第5話 約束

 怒濤の初日から十日が経っていた。この十日間の今日子は主に午前中は事務所で机上教育を受け、午後は島崎の元で路上教育という形で進められていた。

 机上教育というのは社内規則から始まり運転士としての心得や接遇、過去のクレーム事例や緊急時の対応など、マニュアルに沿ったレクチャーを運管や総務から、乗合担当者からはバスカードや定期券などの取り扱い方法や運賃の収受などについて説明を受けていた。

 それこそ一度にたくさんのことを覚えなくてはならなかったため頭がパンクしそうではあったが、暗記作業は今日子の得意分野ではあったので、慌てずメモを取りながら学習した。

 実際の現場ではどうなのか疑問に思ったことは後で島崎に質問しまたメモを取り、帰り道から帰宅後に復習して覚えるという感じで一つ一つゆっくりだが確実に頭の中に入れていった。

 その机上教育のカリキュラムも昨日で終了し、今日からは一日中運行技術の習得にあてられるように予定が組まれていた。

 あれほど危なっかしかった運転の方も最初の方は島崎が付きっきりでないとならなかったが、日を追うごとに島崎の指摘回数も減って行き、今では監督席(左側の一番前の席。島崎が名付けた)に座っていられるほど安心して見ていられるようになった。

 そして島崎ともある程度打ち解けることが出来た今日子は、教育の合間合間に島崎と交わす会話の中で、社内でまことしやかに噂されている〝鬼の島さん〟というあだ名は誤解であるということが少しずつわかり始めていた。

 確かに厳しいし口うるさい。しかしそれは人命を預かる職務上、避けて通れない内容のことばかりだった。何もかもが初めての今日子からして見れば、知らないことを教えてくれるわけだから当たり前のことであり、言われても苦にならなかった。

 島崎が怒りをあらわにするのは、教える相手がこの仕事を軽んじた認識の発言をしたり、大して強い想いも持たずなんとなく入社してきた者達に対してだった。

 挨拶をしない者。バスの運転など免許さえ取ってしまえば馬鹿でも出来ると思っている者。そして質問してくることと言えば、仕事のことではなく給料や休みのことばかり。そう言った輩に島崎は容赦しなかった。

 そりゃ給料や休日のことも大事ではある。しかし、それは島崎が伝えることではなかったし、何より昔気質の島崎にとって開口一番そのような質問が飛んでくること自体信じられなかった。

 明日から来なくていい! と叱れば本当に来なくなるような人材ばかりだったので、本社に面接の段階でもっと厳選してくれ。と進言したほどだったようだ。

 そんな島崎の想いも外側からしか見ていない人間にはわかるはずもなく、パワハラまがいの指導で新人が次々に辞めていくという誤った噂が、一部社内で流布されてしまっただけだったのである。

 今日子のように強い信念を持ち向かってくる者に対して、島崎は本当に真摯に対応した。

 ぶっきらぼうで言葉遣いも荒いがそれは照れ隠しからくる強がりで、本当は相手の立場に立って物事を考えることの出来る思いやりのある人間なのだと今日子は肌で感じるようになった。


「……しかしあれですね教官」

 運転中に会話する余裕が出てきたようだ。そろそろ次の段階に行く頃だな。と感じつつ島崎は応対した。

「何がだ?」

 今日子は少し照れくさそうに肩をすくめてはにかむ。

「な、なんだよニヤニヤして気持ち悪ぃ」

「えへへ……すいません。あの、バスとバスがすれ違う時に運転士同士が手を挙げるじゃないですか?

