第20話 思い出と一緒に

 畑の方に戻って、すぐに休憩室の所へ行ってみたが、そこにはもう沙也ちゃんの姿はなかった。

沙也ちゃんを寝かせてあったベンチの上には、敷いてあげていた俺の上着とタオルが綺麗にたたまれ置いてあった。

戻ってきた俺達の姿に気づいた瑞樹ちゃんが、駆け寄ってきた。

「沙也さん、スタッフの人とホテルに帰りましたよ。部屋でゆっくり休んだ方がいいだろうってことで」

「そうか。沙也ちゃん大丈夫そうだった? 一人で歩いて行けた?」

 祐太が心配そうに、様子を聞く。

「はい。何とか自分で車まで歩いて行ってました。沙也さん、昨日なんか眠れなかったみたいで……それで貧血なっちゃったかなって言ってました……」

 そう言いながら、瑞樹ちゃんは俺の顔をチラッと見た。

「大貴さん……どうしかしたんですか? 急にいなくなっちゃって」

「いや……それは」

「まぁまぁ、いいからそのことはまた後でゆっくり話すから、ほら早く作業に戻ろう。他の人に任せっきりじゃ悪いし」

 俺が答えに困っていると、祐太がすぐに助けに入ってくれた。

瑞樹ちゃんは怪訝そうに、もう一度俺の顔をちらっと見た。

「さ、ほら行こ」

 祐太は、そんな瑞樹ちゃんの肩に手をまわし、畑の方に向きを変えそのまま一緒に歩いて行く。


(あれ……?)

 二人並んで歩いて行く後ろ姿を見て、ふと思った。

(もしかして……?)

 そのことについては、後で祐太に追及してみることにした。


 収穫した野菜を、段ボールやコンテナケースに詰め込み、午前中の作業は終了した。今日収穫した野菜はバーベキューで使って、残りはお持ち帰りか宅配便で送ってくれるということだった。


 ホテルに戻り、昼食を済ませ自分の部屋に戻った。

一息ついてから、汗をいっぱいかいたので、シャワーを浴びることにする。


(沙也ちゃん大丈夫かな……)

 昼食の時も、まだ沙也ちゃんは姿を現さなかった。

シャワーのお湯を顔面にあてながら、今朝の出来事を振り返る。

具合が悪くて苦しんでるのに、俺はとっさに放り出してあの場から逃げ出してしまったことを深く反省する。

きっと沙也ちゃんも、俺の異変に気づいたはずだ。

祐太とのことを俺が勘違いして、怒っていると思っているかもしれない。

(ちゃんと冷静になって、そばにいてあげるべきだった……)


シャワーを浴びた後、ベッドに座りバッグからスマホを取り出す。

沙也ちゃんに連絡を入れてみようかと思ったけれど、

(今はたぶん寝ているかもしれないしな……)

 そう、思いやめた。


──と、手に持ったスマホの通知のライトが、点滅していることに気づく。

(あれ……? なんだろう)

 開いてみると、着信履歴に会社の名前がいくつも並んでいた。

マナーモードにしたままバッグに入れていたから、電話がかかってきていることに全く気が付かなかった。

(あ、これは、もしかしてヤバイ感じ?)

 何かトラブルが起きたのかもしれないと思い、すぐに折り返しの電話を入れてみた。


 電話口の向こうでは、同僚が困り果てた声で俺に助けを求めてきた。

システムが、上手く作動していないようで、同僚が修正をかけているのだけど上手くいかないらしい。

”お前じゃだめだ、三山を連れてこい”

 クライアントにそう言われてしまい、俺に泣きの電話を入れてきたのだった。

その、クライアントはずっと自分が担当している会社で、付き合いも長い。

大事な取引先が困っている──。

どうしようと、迷っている場合ではなかった。

それに、このままここにいて対応が遅れてしまったら、本末転倒だ。

会社全体が信頼を失くしてしまいかねない。

俺は、すぐに留学スタッフに連絡を入れ、荷物をまとめ帰る支度を始めた。


 帰る前に、祐太の部屋によって事情を話す。

「え? 明日じゃダメなの?」

「ダメなんだよ。先方も困っているから一刻も早く行って、何とかしないと」

「そっか……わかった」

 そう言って、祐太がなにか言いたそうに俺の顔をじっと見る。

「なに?」

「仕事モードの大貴くん、かっこいい♡」

「また、そういうことを言う!」

「さっき、泣いてたのはどこの誰? ってくらい雰囲気変わるね」

「な、泣いてないから! もーからかうなよ」

「仕事のことだと、こんなにテキパキ動けちゃうのに……」

「あん? 何が言いたい」

「いや、別に」

 祐太が言いたいことは、きっとこうだ。

”恋愛も仕事と同じぐらいテキパキ動けたらいいのにね”


