異能の力を持つ者達

天空からの落とし物


―――


「……いってぇ~……」

 蘭は腰を擦りながら、壊れてバラバラになったタイムマシンの残骸の中から這い出した。


「あーあ……派手にやっちまったな。っていうか、こうしてよく見てみたらただの鉄屑じゃねぇかよ!」

 何処にも行き場のない怒りを足元に落ちていた鉄板にぶつける。勢い良く蹴ったら『コンッ!』という何とも間抜けな音を立てて残骸の中に姿を消した。


「あの親父……今度会ったら絞め上げてやる!」

 無断で忍び込んで勝手に乗ったのは自分達である事を棚に上げて文句を言う。そして改めて周りを見回した。


「何もない……」


 そう、そこは正に何もない所だった。蘭達のいる世界には普通にあった物がここにはない。家もビルもそこら辺にうじゃうじゃいたロボットも。

 その上空気が悪いのか埃っぽいし、何かが燃えたような臭いがした。


 あるのは荒れ果てた大地にポツポツと痩せ細った木が立っているだけ。少し小高くなっているのか、遠くに見える景色は目線より下にあるようだった。というのも靄がかかっていて視界が悪くて、あまり遠くまで見渡せないのだ。上を見上げても空など見えない。雨は降っていない事だけは確かだった。


「う~……ん……」

 と、そこまで状況を把握したところで背後から呻き声が聞こえた。蘭はハッとしてさっき自分が出てきた場所へと走って行った。


「蝶子!大丈夫か?蝶子!」

「ん~…いたた……蘭?」

「良かった!無事で。」

「ここ……どこ?」

「それがわかんねぇんだよ。俺達がいた世界じゃない事だけは確かなんだけど……」

 蘭が頭をかきながらそう言うと、蝶子はよろけながら立ち上がった。そして顎に手を当てる。


「おい!大丈夫か?無理すんなよ?」

「このタイムマシン、飛び立つ前に『560年くらい前の日本へタイムスリップします。』って言ったわよね?」

「あ、あぁ。そういえば……パニクってて忘れてたけど。って、まさか!?」

 蝶子の言葉に蘭が驚いて足を踏み外す。そのせいでバランスを崩して残骸の中で尻餅をついた。


「何やってんのよ、もう!」

「うるせぇ!いて~……」

 再び腰を打ったようで同じ所を擦っている。蝶子は思わず噴き出した。


「あはは!」

「何だよ……笑うなよな。人の不幸を……」

「だって……ふふふっ……」

 しつこく笑い続ける蝶子をしばらく睨んでいた蘭だったが、肩を竦めながら残骸から出て行った。


「あ!待ってよ~…おっとっと……」

 追いかける蝶子だったが自分も足を取られ、バランスを崩しそうになる。『ヤバい!』と目を瞑った瞬間、暖かいものに包まれていた。


「……たくっ!頭はいいくせにドジなんだから。ほら!手貸してやるから行くぞ。」

 蘭に抱きとめられていると気づいた時には自分の手は蘭と繋がれていた。突然の出来事に頭が追いついていかなかったが、ようやく状況を理解した。遅れて自分の顔が真っ赤に染まっていくのを自覚する。繋がれた手もじんじんと燃えているように熱い。


「着いたぞ。」

 素っ気ない声に伏せていた顔を上げると、そこはさっきまで蘭が茫然と立っていた場所だった。


「う、わぁ~……」

 何もない景色に声を失っていると、蘭が言った。

「もしさっきお前が言った通り、タイムマシンが本当に560年前に俺達を連れてきたんだとする。そうなるとあれは本物のタイムマシンだって事になるよな?でも作ったのはあのポンコツだから衝撃に堪えきれなかった、と。」

『あれ』と言って鉄屑を指差す。蝶子は一瞬考えた後、頷いた。


「だったら壊れちまった今、俺達は帰る術を失った事になる。……だよな?」

 不安気な表情の蘭に向かって同じ顔になりながらも顔を縦に振った。


 考えないようにしてきたのにこうして言葉にすると抑え込んでいた不安とか絶望感が胸に広がっていく。

 でも現実を見ないといけないと覚悟を決めて、蘭は顔を上げた。


「蝶子。取り敢えずこの山を降りてみようか。」

「……うん。」


 こうして二人はタイムマシンの残骸を残して、山を降りていった。




―――


「信長様!!」

「何だ、騒々しい!」


 家来の一人が大声を上げながら部屋に転がり込んでくる。暇を持て余していた信長と呼ばれた男は、眉間に皺を寄せて怒鳴った。


「も、申し訳ありません!しかし緊急事態でございます!」

「緊急事態?……まぁ座れ。落ちついて話してみろ。」

「はっ!それでは失礼します。」

 その家来はそう言うと、その場に膝をついた。


「それで?緊急事態とは何だ?」

「はい。私は先程まで庭の手入れをしていたのですが。突然空が光って、その後に裏の山の方から何かが落ちたような音が聞こえたんです!」

「俺は気づかなかったが。」

「それは殿が屋内にいたからです。私にははっきりと聞こえました。……あ、申し訳ございません!生意気を言いました。」

「あぁ、構わん。頭を上げろ。堅苦しいのは苦手だと言ってるだろ。」

 手をヒラヒラさせながらおもむろに立ち上がると、廊下に出て開け放たれた戸の外に視線をやった。


「ふむ。その正体不明の何物かは裏の山に落ちたと言ったな。」

「はい!そうでございます。」

「雷ではないのか?」

「雷でしたら雨が降ってないと鳴らないと思われます。しかもあれは雷などではないです。何か大きな物が落ちたような低い音がしましたので。」

「そうか。……敵陣からの攻撃という可能性は?」

「それは……ない、とは言い切れません。特に信勝様は何をするかわからないところがありますから……」

「ふんっ……!信勝か。確かにあいつなら不意をついて何かしでかすかも知れんな。」


 家来が遠慮がちに口に出した『信勝』という名前に、急に不機嫌な顔になってそう吐き捨てた。


「信勝にしろ他の誰かにしろ、はたまた自然現象にしろ、早急に確認する必要があるな。お前も頭の中で色々と模索した結果、『緊急事態』だと知らせにきたんだろ?……光秀。」

 悪戯っぽい目に見つめられて、光秀と呼ばれた家来は小さく笑った。


「よし、わかった。サルに行かせよう。お前のところの若い衆を5、6人付けてやれ。」

「はっ!」

 光秀は無駄のない所作で頭を下げると、そのまま廊下を去っていった。


「……サル。」

 光秀の足音が聞こえなくなった頃、信長は小さい声でそう呟いた。


「お呼びでしょうか。信長様。」

 さっきまで誰もいなかった場所――廊下から外の庭へと降りる階段の下に、男が膝まづいていた。


「仕事だ。裏山に行ってくれ。正体不明の何物かが天から落ちてきたそうだ。何処かからの奇襲かも知れん。」

「承知しました。」

 そう言うが早いか、次の瞬間にはそこからいなくなっていた。


「相変わらず速いな。」

 ぽつりと溢した言葉は一陣の風に紛れて消えた。



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