級友物語/昭和三十年くらいの少女小説
この『級友物語』は、昭和30年頃に、『女学生の友』に一年連載したもの。本はポプラ社から。
……しかし内容きついぞ。さすが戦後。
「松浦澄江さんのこと」
もの凄くお金に厳しい松浦澄江さん。クラスメートにお金を貸したら利子を取るほど。
そんな彼女はアパートの階下のおばーさんの手伝いで集金作業もやっている。
ある日ミシンの月賦用の金を借りた母子家庭のお金を病気だからと立て替えてやる。
母からはたしなめられるが、おばーさんから「良いことをした」とばかりに笑顔。
吝嗇家と言われる少女の一面。
「うそとばら」
戦争で両親を失った谷村祐子さんが毎日ばらを学校へ持ってくる。皆大騒ぎ。
それは過去英国大使館付海軍武官の祖父が作っているもの。
ただしこれは庭師として。大きな家の庭師として、かつて教わったばら作りの腕を生かしているのだ。
だけどつい見栄をはって自分の家の、と言ってしまう。実際はその屋敷の傍の小さな家に祖父母とこぢんまりと暮らしているのだ。
その後友達が来ると言って大慌て。
当日、家が英国人に貸す話があり、その話自体は事実だったので、今後は小さな家で、ということとなり、何とかつじつまがあうが、もう嘘はこれごりだと祐子さんは思う。
「わが母の悲しみ」
田上悠子さんは学校の「母の会」(PTAのことらしいが、どうやら「父母会」ですらなかったらしい)にでも、何でも学校行事にやってくるのは父。
母が洋裁店で夜働いて、父が売れない絵描きで、家のことを何でもやっているから。
だが父が事故に遭ったとき、悠子さんは両親の知り合いの案内で、母の本当の職業を知る。キャバレーのダンサーだったのだ。
ずっと娘に本当のことを言えなかった母を、悠子さんは責められない。
その後、父の絵が入選。タイトルは「無名画家の妻」。ダンサー姿の妻が疲れて椅子で休んでいる図。
「若い祖母の話」
不二子さんは夏休みに東北の祖母のところへ「アルバイト」に行く。
そこでアッパッパで迎えてくれた祖母の、高等女学校時代のロマンスを聞く。
少女雑誌のことだの、Sのことだの……
「そのころ、上級生や下級生の仲よくなるのをS(シスターの略)といっていたがね、わたしは、その人のSにもなれないで、ただかげながら好きだったんだよ。わたしなんかは村からかよってくる子で、どこかやぼだったんだろうね(略}
「秋の日はみじかいから、練習のおわるころは、すっかり校庭がくらくなって、秋の夕風がふくのに、長いあいだの練習で、からだは気持よく汗ばんで……じぶんのすきな美しい人と、テニスのおかげで、そうして放課後も長い時間いられるのだと思うと、しみじみそれが幸福だったね……」
「こけし人形」
村田ゆきえさんはある日からこけし人形を学校に持ってくるようになった。
数学のテストの時も机に出しておくので、さすがにその理由を先生から問われた。
それは朝鮮戦争の終わり際不景気で一家心中をした友人が彼女へ向けた手紙の上に乗せておいたものだった……
以下原文引用です。(ポプラ社刊・昭和31年初版/34年4版)
「清子さんの家は、戦後、鉄板の工場をやっておりましたが、それが朝鮮の戦争が終わったころから不景気になって、工場がつぶれてしまいました。
そのうえ、おとうさんは、借金がたくさんできていたそうでした。
清子さんは長女で、したに弟と妹が四人もいて、いちばん下は赤ちゃんでした。
そのころ、わたくしと清子さんは、来年中学にいっしょにあがるために、毎日いっしょに勉強していたのですが、ある日、清子さんは学校を休みました。
その翌朝、清子さんの家の戸がいつまでもあかないので、近所の人がはいってみると、おとうさんとおかあさんと、清子さんたちみんな、お正月のような着物を着て、まくらもとにお線香をたてて、一家心中をしていたのでした。
おとうさんの工場がつぶれ、借金がふえて、どうにもならなくなって、家じゅうの者とそんな悲しい自殺をされたのです……」
クラスの人はしんとしてきいていました。
そういう話はほんとによく新聞に出ていましたから、いまさらおどろきは しませんでしたが、それが、じぶんたちの仲間の村田さんのお友だちの家におこったということが、やはりみんなの感情をそそったのです。
菅先生も、なんにもおっしゃらず、おどろいたようにだまってきいていられました。
「清子さんの勉強机のうえに、こけし人形と書きおきがのっていたのです…… 『先生、みなさま。おとうさま、おかあさまといっしょに楽しい天国にまいります。けれども、わたくしはやっぱり学校へ行きたかったのです。でももう、おとうさま、おかあさまのおっしゃるとおりにします。みなさま、さようなら』……」
……この本の挿絵に赤インクで落書きがしてあったのが怖すぎたんですが。
「クラスの盗難」
クラスのお金と江藤さんのパーカーの万年筆が教室で盗まれる。
4000円。出産する先生への贈り物へと、一人百円ずつ徴収したものだった。
そこでクラス内では、「一番貧しいから」と、満州からの引き揚げ者である中島さんが疑われる。
だが江藤さんは彼女の普段の生活を知っているので疑わない。弟妹と一緒にそば屋に行っても自分は食べずにいるような子なのだ。
江藤さんは母に相談する。すると「あなたの管理が悪かったのだから」とクラスメートを疑うことはせず、お金を出してくれる。
その後本当の泥棒が見つかり、嫌な噂も無くなった。
***
時期的に吉屋信子の最後の少女小説なんですが、昔の面影があるのが、あくまで「おばあさんの昔話」ということがまず何というか切ないですねえ。
おばあさん、だから夢は夢で、ちゃんと結婚して孫がいる、という現実がベースにあるし。
好きだった先輩、とかもエスも、あくまで遠い昔のこと、ということで。
それで現実の少女達は、と言えば、それどこじゃあなく。
吝嗇家・両親を戦争で亡くす・嘘つき・母がダンサー・不況で一家心中・満州からの引き揚げ者・盗難……
何というか、もう実に寒々しく毒々しい程に現実的。いやその現実をさらにパワーアップという感じで。
と同時に、当時のステレオタイプの考え方が出てるんですよね。
*「母の会」というあたりに、学校にやってくる保護者イコール母親、という図式。まあ父母会、とか父兄会、という言い方は結構その後も長かったですがね。
*満州からの引き揚げ者「だから」盗難犯人と疑われるということ。「貧しいから」でもよし。
*朝鮮戦争で景気は良くなったとしても、戦争が終わるにつれ、不況とそのしわ寄せが来たこと、そして「一家心中」というパタン。
別冊マーガレットでも、木内千鶴子がこういう類の話、良く描いてたこと思い出しますよ。
何かいつも「木内枠」みたいのがあって、そこで社会問題絡めた話が、ボンド遊び・競馬で持ち崩した父を諫めるための入水・お嬢さんのフリした詐欺・赤ちゃん取り違え等々……
吉屋信子のこの話は、ワタシが読んだ別冊マーガレットと15年くらい差がありますが、相当つながるものが。
ということは、やっぱり吉屋信子のドラマってのは、少女マンガやその流れの中に組み込まれていくものなんかなあ、と。
しかしホントにあの赤インクの落書きは怖かったわ。
頼むよ怖い絵をさらに怖くしないでくれい。
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