第3話 導かれて
『お~~。大貴~久しぶり~』
久々に親友の祐太から電話がかかってきた。
この日も残業して、それでも片付かなかった仕事を、家に持ち帰ってその書類をコーヒーを飲みながら眺めている時だった。
「あぁ祐太。相変わらず脳天気な声してるなぁ」
『なんだよ。いきなり失敬なお言葉だねー』
祐太は、小学校からの幼馴染で、ずっと仲のいい親友でもある。
俺とは正反対の性格なはずなのだけど、どこか似ていることころもあって、気心知れてる無二の存在でもある。
「どう?最近忙しい?」
『んーそれなりに。会社の方もなんかいい感じで、俺がいなくても回ってる感じ』
「俺ががいなくてもって、お前一応、社長だよね?」
『まぁねー。おかげさまで有能な人材に恵まれてましてー、俺の仕事がなくなっちゃってさ、ちょっと時間持てあましてるわけよ。なんか新しいこと見つけられないかなって思ってて……』
ちょっと軽いノリの祐太だけど、実はかなり頭もキレ、行動力も人望もある。
そのアクティブな行動と人脈の多さには、いつも本当に感心させられる。
何よりすごいのは自分で会社を立ち上げ経営している、なかなかすご腕なやつなのだ。
次は何を企んでいるのか知らないけど、彼はそういうことを見つけ出す天才でもある。
きっとまた何か新しい企画を取り入れようと、考えているのだろう。
「なんか、贅沢な悩みだなそれ」
『大貴はどうなの? 相変わらず怒濤のような仕事の波にのみこまれてる感じ?』
「んーそうだなー。前よりは少し落ち着いたんだけど。それなりに忙しいよ。今もちょっと書類に目を通してたところ」
『あれ? まだ会社にいるんだ?』
「いや、家に帰ってきてるけど、ちょっと片付かなかった仕事があって」
そう言いながら、片手に持った書類を改めて眺め、いったんテーブルの上に置いた。
『そりゃ大変だね』
「会社で残業すると、色々うるさいから」
『なるほどねー。今は、働き方改革とかなんとかでうるさいからね』
「そうそう。そいえば今日、部長に呼び出されて有給消化しろって命令された」
『有給? もしかして使ってなくてたまっちゃってんの?』
休みたくないわけではないのだけど、休んだところでその時間をどう過ごそうか思いつかない。
ダラダラと過ごす休日も、悪くないのだろうけど、だらけすぎて社会復帰出来なくなるかもしれない。
「どうすっかな~。十日もあってさ、それこそ時間を持て余しそう」
『ほうほう。大貴さん、それって土日挟んで二週間くらい連休に出来ない?』
「二週間? まぁ上手く取れればできなくもないけど」
祐太が俺に有給休暇の使い方に、何か提案しようとしていることはすぐに分かった。
『お客さん。その有給休暇、俺に預けてみませんか。悪い話じゃありませんですぜ』
「めんどくさいな。なんだよ」
俺がわざとキレ気味に言うと、祐太が電話の向こうで爆笑した。
『いや、実はさ俺もちょっと余った時間に、なんか新しい出逢いとか今まで経験したことないこと出来ないかなって思って色々探してみたんだんだよね』
「何か見つかった?」
『うんうん。田舎体験留学っていうのがあってさ……』
祐太が見つけたという田舎体験留学とは、とある地方の町おこしの一環らしく、田舎暮らしを体験したい人を募集しているということだった。
「ふ~~ん。なんか意外だったな。祐太のことだから、もっとグローバルな感じで海外にでも行くのかと思ったけど」
『外に向かって行くのもいいけど、まずは内側から攻めるっていうのもアリだと思わない? 国内にもまだまだ知らない世界がいっぱいあるし、世界を目指すだけがすべてじゃないと俺は思うわけ。俺は外より内側の世界を広げていきたいんだよね』
(なるほど……)
祐太の感覚はいつもちょっと面白い。
「で、その田舎体験留学に一緒に行かないか?って話なわけ?」
『イエス!』
田舎留学に対してそんなに興味を持ったわけではなかったけど、休暇を充てるにはちょうどいいかなと思った。
(祐太とも、なかなか会えないし、一緒に行けば久々にゆっくり話もできるかな)
その程度の気持ちで、俺は田舎体験留学に参加することを決めたのだった。
──そして数週間後。
成り行きで、祐太と一緒に参加することになった田舎体験留学。
祐太と途中の駅でと待ち合わせて、その留学先の町まで、電車を乗り継ぎながら留学先の町へ向かった。
「お前さ……ぜんっっぜん社長らしくないな」
