第23話 何度でも

 沙也ちゃんを連れて行きたかった場所は、公園から十分ほどの所にある、高台にある神社だった。ラストスパートで、神社の境内に続く階段を、どんどん上って行く。

その時、ふと思い出した。

「あ、そう言えば、体調はどうなの?」

 舞い上がって、すっかり忘れていたけれど、この前沙也ちゃんは体調を壊して倒れたのだった。

それなのに、体調は大丈夫なのか確認もせずに、グイグイと早足でここまで連れてきてしまった。

「えー今更? ここまで、急ピッチで歩かせといて?」

 笑いながら、そう言ったけれど、沙也ちゃんの息は少し苦しそうに切れている。

「ごめん! もしかしてハードすぎた? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。もう。すっかり元気になったから」

「ごめん……。すっかり忘れてた……」

 俺は、なんて気がつかない男なんだろうと、少しへこんでしまう。

「大丈夫だって。ほら行こう」

 沙也ちゃんは、俺の手をグイっと引っ張ると、先に階段を上りはじめた。

「よかった。元気になって」 

「大貴さん、ありがとう。あの時、私を助けてくれて」

 あの時は、無我夢中で考えるより先に、沙也ちゃんを抱きあげていた。

「すごく心配したよ」

「ごめんなさい。体調良くなかったのに無理しちゃって。結局みんなに迷惑かけてしまって……反省している」

「うん。これからはそういう時は無理しないで、すぐに俺に言ってね。心配だから」

「うん」

 素直に頷く沙也ちゃんが可愛くて、もう一度その手をぎゅっと握りしめた。



 何段ほどあるだろうか。石畳の階段を上りきったところに鳥居があり、その奥には神社の拝殿がある。鳥居をくぐって、すぐに後ろを振り返った。

 そこには、あの頃と変わらない景色が広がっていた。

「ほら見て」

 沙也ちゃんに見せたかった、ここからの景色。

広がるたくさんの建物が並ぶ街並みがあって、遥か遠くには山々があり、その向こうに沈みかけた夕陽の光とのコントラストが、何とも言えない綺麗な景色を作り上げている。

「わぁ……」

 振り返り思わず声を上げた沙也ちゃんの顔が、夕陽の温かい光に照らされ、ぱぁっと紅く染まった。

「間に合ってよかった……」

 ここから見える綺麗な景色だけでなくて夕陽も、沙也ちゃんに見せたかった。

沙也ちゃんなら、田舎留学のホテルで夕陽を見た時と同じように、この景色の美しさを一緒に共感してくれると思った。

「ここ……」

 沙也ちゃんも、すぐにそのことを察してくれたようだ。

「うん。あの町みたいに、海はないけどこの眺めも捨てたもんじゃないでしょ?」

「……。こんな所があったなんて知らなかった」

 嬉しそうに微笑む沙也ちゃんの顔を見て、少しほっとする。


「あ、あそこにちょっと座ろうか」

 急いで階段を上ってきたので、まだ二人とも少し息が切れていた。

繋いだままの手をそっと引いて、ベンチの所まで連れて行き、先に沙也ちゃんを座らせた。

「ありがとう」

 沙也ちゃんが座ったのを確認してから、俺も横に座わる。

今までよりも、少しだけ距離を詰めて座ってみた。

内心ドキドキしていたが、沙也ちゃんは何も気づかず沈んでいく夕陽を眺めている。

「確か、ここも夕陽が見れたなって思って。沙也ちゃんに見せたくなった」

「うん。見れてよかった」

 この広がった絵にかいたような風景が、時間をゆっくり刻んでいき、夕陽の色が、心をじんわりと温めてくれる。

隣には、大好きな沙也ちゃんが座っている。


そう言えば、あのホテルで夕陽を見た時に、思わず溢れた涙を沙也ちゃんに見られてしまった。

あの時、俺だけでなく沙也ちゃんも感動して涙を流していた。

(もしかして……)

