祝言の準備ともう一つの能力
―――
信長の妹の市と会って信長と秀吉の超能力についてや、偽装結婚の事を聞いた二人は、放心状態のまま用意された夕飯を頂いた。
メニューは想像していたよりも豪華だったが、食べた後に『今日のお肉はそこの裏山で捕れた猪です。』と言われて二人して飲んでいたお茶を噴き出すという一幕もあったけど、基本会話もなく今に到る。
「なぁ。もう寝た?」
「……何よ。」
暗闇の中声をかけると不機嫌そうに蝶子が返事をする。まだ起きてた事に安心した蘭は、自分と蝶子の布団の間に鎮座する衝立を眺めた。
ちなみにこの衝立は蝶子が市に懇願して持ってきてもらったものである。蝶子曰く、色々と事情があるとの事。
(親しき仲にも礼儀ありって事なのかな。小さい時はしょっちゅう風呂とか入ってたし、着替えくらいなら別に気にしないのにな。)
なんていう事を思っていると、横から焦れたような声が聞こえた。
「何?話があるんでしょ。」
「あぁ、うん……あのさ、信長との結婚が偽装でホント良かったよな。俺ってばてっきり信長がお前に一目惚れして、自分のもんにしようとしたのかと焦っちゃって……」
「ふ~ん…焦った、ね。その割には『ここは言う事聞いて』みたいな事言ってなかった?」
「いや、あれは……」
思わず布団から起き上がる蘭だったが、隣から聞こえた笑い声にキョトンとした顔で固まった。
「ごめん。ちょっと意地悪しただけ。でもあの時蘭に言われて本当に傷ついたんだよ?女性にとって『結婚』は自分の人生において大事な事。それをあんなに簡単に決めたりする信長が許せなかったし、それに乗っかろうとする蘭にショックを受けた。」
「そっ……か、ごめん……」
「ううん。本当に結婚する訳じゃないってわかったし、それに……」
そこで言葉を区切って一瞬沈黙が訪れる。蘭が不思議に思っていると、衣擦れの音が近づいてきた。聞き耳を立てていると衝立の前で音は止み、微かに動く気配がする。どうやら衝立に背中を預けたようだ。蘭も這っていって寄りかかる。
「ごめんね……?」
「何で謝るんだよ。っていうかさっきの件は俺が悪いんじゃないか。無神経な事言って傷つけたんだし……」
「違うの……」
「蝶子?」
何だか様子がおかしい。そう思って蘭は後ろを振り返った。そこには真っ暗闇の中にうっすらと衝立があるだけだったが、蝶子の今にも泣き出しそうな顔が浮かんだ。
「私があの時タイムマシンに乗ろうなんて言わなかったら……」
「そんな事気にしてたのか。それを言ったら一番の原因は俺だろ?勝手に親父の研究室に潜り込んで、挙げ句にお前まで巻き込んでさ。」
「蘭……」
「とにかく命は助かったんだからさ。良しとしようぜ。とりあえず明後日の祝言に向けて気持ち切り替えないとな。」
「蘭。まさか貴方……ここで一生暮らす気なの?」
「まさか!今はここに置いといてもらうけど、帰る術がないとも限らないだろ?向こうでは俺達が急に消えてきっと大騒ぎになってる。タイムマシンも消えてるんだ、何処か別の世界に行ってしまったと考えるだろう。あのポンコツ親父はともかく、お前んとこのおやっさんが何か対策を練ってくれるはずさ。同じようなタイムマシンを作ってくれるとか。」
「でも父さんは作った事ないって……」
「信じろよ!自分の親を。」
(いや、説得力ないから……)
鼻息荒くして言う蘭に向かって、ため息混じりに呟いた蝶子だった……
―――
そして二日が経って、今日は信長と濃姫の祝言の日。
蝶子は朝から女中達に囲まれて丁寧に化粧を施され、見た事もないきらびやかな着物を着せられて、儀式が始まる前から既に疲れきっていた。
「はぁ~……」
「失礼します。まぁ、良く似合っています。濃姫様。」
「あ!市様!し、失礼しました!」
