新たな能力者
―――
「ふむ。なるほど。それでは未来との通信は順調にいっているのだな。それは良かった。」
「えぇ。でも一つ気になる事があるんです。」
「気になる事?」
不思議そうな顔をする信長に、蘭は頷いて見せた。
市とイチが三度目の『共鳴』をした後すぐに信長に報告をしようとしたが、毎日外出している様子で中々捕まらなかった。父親代わりの森可成に取り次いでもらってやっと会えたのが五日後の今日であった。
先日光秀に言われた嫉妬がどうこうというのを思い出して若干気まずいが、顔に出ないよう……いや、心を読まれないように気をつけて信長の方を見た。
「今川の邸に密偵に行くという任務については覚悟を決めました。俺、行きます。」
「そうか。」
「それで時期なんですが、タイムマシンが出来るまで待たないといけないじゃないですか。それが早くて一年とかなんですよ。二年かかるかも知れないし、それ以上かかるかも知れない。無事に今川邸に潜り込めたとしても、そんなに何年もは難しいなって思うんです。どうしたらいいと思いますか?」
「う~む……それは確かに難しいな。密偵の達人の勝家でも潜入は一年が限界だと言っていた。」
「一年、ですか……」
勝家でもそれが限界だと知って、蘭は愕然とした。だったら素人の自分はせいぜい半年が限界だろう。項垂れていると信長が口を開いた。
「その話はまず置いといて、俺の方からも報告する事がある。」
「え?何ですか?」
「義元に『物体取り寄せ』の力を使わせる為には、その物体を義元自身に思い浮かべてもらう必要がある。しかし今の時点では誰もそのタイムマシンの全体像がわかっていない。まだ不完全な状態なのだから仕方がないがな。」
ため息混じりにそう言う信長を、蘭は驚いた表情で見つめる。そして感嘆の息を吐いた。
(やっぱりこの人は凄い人だ。そんな所まで思いつかなかった。)
「実はこの尾張の国に、俺と市とサルの他にもう一人能力を持つ者がいるという話を聞いた。その人物は浅野長勝という織田家の家臣の娘でねねという名だ。」
「ねね……」
蘭は小さく口の中で呟いた。
(ねねは確か秀吉の妻の名前だ。もしかしてこの人が?)
「やはりそうなのだな。」
「え!?」
パッと顔を上げると、自分に向けて右手を翳している信長と目が合った。その右手を懐に入れると愛用の扇子を取り出して広げる。
「あの……今、視ちゃいました?」
「あぁ。」
悪びれずに頷く信長。蘭は盛大に肩を落とした。
「そのねねをサルに嫁がせようと思っていたのだ。お前が知っている未来と違う風になると困ると思ったが、どうやらそれでいいみたいだな。」
「それは偶然……なんですかね?」
「さぁな。」
信長は肩を竦めた。偶然にしては出来すぎている気がしないでもないが、蘭は気にしない事にして質問した。
「そのねねさんの能力って何ですか?」
「『念写』だ。」
「念写……」
「心の中に思い浮かべている事柄を紙などに絵図として焼き付けるという力だ。この力を使えば、例えばイチから市に伝わる言葉や概念をねねが紙に写すという事が出来るかも知れない。」
「凄い!そんな事がもし出来たら、タイムマシンを絵にしてそれを義元に見せる事が可能になる!」
思わず立ち上がって叫ぶと、信長が苦笑して扇子をパチンと鳴らした。
「やってみないとわからんが、やってみる価値はあると思う。サルとそのねねにはお前達の事を全部話さないといけなくなるが、そこのところはどう思う?」
問われて一瞬逡巡する蘭だったが、すぐに頷いた。
「構いません。秀吉さんは信用していますし、ねねさんの事は協力してもらえるならそれに越した事はありません。蝶子には俺から言いますよ。たぶんあいつも反対はしないと思います。」
「それじゃあ早速向こうの家に縁談を持っていくとしよう。なに、浅野は昔からの家来だ。すぐに話は纏まるさ。」
「よろしくお願いします。」
「あぁ。」
「あの、もしかして……最近毎日外出していたのって『念写』の力を持つ人が何処の誰かを探していたんですか?」
蘭のその言葉にさっと耳を赤くする信長であった。
「やっぱり信長様は優しいんですね。」
「煩い!早く仕事に戻れ!」
「はーい。」
自分達の為に信長が陰で色々と動いてくれていた事が嬉しくて、この後仕事に戻って皿を洗っていてもニヤニヤが止まらない蘭だった。
―――
月日は流れ、気づけば年が明けていた。
朝から雪がちらつく寒いその日、秀吉とねねの婚儀がしめやかに取り行われた。
「ねねさん……ううん、ねね『ちゃん』って呼んでもいいわね。だってまだ15才なんだもん。」
蝶子がそう言うと市も頷いた。
「でも綺麗ですね。今日の雪と白い肌が相まって、まるでこの世のものとは思えないくらい……」
うっとりとした瞳でねねの方を見る市を、蝶子は横で微笑みながら見つめた。
光秀の事を好きだとカミングアウトしてから、市は今までの事が嘘だと思うくらい恋の相談をしてきた。それは主君の妹と家来という身分違いの恋に加えて、市が恋愛に関して奥手だという問題もあるようだ。話す機会は比較的多いが、素直になれずに偉そうな態度を取ってしまい、後で後悔するというのを繰り返すのだとか。
何だか自分を見ているみたいだと思いながら、蝶子なりに一生懸命アドバイスをする。というのがここ最近の蝶子の日常だった。
「ねねちゃんが秀吉のお嫁さんになって私達に協力してくれるのは有難いけど、ちゃんと力を使う事が出来るかなぁ?」
「どういう事ですか?」
「うん……あれから何回かイチから連絡あったけど、こっちから繋がった事ってないじゃない?それにイチと話せるのは今のところ市さんだけだし、ねねちゃんが上手く『念写』の力を発揮出来るのかなって心配なの。あ!別に市さんやねねちゃんの事を信用してないとかじゃないからね。何ていうか、その……」
「大丈夫です。わかっていますよ。帰蝶様の言いたい事は。でも不安になるのも仕方のない事だと思います。わたしもそうですから。」
「市さん……」
「帰蝶様もイチさんの声が聞こえるといいのですが。」
「……ん?今何て言いました?」
「え?帰蝶様もイチさんの声が聞こえるといいのですが。って。どうなさいました?」
顎に手を当てて考え込む蝶子を心配そうに見つめる市。しばらく沈黙がその場を支配していたが、突然顔を上げた蝶子が叫んだ。
「次にイチから連絡きたら、父さんに頼みたい事があります!」
その声は静かな部屋に響き渡り、鬼の形相の信長に怒鳴られたのは言うまでもない。
(そうだ!今は式の途中だった!ごめん……ねねちゃん、結婚式ぶち壊して……)
目が合った蘭も怒ったような呆れたような顔をしていた……
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