待ち合わせの場所のに来た祐太のスタイルが、Tシャツにデニムを合わせただけのラフなスタイルでどう見ても、ダダのその辺にいる若僧だ。
「社長社長言わないの。社長っていっても小さい会社だし、そんな大それたもんじゃないよ。それに今はプライベートな時間だからさ、いいじゃんこれで」
祐太は、少し照れ臭そうに笑った。
そんな気取らない部分は、昔から変わらない。
「悪い、あんまりも普通過ぎて、つい」
「まぁ、これが俺のライフスタイルって感じ? でも決める時はバシッと決めるぜ」
「だよな。そういうやつだよな。お前って昔から」
「そういう大貴こそ、いつものおっしゃれーな感じとイメージが違わくない?」
俺も普段、外出の時はあまりラフな格好はしない方だ。
「あーそうだね。今回は”動きやすい服でご参加ください”って書いてあったからね」
集合場所のホテルまでは、最寄りの駅からバスに乗って行くのが一番無難なルートだった。最寄り駅について駅前に出てみると、人もまばらでのんびりとした雰囲気だ。
ちょうど、ホテル方面に向かうバスが停留所に停まっていた。
バス停の時刻表に書いてあった本数も一時間に一~二本だ。
バスの出発の時間までは、まだ少しあったが、ドアが開いていたので乗り込んで一番後ろのシートに座って待つことにした。
「なんかやっぱり、時間の流れ方が違う気がする」
祐太が、バスの窓の外を駅前の風景を眺めからそうつぶやいた。
確かに、都会のせわしなさに比べたら、ここは静かでゆっくりした空気が流れている。
「俺、こういう町に移住したいなって思ってるんだよね」
祐太が意外なことを言うから少し驚いた。
「移住? ふーん。でも会社あるから無理じゃない? まさか社長自ら辞めますって訳にはいかないだろうし?」
「まぁ、そこなんだけどね。でも今はさ、ネットで繋がってるから、なんでも意外といけちゃうんだよ。わざわざ出社しなくても色々出来ちゃうっていうか」
「あー確かに……そうかもしれないけど」
「取引先との交渉とか契約とか大事な時だけ、出張して行けばなんとかなりそうじゃん」
祐太の顔は割と真剣で、冗談でなく本気で考えている雰囲気だった。
「ここぞという時にはビシッと決めるヤツだからね?」
「そうビシッと。でももっと言えば、そういうのも今は、オンラインでやろうと思えば出来ちゃうからね」
「そうなると、もうパソコンの中の人になっちゃうね? 井の中のならぬ、パソコンの中の蛙……」
「え、俺カエルになっちゃうの?」
「うわ、やだ。ちょっと離れて俺、両生類とか爬虫類系は苦手なんだよ」
「ひで~な。勝手に人のことカエルにするなよ」
冗談を言い合い、二人でケラケラと笑った。
「言っとくけどね、パソコンは井の中じゃなくって、きっと大海の方だと思うよ。ネット環境さえ整えれば世界中の人と繋がれるんだから」
なるほど、パソコンが大海だなんて、やっぱり祐太の言うことは面白い。
「そうか。じゃぁ大海で溺れないようにねカエルさん。てか、カエルって海水の中では生きていけないんじゃない?」
「また大貴はそうやって難しい方に考えるんだから。たとえ話だからその辺は深く考えなくていいの。それに俺はカエルじゃないっつーの」
そんな冗談を言い合いながら、バスの出発待っていたら、地元の人らしき人達が、ポツポツと数人乗り込んできた。それでもバスの乗車率は極めて低い。
この町に住んでいる人達の絶対数が少ないことも、想像できた。
そろそろバスが出発するという案内が流れた頃に、数人のお客がまた乗り込んできた。
駅にちょうど電車が到着して、そこから降りてきた人たちの流れのようだった。
その中に、たぶん俺達と同じように田舎留学に参加する人達もいるようで、大きな荷物を持っている人が何人かいた。
その時──。
最後に、荷物を重たそうに持ちあげながら、一人の若い女性がバスに乗り込んできた。
その女性の顔を見て、俺は驚きのあまり固まってしまった。
(えっ……?)
「大貴、チョコ食べ……る? ん? どうした?」
そんな俺に、祐太はすぐに気づいた。
「いや……」
「誰か知り合いがいた?」
「……」
俺はその女性をじっと凝視してしまった。
幸い、その女性はそんな俺には全く気づかず前の方の座席に座る。
バスはまもなく発車し、その女性は外の景色を嬉しいそうに眺めている。
(あの横顔は間違いない……)
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