エピローグ ~君の笑顔~
しばらく、甘いキスの余韻に浸ったあと、どちらからともなく、ゆっくり歩き出しさっき上ってきた階段へ向かった。
階段を降りるとそのまま駅に続く道を、肩が触れ合うくらいに寄り添って歩いていく。
(もう少し、一緒にいたいな……)
もう少し一緒にいられる理由を探していたら、ちょうどお腹の虫がタイミングよく鳴いた。今日は忙しくて昼食もコンビニのおにぎりを食べただけで、夕飯時の今お腹がかなり空いてしいることに気づく。
ちょうどその時、偶然見つけた洋食店で、一緒に夕飯を食べて行こうという流れになる。
お互い、まだ一緒にいたいという気持ちは一緒だったに違いない。
これが二人の初めてのデートの時間とも言える。
お店の中に入ると、レンガ調の壁が雰囲気をかもし出しているレトロな洋食店だった。
店内には、香ばしい料理の匂いが漂い、空っぽの胃袋を刺激する。
早急にメニューを見て俺はハンバーグ、沙也はカレーを注文した。
「大貴さんは、食べ物の好き嫌いとかある?」
「いや、嫌いなものって……たぶんないかなぁ」
考えてみれば、お互いそういうことさえまだ知らない。
「沙也は?」
「私はね、……生ガキかな」
「え?そうなんだ。もしかして当たったことあるの?」
「そうそう。まだ小学校の頃だったかなぁ。両親と一緒にね、牡蠣小屋で食べた時にね……もう帰り道で気持ち悪くなっちゃって」
「わぁーそれは災難だったね」
「うん。味はもう覚えていないんだけど……嫌いというより、怖くてそれ以来食べてない」
「うーん一度あたっちゃうと、食べるのは怖いよね。まぁ、無理して食べることもないと思うけど」
そんな会話をしばらくしていたら、美味しそうな料理が運ばれてきた。
鉄板に乗ったハンバーグが、ジュージューと音を立てている
「わぁ、ハンバーグ美味しそうだね」
沙也がテーブルに置かれた、ハンバーグをニコニコしながら覗き込む。
「そっちの、カレーもいい香りで美味しそうじゃん」
「うん。すごい煮込んである感じのカレーだね。どっちも美味しそう」
そう言って、沙也は何かを言いたげに俺の目をじっと見た。
「?」
「ね、少しずつ分けっこしない?」
「えっ……?」
俺は今までそういうシチュエーションを経験したことがなかったので、一瞬戸惑った。
「そういうの嫌な人?」
「あ、いや全然。はい。いいよ取って」
俺は、すぐにナイフとフォークでハンバーグを切り分け、その鉄板を沙也の方に差しだした。
「やったー。ありがとう。いただきまーす」
沙也はサラダ用についてきたフォークで一切れ取ると、それをパクリと頬張りちょっと苦しそうに口をもぐもぐとさせた。
(ちょっと大きく切りすぎたかな?)
女性の一口サイズが、いまいちピンとこない。
「んー美味しい!」
目をまあるくして嬉しそうに食べる沙也の顔を見て、俺は思わず笑った。
「美味しそうに食べるね」
「だって美味しいんだもん」
そう言って、肩をすぼめる沙也の笑顔に、またドキッとしてしまう。
今まで誰かと食事をして、こんなにときめくほどの幸せを感じたことなんてなかったかもしれない。
「じゃぁ今度は、大貴さんカレー食べてみて。あ……」
そこまで言って、俺の方にはスプーンがないことに気づいた。
でも沙也は、すぐ自分のスプーンを俺に差し出す。
「はい。スプーン」
「え、いいの?」
沙也のスプーンで、俺が先に食べていいのかちょっと迷ってたら……
「もーほら遠慮しないで、はい、あーん」
そう言ってスプーンでカレーをすくって俺の顔の前に差し出した。
(えっ? えっ? えっ!?)
「恥ずかしがらないで、私達もう恋人でしょ?」
沙也はスプーンを持ったまま、いたずらな顔して笑っている。
ちょっと躊躇してしまったけど、沙也は俺が口を開けるまでその手を引きそうにはなく、その笑顔のパワーもすごくて……仕方なく口を開けた。
沙也は嬉しそうにカレーの乗ったスプーンを俺の口に運んだ。
程よくまろやかで、辛さの中にほんのり甘みもあり奥深いスパイスの香りがゆっくりと口の中に広がる。間違いのない美味しさだ。
「どう、おいしい?」
美味しいけど、今はカレーの味よりも、この状況が気になって仕方ない。
恥ずかしいやら、嬉しいやら……それになんか悔しい……。
「美味しいよ。さすがプロの味って感じ」
「そうだよね~家じゃこんな感じには作れない感じよね」
沙也は今度はカレーを自分の口に運んだ。
「ねぇねぇ。沙也……」
俺はテーブルに身を乗りだすようにして、カレーを食べ始めた沙也を小さな声で呼んだ。
「ん?なに?」
内緒話をするのだと思って、沙也もテーブルに身を乗り出す。
二人の顔の距離が近づいたタイミングに、俺は沙也にチュッと軽く口づけをした。
「……!」
驚いた沙也は、慌ててキョロキョロと周りを見渡す。
「今度は沙也の手作りのカレー食べたいな」
「えっと……」
突然のキスに沙也はまだ動揺している。
「大丈夫、誰も見てないし、この角度じゃ見えないよ」
「さっきのお返し」
「お返しって?」
「あーんのお返しのチュウ。なんか悔しかったから」
二人で顔を見合わせてにやけてしまう。
「悔しいっていう意味が分からないけど……」
「気にしない気にしない。さ、食べよう食べよう」
「……うん」
悔しいという意味が理解できず、沙也は少し首を傾げたが、それを横目に俺は構わず熱々のハンバーグを食べ始めた。
こんな時間が、これからずっと続くんだと思うと、本当に幸せな気持ちになった。
二人で作る幸せな時間は、今日始まったばかりだ。
この先ずっと、彼女が笑顔で過ごせるように、俺が大切に守っていく──と心に誓った。
オレンジ Side Story TAIKI Ver. 猫月うやの @uyapi
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