大口を開けて欠伸をしているところを、様子を見に来た市に見られてしまった。慌てて膝をつくと、今度は市の方が慌てる番だった。
「そんなに畏まらないで下さい。これからはわたしに対して敬語は不要です。」
「え?で、でも……」
「偽装とはいえ、貴女はこの城のお殿様の御正室になられたのですよ。わたしはただの妹。立場は歴然です。」
「そんな……急にそんな事言われても……」
不安気な顔で市を見る蝶子をしばらく見返していた市だったが、小さく息をつくと言った。
「仕方ないですね。それでは他の者がいる前では極力会話は慎みましょう。こうして二人の時や蘭丸が一緒の時は貴女が話しやすい話し方で宜しいですわ。歳もそんなに変わらないようですし、その内対等に話せる日がくるでしょう。」
にっこりと音がつきそうな程の笑顔でそう締めると、徐に着物の裾を翻して部屋を出て行こうとした。慌てて蝶子が引き止める。
「あの!」
「何ですか?」
「気になっていたんですけど、信長様や秀吉さん以外にも超能力?を持ってる方っていないんですか?」
昨日話を聞いていた時から思っていた事だ。他言無用の事柄なのだから、もし他にもそういう人物がいるのなら教えてもらわないとマズイのではないのか。
「残念ながらこの尾張の国にはお兄様と藤吉郎しか、力を持つ者はいません。他の国にはもっと凄い能力を持っている人がいると聞いた事はありますが。」
「そうなんですか……では市様も?」
「わたしはお兄様と比べたら大した事はありません。ただ『共鳴』する事しかできないので。」
「え!?それって……!」
目をパチクリさせながら驚くと、市は苦笑した。
「『共鳴』といっても特定の人とだけしか心を通わす事ができないのです。その相手はお兄様と亡くなったお父様、後はもう一人……」
一瞬悲しい表情になった市だったがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「『共鳴』の力は心が通じる人同士でしか使えないものなので、説明が難しいですけれど。心を研ぎ澄ませて相手の事を思うと、その人の考えている事とか感情が流れ込んでくるとでも申しましょうか。ただしこれも体力が必要なので滅多な事では使いませんが。」
「なるほど。そうなんですね。じゃあもちろんこれも……」
「えぇ。他言無用でお願いします。でも蘭丸には許可しますわ。」
最後は悪戯気な顔でウインクをすると、今度こそ部屋を出て行った。
「『共鳴』かぁ~……私も欲しいな、その能力。」
一人ポツリと呟く蝶子だった……
—――
一方蘭はというと……
「おーい!蘭丸!早く運ばんと、時間がないぞ!」
「は、はーい!」
祝言の準備に駆り出されていた。
「何て言ってあるのか知らないけど、俺の事すんなり受け入れられてるし……」
ぶつぶつ言いながらお膳を運ぶ。途中で戻ってくる家来達とぶつかりそうになりながらも溢さないように慎重に歩いていると、前から秀吉が歩いてくるのが見えて立ち止まる。
「頑張っているようだな、蘭丸君。」
「どうも……」
最初の印象が怖かっただけに、未だにちょっと苦手意識がある。
しかしちょっと後ずさりつつも観察は怠らなかった。
(こいつが秀吉かぁ~。確かにちょっとサルっぽいかも。それに『瞬間移動』なんて特技持ってる時点で本物のサルより俊敏でしょ。へぇ~信長といい、秀吉といい、こんな秘密があったなんて……)
「おい、蘭丸君!蘭丸!」
「は、はい!」
「早く持っていけ。ただでさえ予定時刻より遅れているんだ。殿がイライラしながら待っておるぞ。」
「げぇっ……」
「『げぇっ』じゃない!急げ!」
「はいぃぃぃ~~!!」
秀吉の鋭い声と、蘭の情けない声が廊下に響き渡った……
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