第14話 もう一つの恋

「なに?」

 俺の突然の問いかけに、祐太は首を傾げた。

「俺のことを、色々心配してくれるのはいいけど、自分はどうなんだよ」

「え? 俺?」

「彼女作らないの?」

「あぁ、そりゃいたらいいな~って思うこともあるけど」

「祐太は、昔から理想が高いからなぁ……」

「そっかな~たまたま好きなタイプに出会わなかったってだけさ」

「だよな。……で、これから本題なんだけど」

「え? 今のは本題じゃないんだ?」

 ちょっともったいぶって、俺はにやけながら祐太の顔をじっとみる。

「え? なんだよ。そんな顔して……」

「俺も、何年お前と一緒にいると思ってるんだ」

 この前、俺が祐太から言われたセリフをそのまま返した。

「え? 何のことを言ってるかよくわかんないなぁ~」

 あくまでもしらばっくれてる祐太。

「あのね、俺にはバレバレなの」

「だから何のこと?」

「理想の相手見つかったんじゃないの?」

「……え?」

「……瑞樹ちゃん……」

 俺がそう言うと、祐太は急に焦った様子で目を泳がせる。

「えっ……と……」

「瑞樹ちゃんのこと、すごい気になってるんだろ?」

「あ……いや、まぁ」

 ビンゴだった。

それも、祐太の動揺ぶりを見れば、かなり本気モードなのがわかった。

こんなに、動揺する祐太を見れるのはなかなかレアだ。

そんな祐太を見て俺は、ふっと笑いを漏らしてしまった。

「いい子そうだもんね。祐太が好きになりそうなタイプだし」

「ふぅ~……。誰にもバレない自信あったけど、さすが大貴……」

「その辺は、お互い様だね。俺達の間では隠し事は出来ない」

「ホントに、変な汗かいちゃったよ。もー」

 祐太は少し照れ臭そうに笑いながら、おでこの汗を手の甲で拭う。

そのまましばらく二人で黙り込んだあと、クスクスと肩を揺らして笑った。

「で、この留学の間にアクション起こす感じ?」

「んー。そう言われると、ちょっと焦ってるようで嫌なんだけど」

「祐太と瑞樹ちゃん、相性もよさそうな感じだし、イケるんじゃない?」

「友達になるのは得意だけど、恋愛対象として意識すると、どうしていいかわからなくなるんだよね」

 そういう祐太の一面もなんとなくわかってはいた。

いつもフレンドリーでその場の雰囲気を楽しくしてくれる祐太だけど、恋愛に関しては意外と奥手なのだ。

もちろん理想が高くて、なかなかお目にかなう女性がいないというのもあるだろけど、ああ見えて意外と気軽に彼女を作れるタイプではない。

過去に一人だけ付き合っていた彼女がいたけれど、その時も、その子のこと好きだって言ってたのになかなか友達以上になれずにいた。

「祐太がそんな顔するの、久々かも」

「やだぁ~恥ずかしいから、そんなにじっと見ないで」

 祐太は照れ臭さを隠すように、頬を両手で覆いながら、女性の口調でおどけてみせる。

「……気持ち悪いから」

「も~~大貴さんたら照れないで」

「照れてるのは祐太だろ!?」

 照れてしまって、ちゃんとは話してくれないし、まだ祐太自身の中でも決めきれていないのかもしれない。

でも、この様子なら結構思い切ってアクション起こすのかもしれない。

……これは、親友としての勘だけど。



「そう言えばさ、瑞樹ちゃんがさっきお土産くれたろ?」

 そう言われ、さっきロビーで瑞樹ちゃんに小さなマスコット付のストラップをもらったことを思い出した。

夕方、カフェから帰ってきた時に、沙也ちゃんにもそのストラップと同じものを渡していた。

「ああ、そう言えば……」

 そう言って、バッグの中からもらったストラップを取り出す。

「それ、ちゃんと見た?」

「え?」

「ほら、ここ」

 そう言って祐太が指さしたストラップには”恋愛成就” という札が付いていた。

「あ……」

「俺が、沙也ちゃんは大貴の初恋の人だって話したら、それ見つけて沙也ちゃんとお揃いであげようって言って買ってたよ」

「え、あ、そうなんだ。ん……嬉しいけど……」

 そういう意味で買ってくれたのだと思ったら、ちょっと恥ずかしくなった。

でも、俺はすぐに気づいた。

このストラップと色違いの物が、祐太のポケットからぶら下がっているのを。

「あれ?……もしかして、それ……」

「あぁ、これね。気づいた?」

「いや、それは気づいて欲しくて見えるようにしてたとしか思えないけど?」

「まぁまぁ、そこはツッコまないで」

 そう言いながらポケットから取り出したのは、自宅の鍵らしきものだった。

わざわざ、今必要のないそれをポケットに入れてきたということは、やっぱり俺に見せたかったのだろう。

