三度目の『共鳴』


―――


「何だかなぁ~……」

「おや。どうしました?ため息などついて。」

「あっ!光秀さん!」


 廊下から中庭に続く階段に座ってため息をついていると、後ろから光秀に話しかけられた。蘭は慌てて立ち上がる。


「座って下さい。今日は稽古は休みですから。……隣いいですか?」

「ど、どうぞ。」

 右手で自分の隣を指し示す。光秀は軽やかに階段を下りてきて蘭の隣に座った。

「あの、俺に敬語使わなくてもいいんですよ?年上だし、信長様の家臣としても先輩な訳ですし。」

「あはは。すみません、つい。こういう話し方が癖みたいなものなんですよ。小さな頃からずっと大人に囲まれて育ったので。」

「へぇ~そうなんですね。光秀さんは何処の出身なんですか?」

「え?」

「あ!すいません……余計な事聞いちゃいました?」

 どさくさ紛れに聞いてみたものの、直球過ぎたかなと反省する。上目遣いで光秀の顔を見ると、ふっと微笑んだ。


「それがわからないんだ。」

「え?わからない?」

「物心ついた頃には美濃の土岐とき氏に仕えていました。母はいましたが父は誰かわかりません。明智城で誕生したと聞かされましたけど、それも曖昧です。でもまぁ、明智という名ですからそれは本当なのでしょう。」

 笑ってそう言っているが、その実表情は複雑だった。

 やっぱり無闇に聞くのではなかったと思って別の話題に変えようとした時、先に光秀が口を開いた。


「土岐氏に変わって斎藤道三氏が美濃を支配するようになって、私は行き場所に迷いました。他の家臣達は殆んどの者が流れで斎藤氏に付きましたが、私はこのまま流されるのはどうしてだか抵抗があった。その時、信長様に声をかけられたのです。」

 そこで言葉を切って遠い目をする。その時の事を思い出しているのだろうか。しばらく沈黙していたが、不意に振り向いて笑顔を見せた。


「今思えば、ここに来て良かったと思います。あの時美濃に残っていたら、私はこうして生きていなかったかも知れない。」

 その言葉に蘭はハッとした。


(そうだ。もし光秀さんが道三に付いていたら、この前の戦いで息子の義龍にやられていたかも知れない……)


 選択肢を間違えていたら今存在している人物がこの世にいなかったかも知れないという事実に蘭は震えた。

 自分がこれから選ぶ道が後にどんな影響を与えるのか、改めて怖くなったのだ。

 でも、それでも……


(俺の使命は信長を助ける事……)


