、もう一度彼女はにっこり笑った。

(やばい……かわいい……)

「そうなんですね。私、立花沙也っていいます。よろしくお願いします。ここのインストラクターの教え方もすごくわかりやすくって……。」

 ドキドキしてしまって、彼女の言葉がまったく頭に入ってこない。

「ふふ……緊張しているんですか?リラックスしてくださいね。みんないい人ばかりだからすぐに慣れると思います」

「あ、ありがとうございます」


そう、まぎれもなく一目惚れだった。──


たまたま、英会話教室の同じクラスになった立花沙也さん。

いつも、ニコニコと笑っていて、みんなにも慕われている素敵な女性。

週に二回ほどの英会話教室で、彼女に会えるというのがとても楽しみになっていた。

でも、思いを寄せていたのに告白する勇気はなく、ずっと少し離れた場所から彼女の笑顔をそっと見ていることしかできなかった。


 中川とは大学のサークルも同じで、たまたま同じ英会話教室に入ったことで、よく話をするようになった。中川は、男性の俺から見ても、かっこいい。人を惹きつけるような雰囲気を持った奴で、華やかさもあり、俺とは真逆なタイプだ。当然、女子にもモテ、周りにはよく女性が取り巻いていた。

 そんな奴だけど、気のいいやつだと俺は信じていて、何も疑うことなく話もよくしていた。そして、俺が立花さんに思いを寄せていることも、話の流れで知っていたのだ。


「あんまりさ、深く考えないで、告白しちゃいなよ」

 軽いノリで中川そう言う。

「まだ勇気もないし、なかなかきっかけも掴めなくって」

 俺は恋愛に慣れていないし、自分にも自信がなかった。

「きっかけなんて、何でもいいから作ればいいじゃん?」

「うん。それなんだけどさ、実はちょっと考えていて……。今度のウチの学祭に誘おうかなって思ってるんだ」

 俺たちは、大学の軽音サークルで、学園祭でも一緒にステージでバンド演奏をすることになっていた。ちなみに、数名のメンバーでグループを組んでいて、俺はギターで中川はボーカルを担当。一番目立つポジションに立つのは言わずと知れた中川だった。

「お、それいいじゃん。誘おう誘おう!」

 俺の必死さに比べ、中川はとてもお気軽な感じだ。


(よし! 決めた! 絶対、学祭に誘う!)

 そう決心したのに、いざ誘おうと思うと情けないことに、緊張して声がかけられない。

自分に自信を持てなかったあの頃の俺は、いざとなるどうしても行動できない情けなヤツだった。


断られたらどうしよう……

迷惑がられたらどうしよう……

嫌われたらどうしよう……


そんな不安ばかりが頭をよぎり……そうなった時に受けるダメージが怖かった。

あの頃の俺は……すごく臆病モノだった。


 そんなある日、英会話教室が終わったあと、みんな教材を片付けて席を立とうとしていた。ふと見ると、立花さんが友達と何やら話しながら笑っていた。

「ほら! 今、チャンスだ! 行けよ」

 中川に肩を押されるも、足がすくんで近づけない。

「……」

「もーじれたいいなぁ」

 そう言うと、中川は俺を押しのけ、つかつかと立花さんの所に歩み寄って行った。

「……えっ? あ……」

 一瞬焦りが走る。

そんな俺にかまわず、中川は立花さんにの横にすっと近づく。

立花さんは、突然横に近づやってきた中川に驚き、ビックリした顔で振り向いた。

「ねぇ。今度、俺らの大学で学祭あるんだけど、よかったら遊びに来ない?」

「え?」

「俺ら軽音サークルでさ、歌唄うんだよね。それ、立花さんにもぜひ聴きに来て欲しいなぁ~って思って」

「は……はい。そうなんですね。ありがとうございます。それは、ぜひ行きたいです」

 中川さんは、いとも簡単に立花さんを誘ってしまった。

どや顔をした中川が、俺の方を振り向き、指でOKのサインを俺に送ってくる。

自分で誘えなかったことが少し複雑ではあったけど、学祭に来てもらえることで、嬉しさがこみ上げてきた。


でも、この時の俺はその喜びも次第に自分の思っていたのとは、違う方向に進んで行くことは、全く想像していなかった。


 学祭に来てくれたことを、きっかけに俺達や、立花さんやその周りの仲のいい子達とは一気に距離が縮まったものの……。

俺は相変わらず、奥手のままでで立花さんに話しかけることもままならずでいた。

他のみんなとは、ワイワイと楽しく話せるのに、どうしても意識しすぎて、彼女とは一対一で話す勇気はなかった。


それに、なんとなく気づいてはいた──。


立花さんが、いつも中川のことばかりを見ていることに。


いつも華やかで人気者の中川に、立花さんが惹かれるのはある当然だった。

(それに比べ俺はなんでこんなに地味な性格になんだろう……)

