第15話 言葉にしてはいけない思い
必然的に、残された俺と沙也ちゃんがペアを組む流れになり、俺にとっては嬉しい展開だった。沙也ちゃんと一対一で話せるチャンスだとも思った。
だけど……断られたらどうしようかなと、不安になりながらも勇気を出して言ってみる。
「えっと、じゃあ沙也ちゃん。俺とお願い出来ますか?」
「はい。こちらこそ」
すぐに、OKの返事をもらえほっとして、思わず頬がゆるんでしまった。
先にペアを組んだ祐太と瑞樹ちゃんは、テーブルをはさみ向かい合って座わり、早速マッサージを始めようとしていた。
「瑞樹ちゃんお手柔らかにね」
「えー、私そんなに馬鹿力じゃないですー」
「そうだっけ? この間、重たい荷物ひょいって持ち上げてたじゃん」
「だからー。それとこれとは違うから」
瑞樹ちゃんをからかい祐太はゲラゲラと笑う。
そんな二人は、傍から見るとほとんどじゃれ合う仲良しカップルだ。
二人を見てクスクス笑いながら、沙也ちゃんと近くのテーブルに向かい合って座った。
「えっと、私からやってみるね」
先に沙也ちゃんが、俺にハンドマサ-ジをしてくれることになった。
緊張しているのだろうか? それとも俺と一対一で話すことを躊躇しているのだろうか? 少し表情がこわばって見えた。
「はい。よろしく」
袖をめくり腕を差し出すと、沙也ちゃんはおっかなびっくりな感じで手につけたオイルを伸ばしマッサージを始めた。
「そんな、怖がらなくてもよくない?」
「ご、ごめん……ちょっと緊張しちゃった」
「リラックス、リラックス」
沙也ちゃんが、出来るだけ緊張しないようにそっと笑って見せた。
「……アロマ……いい香りだネ」
「そうだね。癒しの香りだよね」
柔らかいアロマの香りが漂い、次第に二人の間のぎこちなさも解けていくようだった。
「ねえ。この間話したことだけど」
この間の話をしてから、お互いなんとなく意識しすぎて話しづらくなっている状態を何とか回避できないかと思っていた。
「あんな話しをしちゃったから、もしかしたらずっと沙也さん悩んでるかなって思って」
「あ、いや……」
「ごめんね。でも、君を苦しめたくはないから、もう悩まなくっていいよ。俺は、大丈夫だから」
沙也ちゃんは、どう答えていいかわからないのか、目を合わせないままマッサージを続ける。
「後で思ったんだ。……一方的に俺の気持ちだけを押し付けたことで、沙也ちゃんを苦しめる事になってしまったよなぁって」
沙也ちゃんは一瞬マッサージの手を止め、何も言わず小さく首を横に振った。
「なんとなく、俺が話してから沙也ちゃんずっと元気がない気がして……」
そう言いながら、外された視線を拾うように俺は沙也ちゃんの顔を覗き込んだ。
「逆に、心配させてごめんね」
「沙也ちゃんが悩んで苦しむのは俺の本望じゃない。だから……」
(だから……一度全部忘れていいよ)
そう言おうと思った。
このまま、ぎこちない状態が続くよりも、全てなかったことにした方が、沙也ちゃんも楽になるだろうと思ったのだ。
でも、俺の続きの言葉をかき消すように沙也ちゃんは言った。
「大貴さんは何も悪くないよ。これは私自身の問題なの」
「……」
沙也ちゃん自身の問題……かもしれないけれど、その心の傷をむし返してしまったのはきっと俺だ。
それに加え、ちゃんと傷が癒えてない沙也ちゃんに、急ぎすぎた告白をしてしまったことで、さらに苦しくさせている。
「ごめんなさい」
沙也ちゃんが、謝りながらまた切ない顔をする。
「……ほら。またそんな顔する」
「ごめん」
「そんなに何度も謝らないで、お願いだから。この田舎留学もあと少しで終わっちゃうし……楽しもうよ。一緒に」
「ありがとう。本当にそうだね」
沙也ちゃんは、ゆっくり顔を上げ、気持ちを切り替えるように笑顔で頷いた。
俺もその笑顔に答えるように、笑って返した。
「はい。じゃあ次は、俺が極上のマッサージをしてあげる」
「わぁ本当に? では、お願いします」
交代して、今度は俺が沙也ちゃんにマッサージをしてあげる番になった。
差し出された腕は、透き通る様に白くて細かった。
強く力を入れてしまうと壊れてしまいそうなその腕に、そっとそっとふれる。
壊れそうなのは腕だけじゃない。
今、目の前にいる彼女は、その心も身体も繊細で、強く触れすぎてしまうとすぐに粉々に壊れてしまいそうだ。
(できることなら、その壊れそうな彼女を守ってあげたい。その心の傷を癒してあげたい……)
マッサージをしながら、密に沙也ちゃんへの思いは募っていく。
でも、そんな独りよがりな思いに、必死でブレーキをかけた。
今これ以上、この気持ちをあらわにしてしまうと、彼女をさらに苦しめてしまうことになってしまう。