 あれ……かっこいいですよね。憧れだったんです」

 今日子は本当に嬉しそうにそう言った。

 今日子達が乗る教習車には前、横、後ろにデカデカと「教習車」と書かれた貼り紙がしてある。これは停留所で待っている乗客に自分の乗るバスだと勘違いさせないため。という理由もある。

 乗客が手を挙げて乗る意思を示しても、教習車が乗せるわけには行かない。当然素通りするわけだが、後々「バスに乗せてもらえなかった!」とクレームが入って来ることがあるため、それを未然に防ぐためにも貼って走行しなければならなかった。

 ただ、やはりかなり目立つのですれ違う先輩運転士達も「教習車」という貼り紙を目印にこちらを注視してくる。

 最初の頃は対向してくるバスを気にしている余裕も無く、気がついた時には軽く会釈するくらいだったが、つい昨日のこと。気恥ずかしい想いがありながらもおずおずと控え目に手を挙げてみると、ほとんどの先輩運転士が手を挙げ返してくれたのだ。

 これは今日子の勝手な思い込みなのだが、なんだか運転士として仲間入り出来たような気分になれたことと、憧れだった所作を自分もする立場になったことが嬉しく、その日帰ってからベッドの上でそのことを思い出しては「キャー」と言って枕を抱きしめ身悶えするという、人には見せられない行為にまで及んでしまう始末だった。

「……何を言い出すかと思えばお前は……挙手挨拶なんてこれから嫌になるほどするんだからそんなことでいちいち感動すんなよぉ」

 島崎は少し呆れた口調で返事をした……が、気持ちはわからないでもなかった。自分も新人運転士の時、似たような想いをしたからだ。

「い、いいじゃないですかぁ」

 今日子は島崎の残念な反応に唇を尖らせた。

「最近じゃ一部の行き過ぎたクレーマーから片手運転で危ないから挙手挨拶やめろ! だなんて言われて禁止にしてる会社もあるがなぁ……そもそもシフトチェンジの時だって機器の操作する時だって指差し呼称する時だって片手だろうが。俺達だって馬鹿じゃねぇ、手は挙げても視線は常に前だし、安全が確保出来ない限りは絶対に手なんか挙げねぇよ。

 おまけにあれは〝平常運行中、異常無し〟ってすれ違う運転士に知らせる意味合いもあるんだよ。

 挙手挨拶が原因で事故が発生したなんて事例もあるらしいが、それは違うって俺は思ってる。何か運転士の注意を逸らす別の要因があったんじゃないかってな。俺達はそんなことでヘマしねぇよ。

 ホント……つまらないことでまぁ、ぎすぎすした世の中になっちまったもんだ」

 島崎はこの件に関しては色々思うこともあるようだった。長年やってきた仲間同士の挨拶をやめろだなんて頭ごなしに言われたら、そりゃやりきれない気持ちにもなるだろうと今日子も思う。

 挙手挨拶を禁止に踏み切った会社側も、少しでもクレームの要因を減らしたい。危険因子があるのなら取り除いておきたいという考えからだろうというのも理解できる。

 あくまで一部の客だけの話ではあるが、この行き過ぎたクレームもまた運転士不足のひとつの要因となっていた。ただでさえ運転だけでも神経をすり減らしているというのに、そんな話を聞けば誰だってこの仕事を敬遠してしまう。

 ただ、この件がネットでかなりの反響を呼び、運転士に対して同情的な意見が多く寄せられたことだけは、せめてもの救いだったのかも知れない。

 禁止せざるを得なかった会社側の苦しい立場も、運転士の気持ちも理解出来ただけに、今日子は複雑な想いだった。楽しい話題を振ったつもりだったのに、車内が気まずい空気に包まれてしまう。

 その時、天の助けか前方から一台の〝しじみバス〟がやって来た。

 今日子は一瞬顔が綻んだのも束の間〝あのバス〟だったことを確認するや否や両肩をがっくりと落とした。

「あちゃー柴田かぁ……ま、まぁあまり期待は出来んと思うが試しに挙げてみるか?」

「は、はぃ……」

 今日子は俯き加減で小さく前方から来るバス対して、おずおずと手を挙げてみた。

「……」

 柴田のバスはまるで誰ともすれ違ってなどいないと言わんばかりの態度で手も挙げず、見向きもせず行ってしまった。

「教官……行ってしまわれました……」

 涙目の今日子が島崎に訴える。

「き、気にすんな! あいつは誰にでもそうなんだよ。ダハハ……あ、でもいいとこもあるんだぞ?

