第16話
予想外の損傷で緊張が走っている日本艦隊の一方でシャルジュレス艦隊は歓喜にあふれていた。
ジュライス将軍はこのクーデター成功後に80年前の英雄以降、誰も就任していない元帥を名乗る予定でいた為、自身は将軍の地位を狙っていた。
そんな彼が敵艦に追いつけないで苛立っていたが敵艦が停止した上での停船通告は、まるで命乞いに聞こえ、喜び勇んで指示を出した。
「この機を逃すな。巡洋艦は全速で先行しろ」
この指示にはイエスマンの幕僚たちもさすがに止めに入った。
「お待ちください。隊列を崩すと統一した艦隊運動に支障をきたします。
このまま隊列を維持して追撃するべきです。」
「あんな主砲が豆鉄砲で航行中にトラブルが起きる様な巡洋艦なんてそれで十分だ。
それよりも逃がさないことが重要だ。」
そういわれると先のソギュアスに対する対応を見ていた彼らは口を噤むしかなかった。
シャルジュレス艦隊は2、3番手につけていた装甲巡洋艦と巡洋艦が旗艦の右舷から、4、5番手の巡洋艦が左舷から回り込み、最後尾の装甲巡洋艦は先頭を行く旗艦との距離を詰めた。
一方敵艦隊が隊列を崩して急接近する様子を見ていた本郷は敵のミスに喜んだ直後に自身の才ではなく敵の無能さのお蔭で危機を脱せた事と、それに喜んだ自分に憤りに近い感情が巻き起こったが、それを封じ込めると同時に艦隊司令部から通信が入った。
「司令、艦隊総司令部から入電。
シャルジュレス派遣艦隊は最大戦速で航行し、現海域へ航空支援を行う。到着予定は135分後」
「…よし。
敵艦隊が自ら隊列を崩してくれたので、航空支援まではこれを利用する。
制限時間いっぱいまで待って停船しなかった場合、巡洋艦D(デルタ)を攻撃。その後、あえて敵戦艦へ向かい、戦艦との間に敵巡洋艦C(チャーリー)を挟むように移動し戦艦が当方に対し主砲を撃てないようにする。
Cの射程に入りそうになった場合はCを攻撃し、敵B(ブラボー)を盾にする。
浜風は雪風が囮となっている間に復旧作業を行い完了次第、戦艦の射程に気を付けつつ先行し空母との合流を目指す様に。」
「浜風より入電。
ただ逃げるのは癪なので敵F(フォックストロット)への攻撃を許可されたし。との事。」
本郷は負けず嫌いな浜風艦長の顔が頭をよぎった。
「浜風へ、復旧完了後の攻撃を許可する。」
「制限時間経過しました。敵艦速度変らず。」
「浜風から復旧まで3分と連絡あり。」
本郷が無言で寺間艦長を見つめると艦長は頷き指示を出した。
「砲雷長。
敵D(デルタ)に対し、ミサイル1番、2番発射」
「発射。
…命中しました。」
「敵Dの望遠映像を出せるか。」
「メインモニターに映します。」
映し出された敵巡洋艦は大火災が発生しており船体も大きく傾斜していた。
「目標Dはこれで戦線復帰は無いだろう。問題は装甲巡洋艦級だな。」
「浜風、移動開始と同時にミサイル2発を発射。
…命中。」
望遠映像が映し出されたがこちらは火災が発生して速度が低下しているものの傾斜すらしていなかった。
副官が忌々しそうに口を開いた。
「2発命中してこの程度の損害とは…。
我らの予想よりも装甲が厚いようですね。」
「あぁ、この星の反対側の大陸は戦争が頻発しているというからな、兵器の性能によっては、今後の改修も考慮に入れなくてはならないが、それは上層部と政治家の仕事だ。
俺たちは取りあえずこの事態を乗り切ろう。
艦長。
敵Cを盾にする為、面舵、取り舵と取るが、その間に敵旗艦が主砲の射程範囲に入るか。」
「はい敵艦隊が直進すると仮定した場合、面舵をとったあと、取り舵を取るまでの間に範囲に入ります。」
「主砲を敵旗艦へ指向。
射程に入り次第、指示を待たず撃て。」
日本側が想定以上の敵艦の装甲の厚さに驚いていた頃、シャルジュレス艦隊は、あらゆることが想定外で混乱していた。
「巡洋艦シャイガン 被弾。火災発生。船体傾斜。総員退艦命令がでた模様。
装甲巡洋艦シュルギア 被弾。火災発生。主砲破損。艦橋が破壊され艦橋要員全員と連絡途絶。主砲破損の為、こちらから弾薬庫への注水を命じました。」
「…何が起こった?」
シュキルアはかすれた声でようやく一言ひねり出した。
「解りません…。」
「解らないならすぐに調べろ!
