情報の整理
―――
光秀に連れられて大広間に着いた時には、信長は既に甲冑を身につけて出陣の準備をして待っていた。
「信長様!連れて参りました!」
「早く入れ。」
「はい!」
蘭と蝶子は光秀に背中を押されて、部屋の中に入る。戸惑いながら歩を進めると、信長は光秀とその後ろの勝家と先に部屋にいた秀吉に向かってこう言った。
「お前達も準備しろ。俺はこの二人と話をしたらすぐに行く。」
「はっ!」
三人は揃って返事をすると戸を閉めて出ていった。
「お兄様……行くのですね。」
「あぁ。濃姫の父親なんだ。行かない訳にはいかないだろう。」
一緒に来た市に聞かれておどけた調子で言うが、表情は真剣そのものだった。
「立ったままではゆっくり話もできん。まず座れ。」
言われるまま信長の前に並んで座ると、市も少し離れた所に座った。
「蘭丸。俺の言いたい事はわかるな。」
「……はい。」
眼光鋭く見つめられ、蘭は体を縮こまらせながら小さな声で返事をした。
信長の言いたい事。それはきっとこうだ。
『この戦で勝つのはどっちだ?』
蘭は一度目を瞑ると震える声で言った。
「……言えません。」
反応が恐くて顔が上げられない。蘭はそのまま消えてしまいたい衝動にかられた。
確かこの戦で斎藤道三は死ぬ。息子の家来にやられて首を取られるのだ。
でも信長はもちろん、ここでは死なない。助けに行くけど間に合わないっていう結末のはずだ。
しかし蘭がここにいる理由は、これから起きる事を知っているから。それを信長に教える事が自分の役目なのではないかと、さっきの市の話からそう思った。
(でも俺は……ただの学生で、大まかな流れしか知らないし、そもそもここは違う世界かも知れないんだ。不用意な事を言って、それこそ歴史が変わっちゃったら……って俺達のいた未来には影響はないんだっけ。いや、でも……ええい!どうせ俺が言わなくてもまた心眼とやらで心の中を視るんだろ!視るなら視ろ!今ならオープンだから!!)
その時、ふっと笑う気配がして、恐る恐る顔を上げたら信長が心底愉快そうに笑っていた。
「そんな顔するな。まるで俺が虐めてるみたいじゃないか。」
「へっ?」
「これから戦に行くのに、力を使う訳にもいかんからこうして正面から聞いているのに、そんなわかりやすい顔をして……」
頭に手を当てて『やれやれ……』とでも言いたげな表情をする。蘭は慌てた。
「俺……僕、どんな顔してました?」
「『俺』でよい。いちいち言い直されると勘に触る。」
「あ、はい…すみません……」
「心を読むまでもない、という事だ。お前の考えてる事はわかった。……本当にそうなんだな?」
「……はい。間違いありません。」
しばらくじっと見つめてくる。何だかわからないが考えてる事が顔に出てたようだ。そういう事なら、と蘭も同じように見つめ返した。力を使っていなくても通じるように。
「よし。そうとわかれば急いだ方がいいな。今から出れば間に合うかも知れん。……サル。」
「お呼びですか。信長様。」
甲冑を着た秀吉が現れた。信長は立ち上がると、傍に置いてあった軍配を手に取った。
「いざ、参るぞ!」
―――
「情報を整理してみようか。ここ数日で色んな事があったから頭の中がぐちゃぐちゃだよ。」
信長を送り出した後、市を含めて三人で蝶子の部屋に来ていた。座って早々、蝶子が先程の言葉を口にしたのだ。それを聞いた蘭も頷いた。
「そうだな。市様もいる事だし。付き合ってくれますか?」
「えぇ、もちろん。わたしが知ってる事は全部お話します。」
市が微笑む。早速とばかりに三人で輪になって座り、ここまでの段階で得た事を口に出してみた。
「まず、この世界はパラレルワールド。つまり私達のいた地球とは別の次元にもう一つ同じような星があって、ここはその戦国時代というところであると仮定する。まぁ、もうほとんど確定と言ってもいいわ。」
「そうだな。そうでも思わなきゃ、納得いかない事だらけだ。」
「わたしにとったらこの世界が当たり前だけど、貴方達がそう思うならそれを前提とした方がいいですね。」
市が同意してくれた事に素直にホッとした。ここで『違う』と否定されたら話が進まない。
「この世界には力を持つ人が存在する。この尾張の国では信長様の『心眼』、秀吉さんの『瞬間移動』、そして市様の『共鳴』。この三人。他の国にも能力を持っている人はいるけど、詳しくはわからない。という事でいいですよね?」
「そうです。」
「信長様の『心眼』は、相手の心を視る事ができる。そして市様の『共鳴』の能力で、お二人は心を通じさせる事もできる。」
「はい。体力を消耗してしまうので、滅多な事では使えませんが。」