きっと、立花さんの中では俺は中川の周りにいるその他大勢だったに違いない。


そして……ついに悪夢は訪れた。

 

 その日は、英会話教室の帰りによく遊びに行くメンバーで、流れで花火大会をやろうということになった。

みんなでお金を出し合い、しこたま買い込んだ花火を持って、俺達は公園でガキのように、はしゃぎまくっていた。

これから、花火をしようと思った時に火をつけるものがないことに気づいた。

 誰かライターを持ってないか、聞こうと思って振り返えると、ベンチに座っている中川とその前に立っている立花さんが視界に入る。

「なー中川、ライター持って……」

 そう言いながら、中川に近づいた時……

「……きあってください」

 後姿の立花さんの声が、かすかに聞こえてきた。

「えっ……?」

 (今、何て言った?)

中川の方を向いたままの立花さんは、俺が近づいてきたことには全く気づいていないようだった。

「ずっと、中川さんのことが好きでした。私と付き合ってもらえませんか?」

 今度は、はっきりと聞こえてきた。


──まさかの告白シーン。

しかも、好きな女性が自分の友達に告白している……という最悪なシチュエーション。


 頭の中が真っ白になってしまい、どうしたらいいのかわからず、俺はそこで呆然と立ち尽くしてしまう。


 告白されている中川は一瞬驚いたような顔して、俺のことをチラッと見た。

中川は俺が立花さんに思いを寄せていること知っているし、それに由紀奈さんという彼女がいたから、当然断るのだろうと思った。

けれど……。


「……うん。いいよ。俺でよかったら」


中川の返事は、思いもよらぬ言葉だった。


(えっ!?ウソだろ?)


そんな二人の状況に、周りの仲間たちもすぐに気づき騒ぎ出した。

「中川~やるねー!」

「新しいカップル誕生だー!」

「ひゅーひゅー!」

 ワイワイと冷やかしの声が飛び交う中で、俺だけは、その場を動けなくなってしまう。まるで辺り全ての物や、周りの声や音さえも凍りついてしまったかのようで、その凍りついた情景の中に、俺の心は深く沈みこんでいった。


「三山悪いな。立花さんは俺のことが好きだって言うしさ」

 ひとしきり騒いだ後、中川がこっそり俺にそう耳打ちしてきた。

「……中川は……立花さんのこと本当に好きなの?」

「あーそうだな、好きか嫌いかで言えば……まぁ、好きかな。結構かわいいし」

「由紀奈さんのことは、どうするんだよ」

「んーどうすっかなぁ。由紀奈とはちょうど倦怠期みたいな感じだし、別れるかぁ」

 そんなに軽い感じで、付き合ったり別れたりするという中川を、俺は理解できない。

「立花さんと付き合うなら、ちゃんと別れろよ」

 俺は自分でも驚くほど、冷静な口調で中川に訴える。

悔しくて仕方ないのに、心が沈み込んでしまった俺は、その感情さえも出てこない。

ただ、足元だけが小さく震えていた。

 

「わかってる、わかってる。まぁそんな怖い顔しなさんな」

「約束しろ、その辺ちゃんとするって」

 今度は少し強い口調になってしまう。

「するする。もーお前は立花さんの保護者かよ? そういうのさ、なんか滑稽だよ」

 俺を馬鹿にするような口調の中川に、俺はそれ以上何も言い返すことは出来なかった。


 俺の告白さえもできないまま終わってしまった恋──。

しかも、好きな人を相談してた友達に取られてしまうなんて、本当に最悪にダサいヤツだ。まるで、ステージにさえ上がられないまま、出番が終わってしまった、名前もない脇役。残ったのはやり場のない怒りと、大きな喪失感だった。


──俺の悔しい話は、それで終わりではない。

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