 口は悪いけどあいつの方が先輩なのに、俺の方が年上だし運転士歴トータルで見れば自分より大先輩だからって、立ててくれるとこもあるんだぞ?」

 思いもよらぬ情報がいきなり耳に入ってきたものだから先ほどのショックなどどこへやら。今日子はその話に食いついた。

「そ、そうなんですか?」

「あぁ、あいつは宍道湖交通一筋でもうキャリア二十年以上のベテランだ。俺はと言えば十五年前に都会のバス屋からの転職組でな。宍道湖交通だけで言えば柴田の方が先輩なんだよ」

 島崎から柴田の興味深い話を聞きながら今日子は先日の忘れられない出来事を思い出していた。



 ――入社三日目の朝――


 少し早く会社に着いたので、常松に言われたように始業前点検を十分以内に終わらせられるように練習しとこうと事務所から出たところだった。

 

「――!」


 今日子は自分の目を疑った。駐車場に教習車と同じ型の古いバスが停めてあったのだ。教習車以外にも〝あのバス〟があるなんて……様々な想いが甦ってきたが、それより先に体が動いた。

 走ってそのバスに近づき、正面で一度立ち止まった。教習車より手入れが行き届いている。錆びた所はパッと見一つもなかった。一度塗装し直してあるのだろうか? 新しいバスと変わらないくらい鮮やかな宍道湖ブルーに見える。小さい頃に見たあの時のバスと同じように……

「まさか……まさか……でも!」

 運転席の外側の角にグリスチューブ交換用の扉がある。見覚えのあるその小さな扉を今日子は迷わず開けた。扉の裏側を確認する。埃や煤が堆積していて良くわからない。

 持っていたハンカチで思い当たる箇所を強く擦った。はっきりとは見えなかったが、やがてうっすらと文字が浮かび上がって来た。


 不恰好だがドライバーで削られた〝それ〟は書いてあった。


 それを見た今日子は絶句する。


 2000・8/05 BUSMAN


 これだ……このバスだ。もう廃車になったかと思っていたのに生きていてくれた。生きていてくれたんだ――

 今日子はバスの真後ろに回りしゃがみ込んだ。汚れたハンカチで顔を覆い声を殺して号泣する。

 二十年……忘れようにも忘れられるわけがない〝あの日〟の光景が脳裏に甦る……


『アタシも大きくなったら絶対バスマンになるんだ。約束!』


 ――ひとしきり泣いた後、落ち着くのを待って教習車に向かった。鏡を見ると汚れたハンカチで顔を拭いたため真っ黒になっている。

 手が油で汚れた時のために、と用意しておいたアルコールのウエットティッシュを持ってきておいて良かった。急いで顔を拭き化粧を直す。

 もう机上教育の始まる時間だ。今日子は足早に事務所棟に戻った。


 

 ――あれから一週間――


 聞きたいこと、調べたいことは山ほどあったが、まだ入社したばかりだというのに自分から〝あのバス〟について根掘り葉掘り聞いて回るのも余りにも不自然だと思い、結局何も聞けないままだった。

 幸枝にすらまだ伝える気になれず何も話していない。

わかったことと言えば〝あのバス〟は柴田の担当車であり、もうずっと前から柴田以外は乗ったことが無いらしい。あの日はたまたま柴田が公休の日で、朝から駐車場に置いてあったようだった。