苦笑混じりにそう言うと、蝶子が『単に便利な力、という訳でもないんですね。』と相槌を打つ。蘭は続けた。
「そしてこの事は信長様と市様。そして俺と蝶子しか知らない。秀吉さんや光秀さんでさえも、知らないんですよね?」
「光秀は相当頭の良い人ですから、お兄様が人の心を読む事に長けている事には気づいているでしょう。現に言葉の足りないお兄様の言いたい事や言葉の裏に潜んでいる真意を汲み取ってくれます。それが織田家に仕えてまだ浅い光秀を重宝する理由です。」
蘭は初めて光秀に会った時の事を思い出した。
祝言の準備について信長が命令した時、あの時点でその祝言が偽装だという事に気づいていたという。相当な頭脳の持主だ。頭が回るというのだろうか。それも一つの能力である。
「秀吉さんは?」
「藤吉郎は知っています。」
「えっ!?知ってるんですか?」
二人して驚く。市は頷いて、
「藤吉郎には『瞬間移動』の力があります。その力をお兄様が専属で使うに当たって、自分の力の事も言わないと不公平だと仰って。わたしも最初は反対しましたが、藤吉郎は口が固そうでしたし。あんなに忠実に仕えてくれているんですもの。裏切る事は万に一つもないとわたしもお兄様も思っています。」
『裏切る』その言葉に蘭と蝶子は顔を見合わせて、複雑な表情をした。
(市様の言う通り秀吉は大丈夫だけど、裏切るのは明智光秀なんだけどな……)
心の中でそんな事を思ってしまう。本能寺の変がどういう経緯で起きたとかは曖昧だけど、確か信長が光秀にきつく当たった事が原因だと読んだマンガ本に描かれていた。という事はそういう状況にならないように気をつければ、もしかしたら……
「…っん……蘭!」
「うぇっ?な、何?」
「何じゃないわよ。ボーッとして。折角市さんが話しているのに途中から聞いてなかったでしょ?」
「あ、あぁ…ごめんなさい。何でしたっけ?」
「しっかりしてよ、もう…」
呆れた様子の蝶子に謝ると、市に改めて続きを促した。
「すみません。続きをどうぞ。」
「秀吉の力についてはお兄様とわたし、それと光秀も知ってます。光秀にはうっかり見られてしまって。口止めしているので漏れる事はないと信じております。それと秀吉が瞬間移動するのは、お兄様かわたしが『サル』と呼んだ時だけです。」
「……そういえばそうかも。」
蝶子が小声で呟く。蘭も記憶を辿ってみた。
(信長はいつもサルって呼んでるからわからないけど、市様は普段『藤吉郎』なのに、呼ぶ時だけは『サル』って呼んでた。)
「じゃあ勝家さんや森さんは能力の事は何も知らないんですね?」
「えぇ。そうです。」
蝶子の問いに大きく頷く。
「貴方達の事は、裏山で遭難していたところを助けただけだと言ってあります。そして濃姫の事をお兄様が気にいったと言いくるめておいたようです。」
「なっ……」
市の衝撃の一言に蝶子が絶句する。蘭も固まった。
「そうでも言わないと流石に勝家達が納得しないだろうと思って。」
申し訳なさそうな口調の割に、口元が緩んでいる。蘭は密かにため息をついた。
(どおりであの人張りきっていたと思った。)
嬉々として本物の濃姫に談判しに行ったのだろう。そっと横を見ると顔を赤くしている蝶子がいた。
「蘭丸についてはただの遭難者をそのまま家来にする訳にもいかないので可成よしなりに頼む事にしました。確か貴方は『藤森蘭』だったわね。『藤』を取って……」
「森蘭……丸。」
(うん……気づいてたけど何か恥ずかしい……)
蘭は一人赤面した。
「さて、これで全部でしょうか。」
市が穏やかに二人を見る。蘭は顎に手を当てて考えた。
「そうですね……今のところこれで……あっ!」
「ビッ…クリしたぁ……何よ、もう…」
「悪い、驚かせて。もう一つあったんだ。聞きたい事。」
「何ですか?」
「城の名前です。ここのお城は何という名前ですか?」
今更っていう感じだけど大事な事だ。蘭は市の答えを待った。
「清洲城です。」
「清洲…城……」
―――
清洲城。それは信長の死後、織田家の後継者及び遺領の配分を決定することを目的とした会議が行われた場所。集まった家臣は柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、池田恒興の4人。
ここで決定した事柄が後の日本の行く末を決めたと言っても過言ではない、歴史的にも非常に重要な場所である。
―――
「ありがとうございます。市様。」
蘭はひきつってしまう自分の顔を抑えるのに必死だった……
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます