第13話 せつない答え
一瞬静かな空気が二人の間に流れる。
「大貴さん……。えっと……」
俺が、一方的に色々話してしまったことで、沙也ちゃんは大きく動揺しているのがわかった。
このまま、ここでフラれてしまっても、仕方ないのは重々承知だ。
どんな返事をもらっても、覚悟は出来ている……つもりだ。
ここで望みが消えてしまっても、きっと俺はこれで区切りをつけて前に進めそうな気がしていた。
少しうつむく沙也ちゃんは、テーブルの上のドリンクをじっと見たまましばらく考え込んでしまった。
俺の一人よがりな覚悟に反して、沙也ちゃんはどう答えたらいいのか、必死で迷ているのだろう。
「……困らせちゃったね」
「あの……そうじゃなくって」
「……?」
「私……怖いの。……人を好きになるのが」
せつなくなるほどに、小さく声を震わる。
「……怖い? の?」
予想していた返事と全く違ったので、ちょっと戸惑った。
胸の奥の思いを絞り出すように話す息が、少し苦しそうに感じる。
「あの時以来、誰も好きになれなくって。誰かを好きになって、お付き合いして、幸せなになれても、でもそれがいつか壊れて……また傷つくなら、最初から好きにならない方がいいって……」
(そうだよね…。それだけ、辛かったんだよね……)
やっぱりあの時のダメージは相当大きかったんだということを、改めて知らされる。
沙也ちゃんの辛さを考えるだけで、俺も胸が苦しくなってしまった。
「ごめんなさい。今は、まだ人を好きになれそうにない。それが大貴さんであってもそれ以外の人であっても」
それが沙也ちゃんの、答えだった。
一方的に気持ちを伝えたことを、ちょっとだけ後悔した。
もう少し、沙也ちゃんの気持ちをちゃんと聞いてから伝えるべきだったかもしれない。今は、自分の気持ちより、沙也ちゃんの気持ちに寄り添うべきだと思った。
でも、どう言ってあげたらいいのだろう、気の利いた言葉が見つけられない。
「……辛かったね」
その一言だけ言うと、そっと顔をあげた沙也ちゃんの潤んだ瞳からぽろりっと涙がこぼれ落ちた。
沙也ちゃんの涙が、せつなく胸を締め付ける。
もし、許されるなら小さく震えるその身体を、そっと抱きしめてあげたい。
でも、今の俺には、その手に触れることも、涙を拭ってあげることさえも許されない。
まるで、触れてはいけないガラス細工のようだ。
間違って触れてしまうと、全てが粉々に砕け散ってしまうようで怖かった。
俺は、何もできずただただ沙也ちゃんの気持ちが落ち着くのを待つしかなかった。
沙也ちゃんが落ち着いたところで、ホテルに戻ることにした。
上り坂を自転車を押しながら上ってきて身体が温まったり、軽く汗ばんだ。
後ろからついてくる沙也ちゃんの顔を見ると、頬が少し紅色に染まっている。
一時はどうなるかと心配したけれど、だいぶん気持ちも落ち着いたようでよかった。俺の視線に気づき、沙也ちゃんの紅色に染まった頬が緩む。
(……あ)
柔らかいその微笑みに、言いようのない愛おしさを感じ、改めて諦めたくないという気持ちが強くなった。
(やっぱり好きだ……でも……)
誰も好きになれない……ということは、可能性はほぼに0に近いということだろうか?
