第21話
シュゼナスは副官と二人でシャルジュレス国立大学に到着するとプロジェクトチームに割り当てられた研究室へ向かった。
広い室内には教授が一人と学生と思わしき研究員が8人しかいなかった。
「初めまして、シュゼナスです。
こちらで日本国の技術の嘘を科学的に証明する研究をしているとのことなので、お話を聞きに来ました。」
「初めましてシャルジュレス大学理工学部の教授をしているキュディルです。
嘘を暴くですが…、まだそんなことを言っているんですね。」
「…どういう事でしょうか。」
「どうもこうも、日本の技術は嘘ではないです。
それどころか、聞いた話から想像していた物を大きく上回っていました。
元々私は日本との技術提供の担当もしていたのですが、日本の技術は本物で、技術者はみなさん礼儀正しい方々でしたよ。」
「では、あなたが見聞きした真実の日本の技術を教えてください。」
キュディルは意外そうな顔でシュゼナスを見つめて口を開いた。
「逮捕される覚悟でしたが、あなたは他の軍人とは違うんですね。」
「逮捕ですか!?」
「ええ、元々このプロジェクトには私を含め9人の教授が参加していましたが、真実を報告したらデマを流布し国家を混乱させようとしたとかで逮捕です。
日本の技術は嘘といったほうがデマの流布なんですがね。
全員逮捕するとプロジェクトがたちいかなくなるので私は見逃されたにすぎません。」
「それは…同じ軍人として謝罪します。
ですが、私はやはり真実を知りたいので、ぜひ教えてください。」
「解りました。
ではこちらの模型を見てください。」
と言って出されたのは非常に精工に作られた艦船の模型だった。
「これは日本の大和という戦艦です。
主砲は11.5リバイスで射程は12ディバイス。
速度は時速12ディバイスだったそうです。
ちなみに我々の最新の戦艦は、主砲は8リバイスで射程は4ディバイスで時速8ディバイスです。」
「そんなに違うのですか…。」
「しかし、戦艦の性能なんて微々たる問題にすぎません。
本当の問題点は、この戦艦が100年前に建造されたもので、しかも当時の実戦では役に立たなかったので、それ以降戦艦は建造されていない事です。」
「な!…いや…そうか…、噂に聞いた空飛ぶ兵器や敵を追尾する弾丸が戦艦を役立たずにした…ということですか?」
「その通りです。
そして、これ一つ見るだけで軍事力だけではなく、生活水準が高いのがよくわかります。
シュゼナス准将はこの模型は何だと思いますか。」
「船を建造する前の見本ではないのですか?」
「いえ、これは子供のお小遣いで購入できるおもちゃです。」
「子供のお小遣いで買えるということは、この精度が大量生産できるということですか…。
確かに我らがこの精度で模型を作るとなると職人の一点ものになるでしょうね。」
「そういうことです。
さらにこの素材はプラスチックというもので、わが国ではまだ作ることができない素材です。」
「陸軍の兵器に関する情報は無いのですか?」
「残念ながら、詳細は分かっていませんが、ヘリコプターと戦車という兵器が主力という話を聞きました。
戦車の模型を今度持ってくる約束をしていましたが、その前にクーデターが発生していました。」
「兵器の概要は解らないのですか?」
「戦車は、無限軌道というシステムで稼働する車両で、回転する砲塔に大砲が一門ついている兵器とのことです。
ヘリコプターは低空を飛ぶ機械で輸送から偵察、戦闘と幅広い種類が存在し、戦闘用の物は主に戦車を狩る目的の兵器だそうです。」
「そうですか、出来ることなら模型が見たかったです。
では、教授は宇宙まで続く塔も建造可能だと思われているのですか。」
「私も最初それだけは嘘だと思っていました。
木では強度が足りないし、鉄では重すぎますので…。
しかし、素材を見て本当だと思いました。」
キュディル教授は助手に四隅に穴が開いた黒い布のようなものを持ってこさせた。
「これはカーボンナノチューブというものです。
これを複数より合わせてロープを作り、そのロープ6本を宇宙から垂らし、乗り物がそのロープを伝って昇るというのが軌道エレベーターの仕組みです。
あそこにあるのが、それを再現した模型です。」
「この布がそんなに凄いのですか。」
「えぇ、我らではこの布を切ることはもちろん傷をつける事すらできません。
これは鉄よりも遥かに頑丈なんです。」
「にわかに信じられないので、試させていただいてもよろしいでしょうか」
「一枚しかないので、敷地内から持ち出さなければ構いません。」
シュゼナスは電話で最新の歩兵銃を持ってこさせると、弾がなくなるまで、布を撃ったがまったくの無傷だった。
「教授ありがとうございました。
非常に勉強になりました。」
「いや、こちらこそ、准将のおかげで久しぶりに楽しい時間を過ごせました。
…准将。
悪いことは言いません。
すぐに反クーデター軍に行きなさい。
どうあがいてもクーデターは失敗します。」
「どうしてですか。
海軍はほとんど敵側ですが、陸軍の兵数では14万と7万、中立が3万でクーデター派の方が有利です。