「ねぇ。極上のマッサージ師さん。すごく遠慮してない? もっとぎゅうってやっても大丈夫だよ」
「いや。なんか……細くて力入れちゃったら折れちゃいそう」
「私そんなにやわじゃないよ。少々のことじゃ折れないから大丈夫だって」
そう言われ、少し力を加えるけれどやっぱり怖くて、それ以上力を入れられなかった。
何とか理性を保ちつつ、教えられたマッサージを一通り終わらせた。
「はい。お客さん。こんな感じでいかがですか?」
マッサージをする腕に集中してた俺は、顔を上げて初めて、沙也ちゃんとかなり接近してることに気づいた。
「……!」
リラックスしていたのか、沙也ちゃんの顔がほんのり艶めいている。
二人の視線ががっちり絡みあい、そのまましばらく動けなくなってしまった。
(もう少しだけ、この手に触れていたい……ずっとずっとこの手を離したくない)
瞬間的にそんな思いがこみ上げて、俺は思わず沙也ちゃんの手をぎゅっと握りしめてしまった。
(好きだよ……)
今は言葉にしていけないこの思いを、心のなかでそっと告げる。
沙也ちゃんには聞こえていないはずなのに、まるでこの心の声に答えるように、ゆっくり握り返してくれた。
二人で見つめ合ったまま、お互いの手を握りしめ……何秒たっただろうか。
沙也ちゃんが、ハッと我に返えると同時に手の力を緩めた。
慌てて俺もその手を離す。
「あ、ごめん」
「ううん。えっと……。大貴さんもマッサージ上手だよ」
「あ、ありがとう」
「でも、ちょっと優しすぎるから、もっと強引にぐいぐいやってもいいかも」
二人とも、恥ずかしさを隠すように何もなかったような会話をしてごまかした。
──その日の夜。
身体より、感情が右往左往して疲れ切ってしまった俺は、早めにシャワーを浴びてベッドにもぐりこんだ。
あの見つめ合った一瞬を思い出し、胸の鼓動が高鳴る。
(あの時、確かに握り返してくれた……)
ということは、少しでも俺に好意を持ってくれていると思っていいのだろうか?
少しでも、その可能性があるのなら、待つ意味はあると思った。
でも、何かの間違いだで、そうしてしまった可能性だって考えられる。
あの瞬間の艶めいた沙也ちゃんの顔が、脳裏に蘇えり彼女のことがさらに愛おしくなってしまう。
(あぁ、もーわからないよ……)
思わず、がばっと毛布を引き上げ、頭まですっぽり潜り込んだ。
もしかしたらという期待と、ただの間違いかもという否定的な想定が入り乱れ、ますます分からなくなってしまった。
どれだけ考えても、真相はわかるはずもなく、胸にモヤモヤをいっぱい抱えたまま、眠りについてしまった。
見たくない夢を見てしまった──。
あの時、沙也ちゃんを傷つけた中川がにやにやと笑っている。
その向こうに悲しそうな顔をした沙也ちゃんが見えた。
「沙也ちゃん!」
俺がそう叫ぶと、沙也ちゃんは涙を流しながら向こうを向いてしまう。
思わず駆け寄ろうとしたけれど、にやけた顔の中川に身体を抑え込まれ、阻止されてしまった。
「沙也が、お前みたいな弱気なやつ好きになるわけないだろ」
「……!」
核心を突かれた中川の言葉に怒りが沸き上がるも、何も言い返せない俺がいた。
「沙也はね、俺のことが好きだって言ったんだよ」
「ふざけんな。……沙也ちゃん! 気がついて!」
そう叫びながら必死でもがいても、中川の力が強くて沙也ちゃんには近づけない。
「無理無理。あきらめろって」
「いやだ! 離せ。たとえ沙也ちゃんが俺のこと好きじゃなくても、お前だけには絶対渡さない!」
「うざいやつだな!」
馬鹿力の中川に振り払われ、後ろに倒れこんだところで目は覚めた。
「夢か……」
目が覚めると同時に、がばっと勢いよく起き上がってしまった。
悪夢の中で言われた中川の言葉が胸を突きさす。
”弱気なお前のことなんか好きになるわけないだろ”
それは、自分自身が思っていることなのかもしれない。
「は~……」
思わず大きなため息をついた。
夢の中で、もがきすぎた俺は全身に汗をかいてしまっている。
窓の方をみると、夜も明けカーテンの隙間から柔らかな光が差し込んでいた。
時計を確認し、まだ集合時間までは余裕があったので、もう一度シャワーを浴びることにする。
嫌な夢のせいで抱いたこの嫌悪感を消したくて、シャワーの水流を最大にして頭から浴びる。
あの時の……中川が平気な顔して沙也ちゃんを傷つけた時、自分は何もできなかった悔しさが蘇ってきた。
「くそっ……」
ザーザーと勢いよく落ちてくるお湯を浴びながら、こみ上げてくる怒りを抑えきれず拳を壁に押し付け、うなだれる。
同時に溢れ出す悔し涙が、シャワーのお湯と一緒に頬を伝い流れ落ちていった。
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