第18話 癒えない傷

「なぁ、大貴。もう怖がらなくてもいいんじゃない?」

「怖い……のかな俺。やっぱり」

 だんだん自分の気持ちがわからなくなってきた。

「何度も言うけどさ、自信持てよ」

 そう、祐太には何度も同じ言葉を言われ続けている。

仕事に関しては、自信が持てるようになったのに、恋愛事となるとどうにも、自信がなくて、どうしていいかわからなくなってしまう。

「待つっていつまで待つつもり? 本当に待てるの? 結局その間ずっと苦しみ続けなきゃいけなくなるよね? 時と場合によってはさ、強引に行った方がいい時もあると思うけど……」

「強引に行けないよ。 間違ってまた沙也ちゃんを傷つけたくないし」

「……それ、違うんじゃない?大貴」

「違うって……?」

「沙也ちゃんじゃなくて、お前が傷つきたくないんだろ」

「……!」

 自分でも気づいていなかった確信を疲れたようで、ハッとなった。

確かに、その通りで……傷つけたくない、と言いながら本当は、自分が傷つきたくないのかもしれない。

「……話を聞いた限りでは、絶対大丈夫だからさ、別に今日から付き合いますって形じゃなくてもいいんじゃない?」

「……どういうこと?」

「沙也ちゃんは、付き合いますって言ったわけじゃないかもしれないけど、大貴はもう彼女と思って接していいんじゃない?」

「え、それは、ちょっとどうかな。無理がありそうだけど」

 お互いの性格の違いで、こういう時には意見が合わないのはわかっていた。

それでも、どうしたらいいのか導いてくれるのは祐太しかいないと思ってた。

「んー……俺ならとりあえず、この留学が終る前に少なくとも、次に会う約束をするな」

「そっか、まずそこを押さえておかないとね」

 そんな感じで、祐太ならどうするかという意見をいくつかもらった。

もちろん、全て同じように実行できるわけではない。強引すぎるアクションはやはり出来ないと思った。


「大貴、すごい真剣な顔してて、なんかょっと笑う」

「え? 何、急にそんなこと言うなよ。そりゃ真剣になるさ」

「沙也ちゃんのことそんなに好きなんだな~って」

「……まぁ。自分でも驚いてるよ。あの時あの事があって、もう何年も会ってなくて自分の中では消したはずの気持ちだったのに……」

 この奇跡の再会で、蘇えったしまった感情が、ウソのようにどんどん膨れあがって抑えきれない。

「確かに沙也ちゃんの笑顔、可愛いよね。なんか癒し系っていうか」

「あぁ……」

 沙也ちゃんの笑顔を思い浮かべ、つい頬が緩む。

「お、真剣だった顔が、でろ~んて緩んだ」

 祐太が言いながらクスクス笑った。


「だから大貴、そんなかわいい沙也ちゃんだから、もたもたしてたら誰かにまた奪われちゃうよ」

「えっ……?」

 

”奪われる?”


 急に背中に虫唾が走った。


「なんなら俺が告白して奪っちゃおかな~」


 祐太はふざけて言ったのはわかったけれど、その言葉に胸がザワザワと騒ぎ出し、やがてスーッと血の気が引くような怒りの感情が全身を貫いた。


「あ、ごめんごめん! 今のは冗談冗談」

 俺の変化に気づいて、祐太があわてて訂正をする。

「なんで? ……そんな悪い冗談を……」

「いや、本当ごめん。そんなこと微塵も思ってないから」

「俺が、あの時のことで、どれがけ悔しい思をしたのか……お前ならわかってくれてると思ってた」

「いや、それはわかってるよ」

「じゃあ、なんでそんなこと!」

 祐太が、もたもたしてる俺に発破をかけるつもりで言った冗談だたのだろうけど、その言葉に俺の感情が過剰に反応してしまった。

言いようのない怒りが沸き上がり、コントロールできない。

本当は、沙也ちゃんを傷つけた中川や、それを助けてあげられなかった自分への怒りなのに、その怒りを、今目の前にいる祐太にぶつけてしまいそうになる。


心の闇に吸い込まれるような、変なスイッチが入ってしまった。


 ──誰かに奪われてしまうという恐怖心と、怒りのエネルギーが胸の奥で渦を巻く。


 顔色が変わった俺を見て、祐太がちょっと焦ってアタフタしているのがわかった。

「ごめん。ホント軽率だった。 俺はお前と沙也ちゃんが……」

「もういいよ」

 俺は必死で謝る祐太の言葉を遮り、祐太に背中を向けた。

これ以上何かを言われると、怒りの感情をさらに祐太にぶつけてしまいそうだった。

本当は怒るべき矛先は祐太ではないと、……わかっているはずなのに止められそうにない。


とにかく、これ以上感情をあらわにしてはいけないと思い、スタスタと出口の方に向かう。

「おい大貴ぃ!」

 呼び止めようとする祐太の声にを無視してドアを開ける。

「……悪かったな、夜遅くに」

 そう言ってそのまま部屋から出て扉を静かに閉めた。


 自分の部屋に戻るとすぐにベッドに座り込み、そのまま後ろに倒れこんだ。

「はーっ」

っと大きく息をつく。

(何やってんだろう。俺)

