第6話

4時間弱にわたる港の応接室での予備会談の内容は外交官のノートパソコンのカメラでリアルタイムで撮影され、港で停泊中の船に設置された高天ヶ原を経由する通信アンテナから日本の対策会議室にリアルタイムで中継された。


月詠は東山に使節団が帰ってきたら真っ先に翔鶴で防染処理をすることを伝え、同席していた厚生省の官僚に、小笠原列島で活動している人間の体調をチェックするように伝えたのち、特にシャルヌティアとライシャル人の歴史に興味を持った。


「凄いな、700年以上断絶した文明圏か、断絶後の文化の発展と変化、差別化とかどうなってるんだろう」


というと松田大臣が

「確かに断絶した文明は今の我が国の参考になりそうですね。」


と納得したが、当の月詠は

「あ~うん、そうだよね」


と若干視線を泳がしたのを秘書の藤堂は目ざとく見つけて

「いえ、松田大臣、総理は参考うんぬんではなく、ただ個人的な興味が惹かれただけなので過大評価しなくとも大丈夫です。」


「いや、だってそれぞれの都市が歩んだ歴史とか面白そうじゃないですか?」

と言ってみたものの得られた賛同はごく少数だった。


居たたまれない空気を意に介さず、月詠が投げかけた一言が、空気を再び換えた。

「それよりも、シャルヌティアから軌道エレベーターの光が見えたという事は、他のライシャル人からも見えたのではないですか。」


小笠原列島から戻ったばかりの東山統合将補はさっと席を立ち、

「すぐに軌道エレベーターの護衛軍に警戒レベルを上げる通知と統合軍、各自衛軍の幕僚を集めます。」


「待ってください。シャルヌティアの会談と並行して進める必要があるかもしれないので、市ヶ谷ではなくここに対策室を作ってください。」


「了解しました。至急立ち上げます。」


と足早に立ち去った。



坂白がホテルに到着し、本国へ連絡を取った。

「坂白です。今用意されたホテルに入りました。

案内された部屋はスィートルームの様で、ひとまずは歓迎されているようです。」


「お疲れ様 月詠です。

ホテルについて早々で申し訳ないが、緊急に考慮しなくてならない事態が発生しました。

シャルヌティアから軌道エレベーターの光が見たとの事ですが、他の島に住むライシャル人からも見える可能性があります。

その為、彼らは真っ先に軍を派遣する攻撃性が高い民族かどうかの感想を教えてほしいのと、

彼らの軍事力で、軌道エレベーターの護衛部隊を突破される可能性があるかを聞かせてください。」


「攻撃性については高くないと思います。

彼らは警戒してはいましたが、われらの呼びかけに応じて交渉にのってくれました。

ですので、軍を派遣する可能性はありますが警戒はしつつも、まずは対話に応じてくれる姿勢だと思います。

しかし、彼らは断絶していた文明ですので、すべての文明が温和とは限りませんし、彼らの筋骨は逞しく肉体的は十分脅威の為、注意は必要かとおもいます。

また、彼らの軍事力で護衛部隊を突破することは不可能かと思います。」


「なるほど、では他のライシャル人へはシャルヌティアから紹介してもらう事にして、その他のライシャル人へは相手から来ない限りは、交渉を開始しないことにしましょう。」


「それが良いかとおもいます。後、念のためにそちらに残した本洲を軌道エレベーターへ派遣してください。」


「わかりました。彼は今ここで一緒に聞いているので、すぐに派遣しましょう。」


*******


軌道エレベーターは世界転移後、赤道付近に島に囲われた直径400km程度の海域が発見され、周囲の島に遺跡が発見されたが無人で人が現在生活している痕跡が見られなかったため、周囲の島をミーミル列島、内側の海域をミーミル海と名づけ、碇をおろし、静止軌道を維持するためのカウンターバランスの調整などを行った。

周囲の島に防衛施設や町を建設する予定だったが、ありとあらゆるものが不足している現状では先送りになっていた。


軌道エレベーターの護衛部隊はエレベーター基部に拠点を持ち、条約参加国から派遣された多国籍軍で指揮権は一年ごとに持ち回りとなっていた。

移転前は艦艇は数世代前とはいえ8隻、航空機は最新鋭戦闘機を含む 100機を有する十分な戦力だったが、転移後は日本の自衛軍のみとなり、艦艇は近代改修は受けている物の一番艦が平成に就役したあさひ型 2隻、航空機はF-35を偵察用に改修したRF-35AJが5機と烈風というペットネームが付けられたF-4が20機の合計25機となってしまっている。


軌道エレベーター護衛軍は転移後に増強を訴えていたが増強されたのは、退役間近の揚陸艦 大隅と、多連装ロケットシステムのMLRS、地対艦ミサイル用の車両がそれぞれ数両のみで、それ以上の余力がなく後回しになっているのが現状である。


そんな護衛軍に近隣の地元国家に軌道エレベーターを目視されている可能性がるため、調査に来る可能性がある。

彼らと同一民族と交渉を行う予定なので、なるべく穏便に警告をし、全権大使が同乗していたら迎え入れる事。

本日中に外交官が軌道エレベーターへ向け出発し、遅くとも明日には到着するので、以降は彼を中心に外交の体制を築くように。

という指令が来たのでにわかに慌ただしくなった。

警戒を一段階上げるとほぼ同時に、接近する可能性がある艦隊を高天ヶ原がとらえたのである。


極東戦争時、軌道エレベーターは戦闘に巻き込まれるのを避けるため、セレベス海から、モルッカ海と逃げ回っていたので、護衛軍が戦闘態勢に入るのは初めてあった。


護衛部隊の転移後の最上位階級は一尉であったが、航空自衛軍、海上自衛軍、陸上自衛軍で其々一名ずつで同じ年齢、しかも統合軍が派遣されていない為、指揮に支障をきたした。

短い話し合いの結果、前線に配属された期間が最も長い陸上自衛軍の皆守一尉が一時的に指揮を執る事とし、月詠の承認を得た。


最終防衛ラインをミーミル列島と定め、接近する可能性のある艦隊は距離と速度から、到達は40時間後と予想された。

本洲の到着が約10時間後となる見込みだったので、交渉には間に合いそうで一同安堵した。


艦隊を超望遠で調べてみると明治期の敷島型相当4隻を中心にした12隻の艦隊との情報が得られた。

ライシャル人国家ではドレッドノートによる軍艦の革新や航空機による戦闘の革新、ミサイルによる戦略の変更は、まだ行われていないようだった。


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