第4話 時間を超えた思い
「たーいーきー君! どうしたの?」
「しーっ……」
俺は祐太の呼びかけを遮るように、人差し指を口の前にあてた。
「なんだよ。わけわからんヤツだな」
祐太は声をひそめながら、何が起きたのかわからないと俺に視線を送ってくる。
「あーごめん。……ほら、さっき乗ってきたあの女性」
「ん? 前の方に座ってるあの子?」
「そうそう……」
「あの子がどうしたの? 知り合い?」
二人で前の座席の背もたれに隠れるように身をかがめて、声を潜めて話す。
「ん……たぶん立花さん……」
「タチバナさん?……て、えーとえーと……あ! もしかして大学の頃お前が片思いしてた子?!」
「……そう」
少し大人っぽくなっているけど、間違いなくそうだ。
「えーーーっ!」
祐太思いのほか大きな声で驚いたので、俺は慌ててその口を手で押さえこんだ。
「お、おいっ、声大きいよ」
そんな俺達のコソコソ騒ぐ様子に、何人かの乗客にチラッと見られたけれど、それ以上は誰も気にする様子もなかった。
俺達は、さらに身をかがめて、ヒソヒソ話を続ける。
「間違いないの?」
「うん……たぶん。いや絶対そう……」
あの時のことは、祐太には話をしているので、事の成り行きはほぼ知っている。
俺がひどく落ち込んでいた時、親身になって話を聞いて慰めてくれたのも祐太だ。
「何それ? 運命の再会? ってこと」
「え? 運命って……」
「いや、運命だろうこれ。こんな奇跡ないぜ」
「……。でも、たぶん立花さんは、俺のこと覚えてないと思う」
あの頃、一緒にいた時間は短かったし、立花さんが中川のことしか見てなかったのもわかっている。
俺の存在は、彼女にとってはきっと”その他大勢”でしかなかっただろうし。
……ドラマでいうならきっと役名のないエキストラ。
「大貴、影薄すぎ……っていうか自信なさすぎ……」
「……」
「それなら、それでいいじゃん。覚えてないなら、初めて会った人として攻めていく手もある!」
「え……? 攻めるって……どういうこと?」
「チャンスチャンス! これは絶好のチャンス!」
いつもポジティブシンキングの祐太は、俺にチャンスが来たとはやし立てられたけど、とてもそうは素直に思えなかった。
「新たに出会う……とか言われても……」
「あの時のお前と、今のお前は確実に違う! だからチャンス大アリ! ……と俺は思うけど」
「そうかなぁ?」
「うん。いい部分は変わってないけど、社会人になってからのお前は、どんどん大人っぽくなったし、バリバリ仕事もこなしてて、自信もついてきてるのがわかる。男の俺から見てもかっこいいなって思うもん」
祐太の思わぬ誉め言葉に、俺はかなり照れ臭くなる。
「え……? そんな風に見てくれてたんだ、俺のこと」
「うん。そうだよ。お前すごい変わったよ。本当に」
確かに、あの時以降、俺は余計なことを考えたくなくて、大学の勉強にも集中したし、志望していた会社にも就職も出来た。
会社に入ってからは、ひたすら上を目指して必死で仕事もして来た。
そのおかげで、今は会社からの期待度も高く、何かと頼りにされているのも確かだ。
とにかく邪念を捨てたかった。あの時のことも含めて……。
もう誰かを好きになって、心をかき乱されることがないように、仕事に集中することが、自分を防御する手段だったのかもしれない。
なのに──何年ぶりかに、立花さんの姿を見てしまった今、俺の胸の鼓動がドキドキと高鳴っている。
もうとっくに忘れていた恋心……だったはずなのに。
(やばいな……)
あの頃の彼女への思いが、閉じ込めていた箱の中から、勢いよく飛び出してきた感じだ。
「タイミングみて、声かけてみようよ、バス降りたあたりでさ」
「えっ、ちょ、ちょと待ってよ、いいよ。いきなりそういうのは……心の準備も必要だし……」
先走る祐太の企みに、俺はちょっと焦った。
「もー大貴はいつもそうやって構えちゃうからいけないんだ」
「そうかもしれないけど、とりあえずもう少し様子見ようよ」
昔から、何かを始めるようという時の、祐太の行動の速さに、俺はいつもついていけないところがあった。
スピードの速い祐太からすると、動きの遅い俺のことがまどろっこしいに違いない。
「うーっじれったいな」
「いや、わかるけど……」
「俺も全力で協力するよ」
「協力って? 待って、ちょっと頼むから。少し考える時間をくれ」
祐太は俺と立花さんを再び出会わすことに、ワクワクと心躍らせているようだ。
一方、俺はとても複雑な心境だった。
(声をかけていいものかどうか? 俺と会うことあの時のことを思い出さしてしまうことになるだろうし)
結局、この時は声をかけることは出来なかった。
ホテルに着いて、部屋で一息ついた後説明会があるという大広間へ向かった。