でも、今の沙也ちゃんの頬笑みを見ていると、そうではないようにも思えた。
確証はないけれど……、俺に向けてくれたこの微笑みに嘘はないと……そう信じたい。俺の一人よがりな思い込みかもしれないけれど……。
「一方的に俺の気持ち伝えてしまって、ごめんね。期待してないとか言ったのに結局好きだとか言ってしまって」
そう言うと、沙也ちゃんは俺を見ながら小さく首を横に振った。
「今日は、気持ちを話してくれて、ありがとう。でも……」
「わかってるよ」
でもまだ、”諦めてないよ”ということを伝えたかった俺は、
「急がないから……いつか気持ちが落ち着いたらでいいから。俺のことアリかナシかだけ教えてほしい。答えがどっちでも、俺は、大丈夫だから」
わざとそんなふうに駆け引きめいたように言ってみた。
可能性がないのなら、ここで沙也ちゃんはもう一度、”ごめんなさい”と謝ってくるだろう。
沙也ちゃんの答えは……
「……うん」
よかった、可能性は0ではなさそうだ──。
心の中でホッと息をついた。
ホテルに着くと、先に帰ってきていた祐太達とロビーで会った。
ソファーに座る祐太に、いきなり腕を引かれ耳打ちをされる。
「どうだった?ちゃんと話せた?……告白した?」
「ちょっ……」
俺は誰かに聞かれてやしないかと、思わず周りをきょろきょろ見渡す。
「大丈夫だって、誰も聞いてないから。で、で、どうなの?」
「んー。一応、全部話したよ。気持ちも伝えた」
「え、まじ? やるね大貴くん」
「んー……でも」
「あらま、その感じじゃ、あんまり上手くいかなかったってことかな」
「んー何とも言えないけれど……。今ここじゃ話しにくいから、後でゆっくり話すよ」
「ふ~ん。……そっか。わかった。じゃ夜にでも部屋に行くわ」
勘のいい祐太はなんとなく状況を察しているようだった。
その日の夜──。
夕飯を済ませた後、部屋で待っていたら、約束通り祐太がやってきた。
「おっ邪魔しま~す。ハイこれ差し入れ」
「ありがとう……って、おいコレまずいだろ」
祐太が差し出したのは、350mlの缶ビールだった。
留学中は、原則アルコール禁止になっている。
「今日買い物行った時、こっそり買ってきちゃった」
「見つかったら、やばいよ」
「高校生かっ!? って。大貴まじめすぎ。大丈夫だよ、このくらい。それにアルコールなしで、話せるような感じじゃないでしょ?」
それは、確かにそうだ。
「んーまぁせっかくだからいただくよ。けど、これ1本じゃ足りない気もする」
「いや、そこはちょっとガマンをしようっか」
缶ビールのプルタブを引くと、祐太と軽く缶を突き合せ、ごくごくとビールを飲んだ。
「あ~うめ~」
二人揃って、そういうと顔を見合わせて笑った。
「で、どうだったの?沙也ちゃんと」
「うーん。それがさぁ……」
俺は、カフェで沙也ちゃんと話したことを、祐太に一通り説明をした。
「そうか……。怖いって言ったんだ……」
「うん……。だからといって諦めたくはないんだけど、祐太ならどうする?」
「難しいなぁ。でも、アリかナシの答えくれるって言ったんだよね?」
「そう……。だから、答えくれるまで待ってようとは思ってるけど」
「俺思うんだけど、それって”アリ”の可能性高くない? 嫌なら今日の時点で、断ってきそうな気もするけど」
そうであってほしいと、強く願ってはいるのだけど……
「……ただの片思いなら。素直にそう思えるのかもしれないけれど。沙也ちゃんが傷ついた原因が俺にもあるから、その辺がちょっと複雑なんだ」
俺は、気持ちを紛らすかのように残りのビールをもう一口の飲んだ。
「大貴、それは違うよ。何度も言ってるけど、お前のせいじゃないって」
「んー祐太は優しいから、そう言ってくれるけど……」
俺自身の中でそのわだかまりが、どうしても解けてくれない。
「じゃあさ、もし、沙也ちゃんがアリって答えだしてくれて、付き合えるようになっても、そのわだかまりを残したまま付き合うことになるの?」
「それは……」
「大貴自身が、そこクリアしていかないと、上手く行ってもその後がキツくなると思うよ」
祐太の言う通りだと思った。
一人でいつまでも罪の意識を持ったまま付き合っても、きっとどこかでギクシャクしてしてくるのかもしれない。
「シンプルに好きって思えればいいんだろうけど」
「そうだよ。シンプル イズ ベスト!」
「どうやったら、このわだかまりは解けるんだろう……」
「おし! じゃぁ俺が暗示をかけてあげる。お前は悪くない。お前は悪くない。お前は悪くない! お前は……」
祐太がしつこい位に”お前は悪くない”を繰り返す。
「ストップ、ストップ。わかったから」
「どう、いい感じに解けてきた?」
「いや」
そう言う、祐太はとても残念そうな顔をした。
冗談かと思ったら、結構真面目に俺に暗示をかけようとしてくれているみたいだ。
「じゃぁもう一回! お前は悪く……」
「もういいって」
俺はすぐに祐太の暗示の言葉を阻止する。
「ダメか~」
「祐太、缶ビール1本で酔っ払った?」
「んなわけないでしょ。俺は真剣にお前のこと思って……」
本当に真面目にやってるいるのか、ふざけてやっているのかわからない祐太の顔を見たら急におかしくなって、ぷっと吹き出してしまった。
「笑うなんてひどいな~」
「悪い悪い。人の気持ちはそう簡単には変えられないよ。でも……ありがとう」
「ん~。そうだな……。じゃあさ、新しい恋をしたって思って、とりあえず過去のことは忘れて沙也ちゃんのこと全力で愛してあげなよ。わだかまりはたぶん時間が解決してくれると思うよ」
「……時間が解決ね……うん。そう信じるよ。ありがとう」
”全力で愛する”
許されるなら、もちろんそうする。全力で愛して、全力で守りたい。
なんて、カッコつけすぎかもしれないけれど……
この思いに嘘はない。
「ところで、祐太さ……」
俺はちょっと気になってることがあったので、祐太に聞いてみることにした。
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