1章 新世界調査

第1話

月詠叢士つくよみそうじはこの6年間数えきれないぐらい程、呪っている身の上を改めて呪っていた。

彼は生まれると同時に政治家で厚生大臣だった叔父の差し金でサポートAIの5人の治験体の一人に選ばれ、その後成人すると2049年に25歳という若さで衆議院選挙に出馬し当選。

2055年現在、31歳という若さで防衛大臣という大役を務めているが、本来彼は野心とは無縁の男だった。


彼は、政治家一族の家に生まれながらも、地味でも安定を第一に心がけ東大を卒業後、公務員を志望。

学力的にも問題ないにも関わらず、中央省庁で政治のゴタゴタに関わりたくないという理由で国家公務員でありながら地方支分部局を希望し勤務ていたが、有力政治家だった伯父が致命的な失言をしてしまい、体調不良の建前で引退する際に被選挙権を持つ前だった彼の息子の代わりに中継ぎとして選挙基盤を引き継ぎ立候補する様に言われ、拒否すると手を回され公務員が続けられなくなった上に、婉曲な脅しを受け25歳で政治家への転向を余儀なくされた。


政治家になった物の最初からこの地位に未練が無い為、歯に衣を着せぬ辛辣な正論を言い続けると、皮肉なことに大衆人気を集める事になった。


離島奪還後に戦争に安易に踏み出そうとする内閣に対して批判しつつも、弾道ミサイルが発射され、閣僚が一挙に死亡したり、省庁の機能がマヒしないようにする首都機能分散構想を発表。

閣僚と省庁などの首都機能を日本国内に分散させ、危機管理能力を上げるという内容でマスコミをはじめ与党のみでなく野党からの支持も集めた為、与党の一部から嫉妬による嫌がらせで首都機能分散の際に一番危険な沖縄に置かれる防衛省の防衛大臣に任命された。

就任後に理由をこじつけて東京に居座るかと思いきや、東京は副大臣に任せ沖縄の那覇基地内に臨時官舎を作り、そこに詰め実務を行い、結果として彼の人気は不動となった。


しかし、人気が出過ぎた為、伯父の息子が被選挙権を持つようになっても、党執行部は彼のみを推薦し、伯父の息子は党として公認しない事となり、辞めようにも叔父よりも更に強力な与党から堂々と脅され政治家を辞めるにやめられなくなっていた。


戦局は開戦から空母を中核に編成した機動艦隊や潜水艦隊、対潜部隊の活躍で制海権を10ヶ月で奪取し沿岸部を占領。

大陸での戦闘では数の劣勢を補うため、45式戦車を中心に陸自装備を条約国、特に人口が多いインドに技術移転し、新たにAI補助が必須の一人乗り戦車53式戦車を建造。

数の劣勢を補いつつ徐々に占領地を増やすが、未だに西太平洋条約機構の兵力を大きく上回る真中華軍相手に決定打を欠いていた。

しかし、そんな中で地下に潜っていた旧中国残党が息を吹き返し、形勢は大きく変わり、真中華は内と外に敵を抱え瓦解寸前となっていた。


ようやくあと一歩というところで中立を宣言していたロシアが突如南下。

そんな状況でロシア軍を呪うついでに冒頭で身の上を呪っていたのである。


自衛軍の幕僚や防衛省の官僚とロシア軍との衝突の可能性を一通り協議した後、外交など面倒なことは東京のお偉方に任せることにして一息ついたところで運命の時が訪れたのである。

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