 そう思いながら、そっと沙也ちゃんの顔を見てみた。

「……? 今日は泣かないよ」

 俺がなぜ顔を覗いたのか、すぐに気づいたらしい。その慌てた様子が可愛くて、思わずクスっと笑ってしまった。

「泣いてもいいよ」

「だから、泣かない」

「そっか……。俺は夕陽より、今沙也ちゃんと一緒にこうしていられることが嬉しくって……。感動で……」

「泣いちゃいそう?」

「うん」

「本当に?」

「……ウソ。ははは」

 笑ってごまかしたけれど、本当に幸せすぎて……嬉しすぎて……あと寸前で涙があふれそうだった。

バレないように、沙也ちゃから視線をそらし、沈みかけた夕陽に向ける。

なんとなく、横から覗き込む沙也ちゃんの視線を感じる。きっと俺が泣いてないか、確認しているに違いない。

「だから、泣いてないって」

 今度は俺が慌てて否定する。

「泣いてもいいよ」

 なぜか、沙也ちゃんはニコニコと嬉しいそうにしている。

「……。幸せな気持ちでいっぱいだから今日は泣かない」

 じっと見つめてくる沙也ちゃんの視線から逃げるように、立ち上がって背伸びをした。するとすぐに沙也ちゃんも立ち上がり、俺の横に並ぶ。

さりげなく寄り添ってくれる感じが、ちょっと心をくすぐった。


まだ夢を見ているのようで、心がふわふわと宙に浮きあがる感じだ。

どうか……


──夢ならこのまま覚めませんように──


 いや。これは夢なんかじゃない。

今、横にいるのは間違いなく、ずっと好きだった人。

ずっとずっと好きだった……沙也ちゃん。


「沙也ちゃん」

「ん?」

「俺がもし……あの時、沙也ちゃんに告白して、仮に沙也ちゃんとお付き合出来るようになってたとしたら……今でも変わらずあの頃と同じように、ずっと愛してた自信がある」

 ちょっと、カッコつけすぎなセリフになってしまったけれど、それは本当にそう思っていることだった。

 もしあの時さやちゃんとお付き合いで来ていたなら、変わらずに愛し続けていると思った。もちろん、現実は叶わなかった恋だったから、もしもそうだったらの話だけれど。

あの頃から変わらず好きだし、今も好きだし、これからもずっと好きだ。

そして……

「俺はどんなことがあっても、絶対に沙也ちゃんを傷つけたり裏切ったりしないから」

「……ありがとう」

 俺の言葉に、沙也ちゃんは照れ臭そうに微笑んだ。


さっきまでオレンジ色に染まっていた空も、次第に夜の薄暗い色とのグラデーショになっていく。時々静かに吹いてくる風が、頬をくすぐる。

毎日毎日同じように、朝が来て昼になって夕方になって、夜がきて……当たり前のように時間は流れていく。……でも、今日だけは大きく違った。

 

幸せすぎて、このまま時を止めてしまいたいとさえ思う。


 まだ、恋人になりたての二人の間には、幸せと照れ臭さがまじりあった空気が流れる。お互い見つめ合って、静かに笑った。


「俺……。沙也ちゃんに三回、恋をしたことになるね」

「え? ……どういうこと?」

 沙也ちゃんは、きょとんとした顔で俺を見た。

「学生の頃初めて会った時。そしてこの前、田舎留学で再会した時。……そして今日」

「……」

「今日の沙也ちゃんも、とても素敵だよ。さっき会った時、本当にここがドクンってなった。実は今もドキドキしているし」

 そう、この胸の鼓動はずっとなりやまず、俺の身体中に鳴り響いている。

「それは、私も……同じだよ」

「これからも、何度でも君に、恋をするかもしれない」

「何度でも? ……どんどん歳をとって、おばさんになっても?」

 そういう沙也ちゃんの顔がまた可愛くて……愛おしさが増す。

「おばさんになっても、おばあちゃんになっても、沙也ちゃんは沙也ちゃんだから」

「顔とか、しわしわになっちゃうかもよ」

「その時は、きっと僕もしわしわだね」

 この先、どれだけの時間が過ぎても、この気持ちが変わることはないだろう。


……抱きしめたい……本当はさっきから、何度もその衝動に駆られていた。

だけど、このシチュエーションに慣れてなくて、そのタイミングを掴めずにいる。

急に、そんなにことしたら沙也ちゃんは嫌がらないだろうか?

でも、……もうこの気持ちは止められなかった。

「ずっと、ずっと好きだよ」

 俺の言葉に沙也ちゃんが小さく頷いた瞬間、その身体を引き寄せ


──ぎゅっと抱きしめた。


俺の腕の中にすっぽり入り込んだ沙也ちゃんも、少し緊張しているようだったけれど、その華奢な腕が腰に回され身体がピッタリと触れ合う。


俺が、絶対守っていく。どんなことがあっても。

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