先に来て座っている人達さりげなく見渡すと、立花さんもすでに座ってテーブルの上に置いてあるプリントに目を通していた。
時間ギリギリになってしまったので、席が前の方しか空いてなかったので、仕方なく一番前の席に祐太と二人で座る。
「それでは、お手元にあるこの期間に体験してもらうプランの一覧をご覧ください」
まもなく、説明が始まり、参加者達はみんな話を静かに聞いている。
なのに、祐太はきょろきょろして落ち着かない。
「あ、立花さんいるよ」
祐太が少し後ろに座っている立花さんを見つけて、声を潜めながら嬉しそうに言った。
「わかってるよ、なんでお前が嬉しそうなんだよ」
「あ、目が合った」
事もあろうか、祐太はニコニコしながら立花さんに小さく手を振ってる。
「おいっ、こら、今、説明中……ちゃんと話聞いて」
俺も思わず立花さんの方をチラッと見てみると、一瞬目が合ってしまった。
(あ、やばい……)
色んな意味でやばかった、改めて見た立花さんの笑顔はやっぱりかわいい。
だけど、それ以上じっと見続けることは出来ずに、慌てて目を逸らした。
「いきなり、手とか振るなよ」
「え、ほら立花さん笑顔で返してくれたよ」
「いいから……しーっ!」
胸の鼓動がバクバクと早くなるのを必死で押さえ、暴走しそうになる祐太を、なんとか阻止してとりあえずは説明を聞くように促した。
ぐいぐい行きそうになる、祐太のペースについて行けない俺は、全身に変な汗をかいた。
説明会の後、参加者同士で軽く挨拶と自己紹介をすることになった。
ふと見ると、自己紹介の順番が回ってくるのを待ちながら、立花さんが緊張しているのがわかった。
「私は、えっと…事情でちょっと時間が出来てしまったのと、色々打破できない自分にちょっと嫌気がさしてて……気持ちを切り替えられるチャンスかなというのと、この留学でで、何か新しいもの見つけられないかなと思って参加しました。よろしくお願いします」
立花さんはそういうと、小さくお辞儀をした。
(あれ? 名前を言わなかった……?)
そう思った瞬間、
「で、お名前は?」
すかさず祐太がそうツッコんだ。
立花さんは、ハッとした顏になり慌てて続けた。
「た、立花沙也です」
「沙也ちゃんね。よろしく」
祐太は、ニコニコしながらまた手を振った。
(おいおい、いきなり下の名前で呼ぶなって……)
俺にはとてもそんなことは出来ない……けど、祐太のフレンドリーさがちょっと羨ましくもあった。
「緊張してるのわかるよ。俺もめっちゃ緊張したもん」
でも、なんとか俺も立花さんに存在をアピールしたくって、すぐにフォローするようにそう言った。
「すみません。ちょっと舞い上がっちゃって」
少しでも立花さんの緊張がほどけるように、笑顔を作って「うんうん」と頷いた。
ちょっと顔を赤くして、恥ずかしそうに笑う立花さんにまたときめく。
(変わってないな、立花さん……)
幸か不幸か、俺のことは全く覚えていないようだ。
もしかしたら、覚えてくれてるかなという期待も少しあったけれど、そんな感じはみじんもない。
もちろん、俺の顔見てあの時のこと思い出させてしまうのは本意ではない。
(覚えてくれてなくて、よかった……んだよね。きっと)
食事をしながら、祐太とコソコソと話した。
「立花さんって、沙也ちゃんっていうんだね」
「お前、いきなり下の名前で呼ぶなんて、大胆すぎるよ」
「なんで? 普通に名前で呼んでいいじゃん。名字より名前で呼んだ方が距離も縮まってすぐ仲良くなれるよ」
「俺には……出来ない」
「大貴は、いつもそうやって考え過ぎちゃうから……」
それは俺も自覚がある。変えたくても変えられない、どうしようもない性分だ。
「立花さん、相変わらずな感じだった……」
「俺は、大貴に見せてもらった写真でしか見たことなかったけど、お前がなんで惚れたのがちょっとわかった。あの笑顔にやられたんだろうなって」
全く図星なことを言われ、俺は照れ笑いするしかなかった。
「あれはきっとモテるよね。彼氏とかいないのかな?」
「うーん。わかないけれど……さっき事情があって時間ができたって言ってた……」
立花さんが、自己紹介する時に言ったその言葉がちょっと気になっている。
「もしかして、また失恋しちゃったとか?」
「まさか……」
「わからないよ。傷心旅行かもよ」
祐太がそんなこと言うから、また俺は彼女のことが心配になる。
でも、あの笑顔を見た限りでは「傷心」してるとは思えなかった。
話す機会が出来たら、ここへ来た理由をちゃんと聞いてみようかなと思った。
話せる機会が……出来たらの話だけど……。
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