 3月も上旬にさしかかり桜より一足早く梅の花が咲き始め春の訪れを告げていた。

 その日は久しぶりに良く晴れ、教習の終わった今日子は茜色に染まる空を見ながら教習車の前側に寄りかかって物思いにふけっていた。

「なんだ。まだ帰ってなかったのか? 日が落ちる前に帰れるなんて見習いのうちだけだぞ? 今のうちに堪能しておけよ」

 白い歯を見せ、冗談めかして島崎が言った。

「ほれ」

「! わわわ」

 島崎が何やら今日子に向かって放り投げて来た。慌てて受け取ったそれは缶コーヒーだった。

「熱っ……ど、どうも」

 用意していた所を見ると随分前から自分の姿を確認していたのだろう。こういう見た目に似合わないとこ、敵わないなぁと今日子は思う。

「今日は一日中運転してたから疲れただろ? だけどまだまだこれからだぞ? 明日から少しずつやることを増やして行く」

 島崎も教習車に寄りかかりながら缶コーヒーをひと口飲んだ。今日子はその場にゆっくりしゃがんで両手で缶コーヒーを握りしめ暖をとる。

「望むところです」 

 しばし二人で夕焼けを眺める。いくらかの沈黙の後、先に口を開いたのは今日子だった。

「教官はどうしてバスの運転士になったんですか?」

 しゃがみながら顔だけ島崎の方へ向けて今日子は聞いた。

「俺か? ふむ……つまんねぇ話だぞ? 二十代半ばの頃な、最初はトラックの運転手をしていたんだ。

 大きな車に乗りたくて二十一になると同時に大型の免許を取った。その頃は色々仕事も覚えてきて、キツかったが一番仕事が楽しい時期だった。

 運転技術も俺より上手いヤツなんていない! って本気で思うくらい天狗になってた。

 ある日、仕事中に乗ってたトラックがオーバーヒートしちまった。冷却水漏れだった。始業前点検をサボったツケだった」

 ばつが悪そうに島崎は首をすくめて見せる。今では考えられない失態だなと今日子は思った。

「仕方ねぇから修理業者呼んでバスかなんかで帰ってこいって会社の指示だった。

 舌打ちして近くにあったバス停を見つけてバスを待った。こっちと違って都会はバスの本数が段違いだからな。バスはすぐにやってきた。あれが、俺と師匠の出会いだった」

「教官の師匠……ですか?」

 島崎は黙って頷いて話を続けた。

「最初は正直舐めてた。路線バスなんて大型トラックより一回り小さいし、走ったり止まったりチマチマ、チマチマ……こいつら一日中こんなことして何が楽しいんだ? ってな。

 だけど走ってるうちにその運転士の凄さに気づかされた。自分が大型車に乗ってるから余計にその凄さがわかった。

 ポケットにまっすぐ、二十センチを余して停車したり。渋滞の中、左は停車中のトラック右は信号待ちの乗用車、どう考えても無理だろって幅をすり抜けて行ったり…

 極めつけは乗り心地がとにかく良かった。発進も停車も右折も左折も、体が揺れることはほとんど無かった。しかもそれを車内マイクでアナウンスしながら平然とやってのけてたんだ。

 正直天狗になってた分、敗北感は半端じゃなかった。腹が立って、悔しくて情けなかったけど、降りる時に意を決して聞いたんだわ。どうしてそんなに運転が上手いんですか? って。

 そしたら師匠『興味があったらこのバスの○◯営業所に電話してみなさい。今ちょうど人を募集してるところだから』って言ってくれたんだ。

 それからはもう早かった。トラックの会社に頭下げて退職。二種を取りに試験場へ通った通った」

「いきなり試験場だったんですか?」

「あぁ、今は教習所で実技を教えてもらえるが、それは本当に最近になってからの話だ。昔は大型二種って言ったら一発試験一択だったんだ。難しかったぞ? 誰も教えてくれるヤツなんていないからな。

 本屋で買った教則本片手に落ちては復習して落ちては復習して……八回目でやっと受かった」

「……き、教官ですら八回」

「俺はお前と反対で学科で苦しんだ面もあるがな。ダハハ」

 今日子は今自分が運転士としてどれだけ恵まれた環境にいるか痛感していた。そりゃ柴田も「金を積めば取れる免許」と言いたくなるのも無理ないのかも知れない。

「免許が取れたらすぐ面接に行った。ちょうど募集してたこともあってすぐ採用してもらえた。

 次の日から俺の担当教官になったのが師匠だった。今思えば自分に教えさせてくれって会社に願い出てくれたのかも知れんな……そりゃ厳しかったぞ? あの頃はパワハラなんて言葉自体存在しない時代だったからな。一度教えてもらったことを間違えたら物差しでバシッ! だ」