私は、クーデター成功後に親日本政策へ転換したほうが手っ取り早いと思いますが。」
「なるほど、情報は握り潰されているんですね。
先日戦艦を含む9隻のクーデター派の艦隊が、2隻の日本の軍艦を追撃しましたが、一隻も帰ってこず連絡も途絶えました。
司令官はジュライスの親戚のシュキルアなので、戦闘になったのは間違いないでしょう。
攻撃を受けたことで日本が参戦する可能性が高まりました。」
「どこからそんな情報が…。」
「非常に少数ですが、日本の話を嘘ではないと信じてくれコッソリ支援してくれる人がいます。
それともう一つ。
日本は他のライシャル人国家に牽制され動けないと言われていますが、1国は反クーデター派の支援を表明し、武器弾薬、食料の援助が決まりました。
その他2国は、クーデターを非難する声明を出し、残り2国は中立を宣言しているので、われらに味方する国はなく孤立しています。
あなたのような軍人は貴重です。
クーデター派に残って命を失うような事だけは避けてください。」
「ありがとうございます。
色々、準備をしないといけなくなりましたので、この辺で失礼をさせていただきます。」
帰りの車の中で副官は心配そうに上官を見て口を開いた。
「准将。
我らが率いた部隊は4つに分割されて、首都近郊の基地に配備されています。
全部隊の掌握し、反クーデター派基地への移動は困難ではないでしょうか。
いっそのこと、再度首都でクーデターを起こしてシャルジュレス将軍を拘束してみてはいかがでしょうか。」
「私もそれを考えたが、首都には将軍旗下の3万の兵がおり、私の分散された1万では各個撃破され返り討ちに合う。
単身逃げることは可能だが、私についてクーデターに参加してくれた兵を見捨てたくない…。
何とか方法を考えよう。」
クーデター派が占拠している大統領官邸に到着すると親衛隊気取りのジュライス将軍直属の兵が待ち受けていた。
「シュゼナス准将。
ジュライス将軍がお待ちです。」
先ほどの会議室に通されると、同じようにジュライス将軍とセギュルス将軍が待っており、ジュライス将軍は出かけるまでの憤怒の形相ではなく、嘲笑を浮かべていた。
「シュゼナス准将。今朝貴官が提案したシャンティアへのけん制を採用することにした。」
「はっ!、ありがとうございます。」
「しかし、兵が足りないので、貴官が連れてきてくれた兵をこれに充てようと思う。」
「わかりました。
早速準備を致します。」
「いやいや、貴官はここに居てもらわなくては困るので、兵だけ向かわせる。」
「…では、後任へ引き継ぎはいつになるでしょうか。」
「残念ながら、現在将官の数が足りないので、貴官の次点の士官である一英4人と我々の司令部から参謀を派遣し5人の協議で運用することとなった。」
ここで、セギュルス将軍が口を開いた。
「シャンティアは中立都市でこの配置はあくまでけん制に過ぎない。
統一した指揮官がいなくても問題ないでしょう。」
シュゼナスは一連の出来事で、セギュルス将軍に対し、ある疑念が浮かんでいたが、ここでそれを口にするのは愚の骨頂なので、一言だけ口にした。
「かしこまりました。
4人に対して激賞の言葉を贈りたいと思いますので、ここへ呼んでもよろしいでしょうか。」
ジュライス将軍は、シュゼナスの悔しそうな表情を見れず不満そうだったが、ここで寛大さを見せることにした。
「うむ、構わない。使いの者を送って来てもらおう。
そして、現在売国奴を収容した臨時政治犯収容所に適当な司令官がいなくて困っていてな、貴官に務めてもらおうと思うがどうだろうか。」
兵権を取り上げて体のいい左遷だったが、既に選択肢は残されていなかった。
「拝命いたします。」
「貴官がやってくれるのならひと安心だ。
貴官の新しい幕僚はこちらで用意させてもらおう。」
「何から何までありがとうございます。」
(これは幕僚という名の監視だな…。さてどうするか)
それから用意された控室で収容所の資料に一通り目を通していると。
自身の指揮下の4人の一英が到着したと伝えられて部屋へ通した。
部屋に入った4人は一様に不満の表情を浮かべていた。
「やあ、忙しい中すまないね。
私たちに新しい配属が決まった話は聞いたと思う。
貴官らは私の自慢の部下だ、私がいなくとも、どんな任務でもこなしてくれると信じている。」
と一人一人の手を握って激賞し、その際、監視の兵にばれないようにメモを相手に握らせた。
メモを握らされた4人は何か感じたのか、浮かべていた不満の表情を消して
「われら一同、ライシャル人の未来の為、誠心誠意、任務に務めます。」
とだけ話し、退出した。
シュゼナスは、首都の隣の都市にある臨時の政治犯収容所の司令に着任した。
施設内は比較的自由に歩けるが、施設を出る際は、何人もの護衛という名の監視に囲まれて、自身も収容所に収容されている一人なのだと否応なしに理解した。
それでも彼は、将軍の寛大さを売国奴に知らしめるという建前で、劣悪だった収容所の待遇を劇的に緩和した。
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