シュルギアの副艦橋を呼び出して状況を説明させろ!!」
そんな指示を出すと同時に見張りから伝令が届いた。
「敵艦、2手に別れ移動。
一艦は大きく左方向へ旋回。」
「追いつくチャンスだ!
旋回中の艦を追撃!」
「お待ちください。
敵の攻撃手段が解らない今、やみくもな追跡は危険です。」
「確かに解らないが、装甲巡洋艦の装甲を破れなかった攻撃なら、この艦の装甲を抜くことが出来ないはずだ。」
その言葉を言い終える前に艦に衝撃が走った。
「何事だ!」
「敵艦主砲の発射を確認!
連続して発射されてます!!」
「この間隔で主砲が撃てるのか!?」
絶え間なく撃ち込まれる砲弾を前に、艦橋要員は退避区画へ移動する事となった。
砲撃が止み退避区画から出ると甲板の上は地獄のようになっていた。
左舷の副砲部分に命中したのか4門の内、2門が失われ、吹き飛んだ人員がバラバラで甲板に散らばり、そこかしこからボヤの様な小さな火が出て甲板を燃やしていた。
だが、この状態でも主砲にも機関にも問題はなかった。
凄惨な状況を目の当たりにして吐き気を懸命に我慢していたシュキルアは艦橋に上がったところで、大きく旋回したことで速度を落とした日本艦をその射程に収めたと報告を受けた。
「よし!敵艦隊へ主砲発射!」
「お待ちください。敵艦と当艦の射線上に巡洋艦ヒューギルが居ます。」
「何をやってる!邪魔だからどけと伝えろ!!」
通信士はお前が隊列を無視しても追えと命令したんだろうという言葉を賢明にも呑み込み、穏便に変換した言葉でヒューギルへ伝えた。
ヒューギルの艦長はその命令に毒づいた。
「そんなことは解っている!
敵は我らを盾に移動していることぐらい想像つかんのか!」
30分ぐらいたったところでシュキルアの短い堪忍袋の緒があっさりと切れた。
「主砲敵艦に対し発射!」
「お待ちください。現状での発砲はヒューギルにあたる可能性があり危険です。」
「構わん。
弾は山なりに飛ぶはから当たらない可能性もある。
それよりも、とろとろと前を走る方が悪い!
直ぐに打て」
参謀がそれでも言葉を尽くして説得しようとしたところで、シュキルアは腰から銃を抜き参謀に向けた。
「お前は下船しろ。
艦長もう一度言う。
すぐに、主砲を、発射だ。」
「……主砲発射。」
「敵艦、主砲発射しました!」
主砲発射の報に雪風のCICは驚愕に包まれた。
「味方にあたる可能性があるのに撃つのか!」
寺間艦長は即座に決断をした。
「砲雷長。煙幕散布!」
煙幕はここ数十年廃止されていたがエレベーターに来たシャルジュレスの艦隊から念のためにと陸自装備を改造し突貫作業で搭載させた装備であった。
「まさかこれを使う羽目になるとはな。
いらないと思っていた自身の不明を恥じるばかりだ。
寺間艦長。
煙幕はどれだけ持つ?」
「量があまり用意できていないので、あと1分ほどでなくなります。
しかし風が無いので、このままいけばその後、5分程のこります。」
「ではその間に全速で距離を離す。」
一方ヒューギルの艦橋では驚き以上に怒りで包まれていた。
最初の発砲から回避運動に専念していたが、ついにマストに命中。
マスト上の監視員2名と落ちてきたマストの下敷きになった3名が死亡した
その報告を受けた艦長は怒りに震えながら決断を下した。
「…もういい。
機関長エンジン停止!
この戦闘から降りる!
司令部にはエンジントラブルとでもいって、もし文句言ってきたら俺に廻してくれ!
この一戦を見てよくわかった。
日本の技術は本物だ。
どうあがいても勝てん」
ヒューギルの乗務員は誰一人反論せず艦長の意見に従った。
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