第5話 迷い

 夕食を食べ終わると、参加者達はそれぞれ部屋に戻り始めた。

食べてる間も、気になってつい立花さんのことをチラチラ見てしまった。

変わらない笑顔を見るたびに、あの頃の胸の奥がキュンとする記憶を蘇らせる。

「いつもはクールフェイスの大貴くんなのに、なんか緩んじゃってるよカオ」

 祐太はそう言いながら、自分の頬に両手をあてて頬をずり下げて見せる。

「えっ?」

 俺は慌てて、顔の筋肉を引き締めるように力を入れ頬をグイっと上にあげると、祐太がクスクス笑った。

「声かけようっか、ほら立花さん部屋に戻る前に」

 見ると、立花さんは食事も終わり一人の女性となにやら話をしていた。

「うん……なんかちょっと緊張するな」

「で、初めて会うていで話して大丈夫なの?」

 祐太が気を使って俺の顔を伺うように言った。

「そうだね、それで行こう」

「あれ、一緒に話してるあのかわいい女の子、瑞樹ちゃんとかいったよね。友達なのかな?」

 祐太が珍しく”かわいい”という表現をした。

フレンドリーで女の子ともすぐ仲良くなる奴だけど、意外と女性の理想は高い。

人気のタレントやモデルの子を見ても”かわいい”とか、”タイプ”だとかはあまり思わないと、前にも話していた。

(もしかしたら……瑞樹さんという子が気になるタイプなのかな?)