「じゃぁ……行くわ。あ、沙也ちゃんだけど、寝ているといけないから、連絡はしないでいくね」

「そっか。俺から話しておくけど……仕事片付いたら、絶対連絡入れなよ」

「ん……わかってる」

「じゃあ、行ってらっしゃい!」

「行ってきます……て、あ、そうだ!」

 俺はドアに向かって歩いて行こうとして、すぐに振り返った。

祐太が、きょとんとした顔して俺を見る。

「帰る前に大事なこと聞こうと思ってたんだ」

「ん?」

 首をかしげる祐太を見て、俺は思わず顔がにやけてしまった。

「え? なに? その意味深な笑顔」

「あのさ、もしかして……祐太と瑞樹ちゃんて……」

「あ、そのことね」

 祐太はそう言って、うんうんと頷いた。

「やっぱり、そうなの?」

「そう」

 祐太の顔が幸せそうにほころぶ。

「え、いつ?」

「昨日ね、お土産屋に行く前」

「そうだったんだ。OKだったてことか」

 祐太は、にっこり笑ってピースサインを出した。


──つまり、昨日お土産屋に行く前に、瑞樹ちゃんに気持ちを伝えて、お付き合いをしてもらえるようになった──ということらしい。


二人で笑いながら、右手でハイタッチをした。

「よかったな! いいカップルだと思うよ」

「大貴達もね」

「え? いや、俺達はまだ……ん、でもそうなれるようにがんばるよ」


 田舎留学のスタッフに挨拶を済ますと、すぐにタクシーで駅に向かう。

この数日間を過ごした町の景色が、窓の外を流れていく。

まるで、本当の故郷を離れるような、そんな寂しさを感じてしまった。

バッグからスマホを取り出し、この期間に撮った写真を眺めてみる。

いつもと違うこの環境で出会い、一緒に過ごした仲間たちが、みんな笑顔で楽しそうに映っている。

もちろん沙也ちゃんも……。

 沙也ちゃんの笑顔を見ていたら、声を聞きたくなってしまい、教えてもらって登録した番号をなんとなく表示させた。

しばらく、画面とにらめっこしてしまったが、その番号をタップすることはないまま、画面をオフにする。

笑顔いっぱいの写真と、大切な人の連絡先の入ったスマホはそのまま思い出と一緒にバッグにしまい込んだ。

思いを断ち切るように、フーっと小さくため息をつき、視線を窓の外にむけた。

また……いつか、ここに来られることを願いながら、きらめく景色を心に刻みこんだ。


 数時間かけて、マンションの部屋に着くと、すぐにスーツに着替える。

ネクタイをきゅっと締めると、気持ちも引き締まり、頭はすっかり仕事モードに切り替わっていった。

 会社へ行くと、同僚がすまなそうな顔して、駆け寄ってきた。

「三山、悪い」

「いやいや。こっちこそ、悪かったな。大変な時にいなくて」

 詳しい状況を、同僚に聞きすぐにクライアントの所へ向った。

外はもう、夕刻に近づき空は少しオレンジ色に染まりかけている。

空の色が、あの時、ホテルの窓から見た、綺麗な夕陽の思い出と重なる。

(綺麗だったな……)

 でも、今はゆっくり思い出に浸っている場合ではない。


とにかく、先を急ぐ。

クライアントの会社に着くと、挨拶もままならいまますぐにシステムを管理しているパソコンに向かいキーボードを叩き続けた。


「よし……これで大丈夫だ」

 なんとか、修正も無事終わり全てが片付いた頃には、夜もだいぶん深まっていた。

パソコン画面に集中していて、気がつかなかったけれど、あたりを見渡すと従業員はみんな帰ってしまったようでオフィスには静けさ漂っていた。


「あーよかった。助かったよ。はいお疲れ様、これでも飲んで」

 唯一遅くまで、一緒に残ってくれていた先方の社長が、缶コーヒーを差しだす。

「すみません。ありがとうございます」

「悪かったね三山君、有給休暇中だったんだって?」

「あ、いえ。なかなか有給を取るタイミングがなくて、無理やり休んでいたんですけど、まさかこのタイミングにトラブってしまうとは思ってなくて……対応が遅くなってしまって本当に申し訳ございませんでした」

「いやいや。どうなるかと思ったけど、三山君に来てもらったおかげで無事直って、安心したよ。これからも頼むよ」

「はい。もちろんです。よろしくお願いします」

 ……何とか信頼は壊れずに済んだようでホッとした。

「休暇中、どこかに出かけてたの?」

「ええ。友人に誘われて、田舎の方に……」

「友人? 彼女じゃなくて?」

「あはは。残念ながら友人です」

「あれ? もしかして三山君、彼女いないんだっけ?」

「ええ、まあ」

「そうっか。まだ若いから、可能性はいっぱいあるから、大丈夫、大丈夫」

 社長は、ガハハと笑いながら俺の肩を、ポンと叩いた。

「でも、……大切にしたいと思っている女性ひとはいます。と言っても、……まだお付き合いはしてないんですけどね」

 思わぬ流れで、ついそんな話を社長にしてしまった。

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