 祐太には本当に申し訳ないと思いながら、怒りのエネルギーをがおさまるのを静かに待った。


「沙也ちゃんじゃなくて、お前が傷つきたくないんだろ」と祐太に言われた言葉が、なんども頭の中で繰り返される。

あの時の悔しさが深い傷跡を残していて、これ以上傷つきたくないという思いが、無意識に、色んなことから逃げているのは……間違いない。

結局、自分が一番大事なんだと気づき、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。

グイグイと積極的に動けば、嫌われてフラれてしまうかもしれないという恐怖心に、勝つことが出来ない。

俺の「待つ」は、沙也ちゃんのためでなく、自分を守るための「待つ」ということなのだろうか。

(そもそも、「待つ」という答えは正解なのか……?)

考えすぎて、それすらわからなくなってきてしまった。

 このまま田舎留学が終ってしまってそのまま連絡も取らなかったら、自然消滅してしまう可能性もある。


沙也ちゃんのことを、本当に思うなら俺はいったいどうするべきなんだろう──。


 今の俺の前にそびえ立つこの壁はとてつもなく高くて、それを乗り越える方法が、わからない。

(こんな俺が、恋愛なんてしちゃいけないのかもしれない)

 このまま、俺は一生仕事と生きていくしかないのだろうか……寂しい結末を想定してしまうほど心が沈んでしまったまま、いつの間にか寝落ちしてしまっていた。



次の日──


 思い悩んだまま、眠りに着いてしまった翌朝の目覚めはあまりよくない。

でも、今日の予定は最後は作業で、畑での収穫と夕方にはその収穫した材料を使ってのバーベーキュー大会になっていた。

いわばこの田舎留学の、最後の華やかなイベントだ。

「最後まで、楽しもうよ」

 と、沙也ちゃんに言ったのはこの俺だ。

これが終わって帰れば、当分はこういう時間を持つことは出来ないだろう。

あと少しで終わるこの貴重な時間を楽しもう!と自分に言い聞かせる。


朝食を済ませ、ロビーに行くと先に準備を済ませてソファーに座って待ってる祐太がいた。

「おはよう大貴」

「ああ、おはよう……」

 お互い、昨夜のことがあってなんとなく気まずい雰囲気が流れる。

ちゃんと謝ろうと思っていたのに、周りに人もたくさんいて言い出せず、結局タイミングを逃してしまった。

「おー祐太! おはよう! 今日のバーベキュー大会だけどさ……」

 他の参加者に話しかけられた祐太は、いつもと変りなく明るく受け答えをしている。でも、俺はどうしても祐太といつものように話せず、そっとその場を離れた。

ロビーの窓の近くに行き、外の景色を静かに眺める。

遠くの海に朝陽の光が反射しキラキラ光っていて、いつもなら、綺麗だと素直に感じるのに、なんだか今日はちょっと違う。

切ない思いに、ぐっと胸を押しつぶしされそうになってしまった。


 まもなく、スタッフからの指示があり、みんなバスに乗り込み畑まで移動をした。あまり、周りに感づかれるのも嫌なので何とか頑張って気分を上げる。

「よーし、いっぱい採っていっぱい食べるぞ~」

 暗い気持ちを、吹き飛ばすようにわざと元気よく声を出してみた。

近くにいた、沙也ちゃんと瑞樹ちゃんがクスクスと笑っている。

「大貴さん、気合入りすぎー! 勢いであんまりたくさん採りすぎないでくださいねー」

 瑞樹ちゃんが笑いながら、俺のカラ元気に釘を刺す。

その横にいた、沙也ちゃんを見ると視線が合い、お互いそっと微笑みあった。


(あれ……?)

 沙也ちゃんの顔色が良くないように見えた。

(体調悪いのかな?)

 ちょっと気になったけれど、すぐにスタッフからの指示があり、みんなそれぞれの場所に行き野菜をの収穫を始める。


 しばらく、作業を続けていたらすぐ横の畝にいた沙也ちゃんが、おでこの汗を拭っているのが見えた。

やっぱり、ちょっと調子が悪そうだ。

「沙也ちゃん。顔色悪くない?」

「あ、うん。大丈夫」

「今日は、ちょっと暑いからね。無理しないで」

「うん」

「きつかったらあそこで少し休んでたら?」

「うん。ありがとう。……大丈夫だから」

 そう言って、俺に笑顔を見せたけれど、やっぱり調子は悪そうだ。

(大丈夫かなぁ? 無理して、倒れたりしなきゃいいけど……)


──俺の嫌な予感は的中してしまった。

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