蘭の妙案
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桶狭間の戦い
永禄3年(1560年)5月、今川義元が尾張国へ侵攻する。駿河・遠江に加えて三河国をも支配する今川氏の軍勢は、1万人とも4万5千人とも号する大軍であった。織田軍はこれに対して防戦したがその兵力は数千人程度であった。今川軍は、松平元康率いる三河勢を先鋒として、織田軍の城砦に対する攻撃を行った。
信長は静寂を保っていたが、永禄3年(1560年)5月19日、出陣した。信長は今川軍の陣中に強襲をかけ、義元を討ち取った。
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「と、このテキストには書かれています。」
蘭は今しがた朗読した歴史のテキストを掲げて見せた。信長は興味深そうに覗き込みながらふんっと鼻を鳴らす。そして腕を組んだ。
「なるほど。お前達の時代には我々の事がそう伝わっておるのか。確かに今の織田の軍勢は二千人ほど。今川の方は全て合わせて……四万は下るまい。」
「四万!?」
「まぁそこから元康の三河軍を差し引いても三万五千はいるだろうな。元康は三河に戻ったばかりであるし松平家の元家臣全員が付いてきている訳ではない。三河領内の武将でも今川の支配下の者はいる。」
「そんな……」
蘭はがっくりと項垂れた。
松平元康を味方につければ戦力が増えると思っていたが、現実はそう甘くはないようだ。
でもこっちには策がある。その事を思い出した蘭は居ずまいを正して口を開いた。
「信長様。」
「何だ、改まって。」
「蝶子のおやっさんが調べてくれたのですが、やはりこの世界は俺達がいた世界とは別の次元に存在するパラレルワールドでした。でも基本的には特に違いはなく、歴史もほとんど変わりはないそうです。ただ一つ違うのは、この戦国時代において超能力者が存在する事です。」
そこで蘭は言葉を切って信長の様子を観察した。どういう反応をするか見てみたかったのだ。だがしかし信長は無反応だった。
「それで?早く続きを言え。」
「は、はい。えっと……初めて文献に超能力者という文字が出たのが室町幕府が出来た頃。一説によると、最澄の弟子が師匠が唐から持ち帰った秘蔵の酒を飲んでしまい、身体に異常をきたして破門された事から始まったそうです。その異常というのが、『瞬間移動』だったと。」
「それがサルの祖先だと?」
「おそらく。それで比叡山ではその秘蔵の酒を封印しようとしたけれど、時既に遅くて何人かは飲んでしまった。現れた異常は人それぞれ違ったが、最澄の弟子らは発覚を恐れてバラバラに散らばるように住処を与えて破門した。……というのがおやっさんが読んだ文献に書いてあったそうです。」
蘭は額に汗をかきながら、蝶子の父親に聞いた事をメモした紙をそっと折り畳んだ。
「ふぅん……比叡山、延暦寺か。織田の先祖は代々信心深いと聞いていたが、どこかの馬鹿がその酒を飲んでしまったのかも知れんな。」
吐き捨てるように言うと袖の下から愛用の扇子を取り出してパチンと音を鳴らした。
(そういえばこの人、自分の力の事凄く嫌ってたっけ……俺余計な事言ったかも。うわっ!どうしよう~……って俺が言いたいのはこんな事じゃなくて!)
「俺が今日ここに来た理由はこの事を言う為だけじゃなくてですね……」
「わかっておる。桶狭間の戦いが起きたら、お前はまず松平元康の兵に紛れる、という事だろう?」
「え……?ってまた見たんですか!?」
「お前もいい加減見抜いたらどうだ?これから視るぞという時や視た後に合図を出してるというのに。」
若干呆れた表情で見てくる信長だが、蘭には何の事だかわからない。首を傾げていると「まぁよい。」と言われてしまった。
(これから視るぞという合図?……ってどういう事?そんなの出してたか?)
頭の中でぐるぐるしていると、信長が徐に立ち上がって「サル」と呼んだ。ハッと顔を上げた時には秀吉がいて、何か紙のような物を信長に渡していた。
「何ですか、それ?」
「お待ちかねの物だ。……今川が三日後に尾張に向かって挙兵する。桶狭間で決着をつける時がきた。」
「!!」
「蘭丸。お前の策とやらを話せ。元康の兵に紛れて、どうするつもりだ?」
信長に凄みのある顔と声で攻められて一瞬怯む。だが蘭は目を見開いて言った。
「義元は『物体取り寄せ』の力を持っています。信長様は以前言いましたよね?お父様が義元と戦っていた時、何処からともなく槍が現れて危険な目にあったと。確かに俺は知っています。桶狭間の戦いを制するのは織田軍であると。でもこの世界では何が起こるかわかりません。桶狭間での休憩中に後ろから奇襲をかければ勝つ可能性はありますが、その瞬間義元が槍を取り寄せたらどうなります?俺は貴方が負けるところは見たくありません。だから俺が元康さんの方にいて義元の動きを見張るんです。……まぁ俺がいたところでどうにかなるとは思いませんけど、元康さんとの連携も取れるので一石二鳥かなぁ、と……」
最初は息込んでいたのに段々尻すぼみになっていく蘭の様子に、信長は思わず手を叩いて笑った。
「え?」
「お前の熱意はわかった。好きにしろ。」
「え……いいんですか?」
「あぁ。その代わり死ぬなよ。」
「……はい。」
一瞬面食らった顔をした蘭だったが、すぐに笑顔で頷いた。
こうして三日後の作戦会議は終了したのであった。
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