 島崎は右手で左手を勢い良く叩いて見せた。激しい音がした瞬間思わず今日子は目を瞑る。

「けど、本当に感謝してんだ。あの時教えてもらったことは厳しかった分、今でも絶対忘れないからな」

「教官が教え子に厳しいのは、そういう経験があったからなんですね」

 今の島崎の原点を垣間見れた気がして、今日子は納得したと同時に嬉しかった。その師匠の弟子の弟子が自分であることが。

「そうこうしてるうちに俺も一人前になって、気が付けば十五年もの月日が経っちまってた。

 会社でも古株の一人に数えられるようになった頃、家族の事情で島根に移り住まなくちゃならんくなった。師匠はもう定年退職前だった」

 敢えて島崎は「家族の事情」と言った。深く聞いてはいけないような気がして今日子は何も聞かなかった。

「本当は退職する師匠をちゃんと送り出してやりたかったんだけどな……そうも行かなくてな。

 けど、代わりに約束させられたんだ」

「約束?」

「あぁ。師匠言うんだよ。これからお前が定年になるまでにまだまだ沢山のことが起こるだろうって。

 もしかしたら、事情があってこの仕事を辞めなければならない時が来るかも知れない……けど、どうかこの仕事を嫌いになって辞めることだけはしないでくれって」

 その師匠の言葉の真意がまだ推し量れず、今日子は黙って続きを待った。

「それは十五年間、この仕事に情熱を傾けてきたお前自身を否定するものだし、何よりそんな気持ちになってしまった運転士のバスに乗る乗客は気の毒だからってな」

 情熱……最後にそう言ってもらえるほど十五年間島崎は脇目も振らず頑張って来たのだろう。

「そんなん約束させられちまったら……どんなに辛くても辞められねぇじゃねぇか。そりゃあ数え切れないほど色んなことがあったけど、結局こんな歳になるまで辞めずに生き残っちまってる」

「破ることだって出来たのに、教官はずっとその約束を守って来られたんですね……」

「……島根に来てからもたまに手紙でやり取りしてたんだけどな? 昨年の冬。とうとう体壊して師匠逝っちまった。最後の最後に会うことも叶わず……師匠の定年の時も、人生最後の時も……お疲れ様でした! って、送り出してやることが出来なかった」

 思い出したのだろう。夕日に染まる島崎の瞼に涙が浮かんでいた。本当にお世話になった人、心から尊敬する人……大切な人との別れ。ちゃんとけじめをつけられなかった無念は痛いほど理解出来た。


 ――だけど――


「私も約束させてもらって……いいですか?」

 島崎は首をかしげる。すると今日子は立ち上がって言った。

「私も……いつか辞める時が来たとしても、この仕事を嫌いなったりしません」

 島崎はしばらくの間その言葉を噛み締めた。あぁ、最後の教え子がこいつで良かった。

「ば、馬っ鹿野郎! まだ本採用にもなって無いヒヨっ子が何生意気言ってんだ。そういう台詞はな、せめて俺のシゴキを耐え抜いてから言えってんだ!」

「……えへへ」 

「わ、笑ってんじゃねぇ! ようし……そう言ったからには明日から覚悟しとけよ? ビシバシ行くからな!」

 はにかむ今日子に涙の訳を覚られまいと、島崎は一層強がって見せた。不思議なヤツだ。入って十日ほどしか経って無いヤツにこんなに喋ってしまうなんて。けど悪い気分じゃあない。

「さっきも言いました。望むところです!」 

 暮れ行く空を見上げながら今日子は言った。入ったばかりの新人が図々しかったかも知れない。でも仕方なかった。素直な気持ちでそう思えたのは本当だったし、元より嫌いになどなれるはずがなかったのだから……


 冷たい風が頬を撫でる……不思議な縁で繋がった師匠と弟子が一番星を見つけたのはほとんど同時だった。

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