「もしかして、祐太は瑞樹ちゃんとお揃い?」

「そうみたい。だけど、かわいすぎて何にぶら下げていいか分からなくって」

 確かに二人とも、このかわいいマスコットをぶら下げるようなキャラではない。

と、その前にもっと大事なことに気づく。

「え、ちょっと待って。瑞樹ちゃんが、自分とお揃いのもの祐太に買ってくれたってことはさ……それって、さりげないアピールじゃない?」

「……やっぱ、そう思う?」

「それ以外考えられないけど」

「実は、このことで大貴に相談しようと思ってたんだよね。でも先に言われちゃって、ちょっと焦った」

「え? かわいいストラップどこにぶら下げようか相談しようと思ったの?」

 わざと、そんな冗談を言ってみる。

「違うだろオイ」

 顔を赤くしてツッコむ祐太を見て、俺は思わずクスクス笑ってしまった。 

「よかったじゃん。 間違いなく両想い」

「……それが本当にそういう意味なのかな~って。もしかして、この札に書いてある言葉に気づかずに選んだんじゃないかなって」

「それはないんじゃない? だって俺の分は初恋を成就できるようにって選んでくれたのなら、絶対わかってて買ったんだと思うし」

「……。やっぱそうかなぁ……」

 俺たちは色違いのストラップを前に差し出し、二つ並べて眺めた。

二人の目の前で、とぼけた顔した色違いのマスコットが”恋愛成就”の札と一緒にゆらゆら揺れる。

「……ていうか、何やってんだか、俺達男二人で……」

 そう言って二人で吹き出して笑う。

「やっぱ、ビール一本ずつじゃ足りなかったね」

「確かに……」

 あっさり飲み干した缶ビールを、ペコっとつぶしたところで、男二人の恋バナも終わりにすることにした。

祐太が、部屋を出る間際にくるりと振り返り、拳で俺の胸を軽くトントンと叩いた。

「沙也ちゃんの心の傷を癒してあげられるのは、すべてを知ってる大貴しかいないんじゃいなかな。大貴のその優しい心で受け止めてあげれば、きっと上手く行くよ」

「ありがとう。祐太もね」


 そして──。


 沙也ちゃんと話したあの日から、顔を合わせても、あえてその話には触れずにいた。避けられてるわけではないけれど、なんとなく近くにいるとぎこちない空気が流れてしまうので、お互い微妙に距離をおくようになってしまった。

 気づかれないように、チラッと見た沙也ちゃんの顔はなんとなく元気がないようにも感じる。

(やっぱり、あの告白は間違いだったかな……)

 そんなふうに、つい弱気になってしまう。

自分のせいで、沙也ちゃんを苦しめてしまったようで、心苦しくなってしまう。


 この日は地元の果物や、植物から作り出されるアロマオイルを作る工場を見学した。このアロマオイルも、町おこしのために考えて製品化して売り出しているとのことだった。

見学の後は、このオイルを使ったハンドマサ-ジのワークショップだった。

「あまり強すぎず、弱すぎず、リンパを流すようにこの線にそって指を滑らせて行ってください」

 講師の女性が、ツボの点々が書いてある図と、もう一人のスタッフの腕を使ってマッサージの手順を細かく説明していく。 

「ここが肩こりのツボです。ここを優しくもみほぐしたら、このラインに沿って、ゆっくり指で軽く圧をかけてください。あ、でもあまり強くやりすぎてはだめですよ……」

 マッサージをしてもらうことはあっても、誰かにするというのはほとんどない。

記憶をたどっても、たぶん子供の頃やった母親の肩もみ以来だ。

「はい。手順はこんな感じです。それでは、どなたとでもいいですので、ペアを組んでお互いにマッサージしあってください」

 講師がそう言うと、参加者がみんな誰とペアを組もうかキョロキョロと周りを見渡す。

(沙也ちゃんと組めたらいいな)

 と、一瞬そんな想いが胸をよぎる。

でも、俺たちの少し前にいた沙也ちゃんは、隣にいた瑞樹ちゃんの方を見ている。

(あぁ……やっぱり、そうだよね。しょうがない祐太と組むか)

 はかない願いはあっさり消え……諦めたその時、沙也ちゃんの隣にいた瑞樹ちゃんがくるりとこっちを向いた。

その視線は、シカと俺の横にいる祐太を捉えている。

「祐太さん! 私とペア組んでもらっていいですか?」

 力強いその言葉と視線に、祐太も一瞬たじろいでしまったようだたが、すぐにそれを受け止め承諾した。

「ん? ああ、もちろん。いいよ」

 ちょっと照れくさそうに答えた祐太だけど、その笑顔から嬉しさが溢れ出ていた。


 その隣で、予定外の展開に戸惑っている、沙也ちゃんが視界に入った。

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