新機能搭載


―――


「帰蝶様と蘭丸さんが言う未来ってどういう所なのですか?私興味があります。もちろん誰にも言わないので、教えて頂いてもよろしいですか?」

 ねねのキラキラした瞳に見つめられた蝶子と蘭は顔を見合わせて苦笑した。


『念写』の能力を持つねねに協力してもらう為に全てを話したところだった。好奇心旺盛な15才のねねは力を使う事は心良く了承したものの、未来の話やタイムマシンの事が気になるようである。

 この尾張から出た事も、ましてや生まれ育った城から出た事もないのだから、物珍しい未来の話に食いつくのも無理はない。

 一瞬ねねの勢いに戸惑った二人だったが、この少女が他の誰かに洩らすとも思えなかったので、協力してくれるお礼として当たり障りのない範囲で話を聞かせた。


「へぇ~良くわかりませんが凄い世の中になっていくのですね、ここは。」

「わたしもお話を聞いていてとても楽しいです。」

 ねねと市にそう言われて不思議な気分になる蘭と蝶子だった。


「何かここに来て初めてギャップを感じたわ。こんな風にちゃんと未来の話をした事ってなかったもんね。」

「そうだな。」

 何やら盛り上がっている市とねねの方を見る。これからもこうして自分達の話をするのもいいかも知れない。そう思った蘭だった。


 その時だった。市がハッとした顔をする。それに気づいた蝶子は卓に置いておいた筆を手に取った。


「きました!イチさん?こちらは全員揃っています。帰蝶様が……あ、濃姫様は名を改められたので帰蝶様とお呼びしております。帰蝶様がお話があるようです。」

 そう言って蝶子に視線をやる。蝶子は頷くと話し出した。


「イチ?父さんに伝えて欲しい事があるの。今度のメンテナンスで出来れば、イチの声が市さんだけでなく近くにいる私達にも聞こえるようにして欲しい。」

「おい、おやっさんに無理言うなよ。そんな事出来る訳……」

『無理ではありません。』

「えっ!?今のは……イチの声?」

 ビックリして固まっていると、今度は違う声が響いた。


『若造。わしを誰だと思っておる。このままでは不便だと思って、イチにスピーカー機能を搭載した。これでこちらの声とそちらの声、双方の声が半径5メートル以内であれば聞こえるようになる。どうだ?聞こえるだろう?』


 茫然としながら周りを見回すと、全員が揃って驚いた顔をしている。蝶子も市もねねも蘭と目が合うとこくこくと首を縦に振った。つまり皆に蝶子の父親の声が聞こえているという事だ。


「凄っ!さすがおやっさん!伊達にノーベル賞貰ってないな。な?蝶子。……ん?どうした?」

「…すがっ……」

「ん?」

「流石父さん!その灰色の脳みそは見せかけだけじゃなかったのね!ここ最近は研究が思うようにいかなくてもう歳なのかな~って心配してたけど、やるじゃない!見直したわ!!」

 両手をブルブル震わせて叫ぶ蝶子に、ねねが怯えている。慌てて蝶子の肩に手を置いて落ち着かせようとしたが興奮が止まらない。

 というか何気に酷い言いようだ。蘭もだが。


「じゃあじゃあ、ねねちゃんにも聞こえるっていう事だから、力を使う事が出来るね。」

『力……とは?』

 イチの声だった。蝶子の父親、康三はきっとショックで項垂れているのだろう。案外繊細なのだ。


「ねねちゃんっていってね。『念写』の能力を持っているの。思い浮かべている事柄を紙に焼きつける事が出来るという力。タイムマシンの全容を市さんを通じてねねちゃんの力で紙に写せれば、タイムマシンを飛ばす事が……」

『残念ながら無理じゃ。』

「えっ?何処が無理なの?」

 復活した康三が割って入る。


『そのねねとやらは念写しか出来ないのであろう?』

「う、うん……」

『それではイチからそちらの市さんには通じても、ねねには届かない。』

「あ……そっかぁ……」

 がっくりと項垂れる蝶子。すると市が徐に頭を下げた。

「申し訳ありません!」

「え?何で市さんが謝るの?頭を上げて下さい!」

「わたしに『念写』の力があれば……」

「そんな事言ったって……」

 あたふたする蝶子を横目に、今まで黙っていた蘭が口を開いた。


「あの、おやっさん。」

『何だ。』

「スピーカーもつけられたんだから、モニターもつけられるんじゃないか?」

『……うん?モニター?』

「そう。そしたらそっちでイチが見た物が『共鳴』した市さんに繋がるかも知れない。どう?」

『うむ。なるほど。しかしそうなるとそっちにもモニターが必要になる。そこは戦国時代なのだろう?モニターなどある訳……』

「あります!」

 さっきのイチみたいに言葉を遮り、蘭は言った。


「蘭?何処にモニターがあるの?」

「蝶子。思い出せ。俺達が乗ってきたタイムマシン。あれに確かついていたはずだ。」

「あ!!」

 蝶子が口に手を当てて目を大きく見開く。蘭は一度深く頷くと言った。


「蝶子の部屋に俺が裏山から持ってきたタイムマシンの残骸がある。あそこを探せばモニターがあるはずだ。蝶子。」

「わかってる。……私がやるのね。」

「どういう事ですか?帰蝶様がやる、とは?」

 市の問いかけに蝶子は立ち上がって腰に手を当てた。


「そのモニターはきっと壊れている。だから私が直す。」

「蝶子。頼むぞ。」

「うん!」

「あぁ、それとおやっさん。タイムマシンを飛ばすにあたって相談が……」

『わかっておる。何度かに分けて欲しいと言うんじゃろう?安心しろ。分割して作っておるから。』

「ふっ……ホント流石だな。」

「?」

 蘭と康三の会話に市もねねもポカンとしていたが、蝶子だけはその意味がわかった。


 今川義元が一回でどのくらいの重量や大きさの物を取り寄せる事が出来るかわからない。もしタイムマシンが大き過ぎて失敗なんてしたら元も子もないのだ。

 しかし流石ノーベル賞受賞者。先の先を読んでくれる。改めて自分の父親が凄い人物だと思い知った蝶子だった。


「そうとわかれば早速!……あ、でも市さんを一人に出来ないか。どうしよう?」

「大丈夫です。今日は夕刻までねねさんと一緒にお話をすると約束しています。早くお部屋に帰ってそのモニターとやらを見つけて下さい。」

「じゃあ夕方になったら戻ってくるから。」

「はい。」

「私には難しくてさっぱりわからないですけど、何かたくさんの人のお話が聞けて楽しかったです。またお話したいです!」

 ねねが無邪気に言うとその場が和んだ。


「そういう事で引き続き頼みます。」

『はいはい。まったく、人使いが荒いのぅ……』

『蘭さま、お嬢様をよろしくお願いしますよ。旦那様に似て無理をしがちですから。』

「わかってるよ。イチも頑張ってな。」

『はい。それでは切りますね。』

『ちょっ!ちょっと待ってくれ!蘭っ……ブチッ……』

「…………」

「……………今のって……」


 イチが通信を切ろうとした瞬間聞こえてきた三人目の声。あの声は間違えようもなく……


「ポンコツ親父……」

 近くにいて大人しく話を聞いていたが黙っていられなくて出てきたのだろう。半年以上も離れていたのだ。我が息子の事がやはり心配の様である。

 しかし当の息子は……


「マジで親父がタイムマシン作りに関わってないか心配だ……」

「蘭……」

 ため息混じりに言い放った蘭を、何とも言えない表情で見つめる蝶子だった……



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