 祐太のふとした気持ちの動きは、長い付き合いだからなんとなくわかるのだ。


「あ、立花さん達、席を立ったよ。急ごう!」

 見ると、立花さん達が部屋を出て行こうとしていたので、急いで二人の元へ行った。

何も躊躇せず突き進む祐太について行くのがやっとで、俺は一人で、戸惑いと緊張でいっぱいだった。


「ねぇ、ちょっと待って!」

 祐太がひときわ大きい声で立花さん達を呼び止めると、二人はビックリした顔で振り返った。

「沙也ちゃんと、…えっと瑞樹ちゃんだよね」

 祐太が名札を確認しながら、いつもの軽いノリで言った。

「ちょ……いきなり、そんなに呼び方するなんて失礼だろ」

 いくら何でも初対面なのに、あまりにも馴れ馴れしくて嫌がられるのではないかと心配だった。

「えーいいじゃん。その方が早く仲良くなれるし」

「すみません。こいつはいつもこんな感じで馴れ馴れしくって。さっきの説明会の時も……」

 説明会の時に、祐太は立花さんにと目が合ったと言って、手を振っていた。

「ああ。いえ。大丈夫ですよ」

 立花さんは微笑みながらも、少し困惑気味に見えた。

「だよね。俺、なにも悪いことしてないよ。目が合ったから挨拶しただけじゃん。ねー沙也ちゃん」

「だから、そういう話し方が馴れ馴れしいっていうの」

「ほら。お前がまじめすぎることばかり言うから、沙也ちゃんに笑われてるよ」

「違うだろ。お前のその軽い態度がガキ過ぎて笑われてるんだよ」

 祐太と俺は二人で言いあう姿を見て、立花さんは「ふふっ」と笑った。

「はいはい。もういいから。ちゃんと挨拶しようよ」

 このままでは、話が先に進まないと思った俺はそう切り返した。

「そうだった」

 祐太がびっしっと"気を付け"の姿勢をとったので、俺もすぐに背筋を伸ばした。

「改めまして、三山です。よろしくお願いします」

 なるべく普通に言おうと思ったのに、緊張で固い言い回しになってしまう。

「だからー真面目か!会社の営業じゃないんだからさ、もー。あ、僕は田所祐太。祐太って呼んでね。三山は大貴でOKだよ」

「お前こそ、学生の合コンじゃないんだから! 本当にたびたびの失礼すみません」

 そんな俺たちのバカな言い合いにも関わらず、立花さんは笑いながら首を横に振った。


それから少しだけ四人で話をすることができた。

聞いたら、立花さんと瑞樹さんは今日あったばかりなのに、話が合ってすぐに仲良くなったということだった。


 立花さんは、全く俺のことは気づいていないようだった。

正直、全く覚えられてないことは、少し寂しい気持ちでもあった。


――女性と男性では部屋の階が違ったので、立花さん達とはエレベーターの所で別れた。


「ふぅ~」

 エレベーターを降りてすぐ、思わず大きくため息をついてしまった。

「緊張した?」

 祐太がそんな俺を見てニヤニヤと笑う。

「そりゃ、めちゃくちゃ緊張した」

 相変わらずのあのなんともいえない笑顔は、ある意味罪だとさえ思う。

俺はキャパがオーバーしそうなくらい、胸がいっぱいになっていた。

「沙也ちゃん、お前のこと全く気づいてないみたいだったね」

「んー……気づいていないというより、最初から俺の存在は記憶されてないんじゃないかな……」

「そうかなぁ? バスの中でも言ったけど、俺が思うに、あの頃のお前と今のお前じゃたぶん雰囲気が変わってるから、それで気がつかないんじゃないの?」

 祐太は俺に気を使ってか、なるべくプラスの方へ気持ちを向けようとしてくれているのがわかった。

「俺……そんなに変わったかな?」

「変わったね。確実に変わった」

「そ? どんなふうに?」

「そりゃ~あの頃のお前はいつもどこか自信なさそうで、ちょっと控えめ過ぎて……。俺から見たら、お前ほどの頭の良さがあるなら、もっと自信持って胸を張りゃいいのにって思ってた」

「んー。頭がいいかどうかはわからないけど、確かにいつも自信なくておどおどしてたかも」

 自分で言うのもなんだけど、学校の成績はそこそこいい方だった。

なのに自分の中では、それが自信に繋がることはなかった。

親にも、その程度ではあまり褒められることもなく、「もっと上を目指せ」「これで満足するな」と厳しくはやし立てられていた。

 他にこれといって特技があったわけでもなかった俺は、自分には何もないといつも劣等感を持っていた。

「大貴は、会社に入ってからどんどん変わった気がする」

 確かに、会社に入ってからは頑張れば頑張った分、業績もあがり評価もされ会社に貢献できているという実感があった。

 それが、自信に繋がったというのもあるのかもしれない。

それに、もしかしたら親元を離れてから、考え方が変わった気もする。

誰かに指図されてやるのではなく、自分のペースで、自分の目指すものに向かって頑張れるようになった。


それでも……自分の真ん中にあるものは、そんなに変わったという意識はない。

まだ乗り越えられない大きな劣等感だって持っている。


「変わったっていう自覚はあんまりないな」

「大貴らしさっていうのは変わってないけど、人としてすごく成長してるって感じ。ガキの頃からずっと一緒にいる俺だからわかるってヤツかな」

「祐太は、いつも褒め上手だよね」

「そう?」

 祐太の言葉に何度助けられたことか……。

 きっとこんな感じで、祐太は自分の会社の社員に対しても、才能を発揮できるように伸ばしているのだろうなと思った。褒めて育てるっていうヤツだ。

祐太の会社の社員はみんな有能……というより、祐太が有能な人材に育てているに違いない。そのおかげでいい感じに会社が回っている。


「でさ、どうする? 昔のことは知らないってことで、このまま続行するの?」

 祐太がこの先どういう風に、立花さんと接して行くのか聞いてきた。

「とりあえずは、その方がいいのかな……でもなんか嘘つくの苦手なんだよな俺」

「知ってる……もしそれが辛くなるようなら、早めに言った方がいいかもよ」

「んー。考えておく」

 俺たちは、今日のところはその辺で話を終わりにして、それぞれの部屋に戻った。


 部屋に戻って、すぐにシャワーを浴びることにした。

色々考え事をしながらも、身体だけは勝手に動く。ここ数年忙しい仕事をこなしながら、効率よく生活する習慣が、こういう時には役に立った。

程よく温かいお湯が、パシャパシャと頬で跳ねるのを感じながら、ふと立花さんの笑顔を思い出してしまった。

(……奇跡すぎる再会だよな……)

 また胸の鼓動が少し早くなってしまい、そんな自分をごまかすようにシャワーの水量を上げザバザバと顔を洗った。

同時に、あまり思い出したくないあの時の苦しい感情も蘇ってくる。


 やっぱりこのまま何も知らないということにしていた方が、立花さんにとってはいいのかもしれない。あえて、嫌なことを思い出させてしまうことはないのかもしれない。

だけど……ずっとウソをつき続けるのも、俺としては心が苦しい。


(どうすればいいんだろう……)


今日、立花さんと再会して俺は改めて気づいた。


──本当は、何も消すことは出来てなかった。と

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