 ここにいる間は自分は信長の家来である。その事を改めて感じた蘭だった。


「ところでさっきは何故ため息をついていたのかな?何か悩みでも?」

「えっ……と…」

 今度はこっちに矛先が来たと蘭は焦る。相談しようかどうしようか迷った結果、打ち明ける事にした。


「実は、蝶子の事なんですが……」

「帰蝶様の事ですか?」

「あれ?もう知れてるんですか?」

「えぇ。昨日通達がありました。これからは帰蝶様とお呼びするようにと。素敵なお名前を贈られたと、家来一同噂していたんですよ。」

 光秀がにこにこしながら言うが、反対に機嫌が悪くなる蘭。それに気づいた光秀が顔を覗き込んできた。


「どうしました?」

「いえ、あの……う~ん、何て言ったらいいのかわかんないんですけど……」

「はい。」

「面白くないんです。」

「面白くない?何が?」

 蘭は思い切って、首を傾げる光秀に複雑な胸の裡を吐き出した。


「それって……嫉妬なんじゃないのかな。」

「へ?嫉妬!?何で?」

「何故って。話を聞く限り、そうとしか思えませんが。」

「はぁ!?ない!ないないない!」

 全力で首を降る蘭に苦笑いしながら、光秀は言った。


「まぁ、嫉妬とまではいかなくても、帰蝶様と信長様の間に特別な何かがある事を気にしているという事かな。君も純情な所がありますね。」

「ばっ……変な事言わないで下さいよ、もう!俺は別にあいつの事なんか何とも思ってないし。それより光秀さんこそどうなんです?好きな人とかいないんすか?」

「……っ!」

 半分仕返しのつもりだった。だが思った以上に反応があった。蘭はビックリして光秀を凝視する。普段はクールな表情がみるみる間に真っ赤に染まった。


「あ、あの……すみません。調子乗りました。忘れて下さい……」

「……私のは、身分違いの想いですから。生涯叶う事はありません。」

「光秀さん……」

 その何とも言えない表情から、いくら鈍感な蘭でも気がついた。


「それってもしかして……」


「蘭丸!」

「え?あ、秀吉さん……」

 急に廊下から大声で呼ばれて驚いて振り向くと、秀吉がいた。肩で息をついている。走ってきたのだろうか。珍しいと思っていると徐に口を開いた。


「帰蝶様がお呼びです。市様のお部屋に来るようにと。」

「え!?わかりました。ありがとうございます、秀吉さん。」

 秀吉に礼を言い光秀に頭を下げると、蘭は廊下を走った。




―――


「蝶子!どうした?イチから連絡きたのか?」

 勢い良く襖を開けると、紙に筆を走らせている蝶子が顔を上げた。無言で頷いて見せる。蘭は逸る気持ちを抑えて市の側に座った。


「蘭丸が来ました。蘭丸、今イチさんと繋がっています。」

「!!」

 蘭にとっては初めて目にする『共鳴』の力。口を開けて茫然としていると市が話し始めた。


「『蘭さま、聞いて下さい。旦那様のタイムマシン作りは順調に進んでおります。今現在出来ているのは全体の五分の一ですが、このペースでいけば残りはあと二年……いや一年で完成予定だそうです。でも問題は完成したタイムマシンをどうやってそちらに飛ばすかという事。蘭さま、何かいいアイディアはありますか?』だそうです。帰蝶様。大丈夫ですか?」

「大丈夫。全部書けた。」

 筆を置いて顔を上げる蝶子から紙を受け取った蘭は、改めて紙面に目をやった。

 先程市が喋った内容が一字一句間違える事なく書かれている。蘭は頷いて市を見た。


「市様。伝えて下さい。タイムマシンを飛ばす方法は既に案はある。こっちで準備を整えるから、おやっさんは引き続き頑張ってくれ。……以上です。蝶子は何か言いたい事はあるか?」

「うん。……父さんに伝えて。体に気をつけて無理はしないでね。二年でも五年でも何年でも待ってるから。イチ、父さんを宜しくね。……以上です。」

 二人の言いたい事を全部イチに伝えた市は、ふぅっと息をついた。


「市さん!大丈夫ですか?」

「平気です。それよりもう途切れてしまいました。すみません。」

「謝る必要はありませんよ。今布団敷きますから、横になって下さい。蘭。」

「はいはい。」

 蘭は押し入れから布団を出すと奥の方に敷いた。その上に市を寝せる。市は青くなった顔を隠すように壁の方を向いて目を閉じた。


「すげ~初めて見た。ホントにイチと繋がったんだな。」

 小声でそう言うと蝶子が苦笑した。

「さっきイチに言った案ってこの間信長が言った……」

「しっ!市様に聞こえる。」

「あ、そっか!ごめん……」

 蝶子が慌てて口を手で抑える。蘭は市の様子を窺ってもう寝ている事を確認すると、更に小さい声で言った。


「あぁ。今川義元に『物体取り寄せ』の力で取り寄せてもらう。」

「でも……その為には危険な任務をしなきゃいけないのよ?大丈夫なの?それにもし失敗したら……」

「そんなのやらなきゃわかんねぇじゃん。」

「そうだけど……」

 眉をハの字にする蝶子に向かって微笑むと蘭は立ち上がった。


「とにかくこの事を信長に伝えないと。その上で作戦を練ろう。な?」

「うん……」

「じゃあ俺、信長を探してくる。市様をよろしく。」

 言うが早いか、足早に部屋から出て行った。


「……もう……心配くらいさせてよ。」

 小さな蝶子の本音は空気に紛れて消えていった……



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