吉屋信子の戦前長編小説について(3)昭和5年から支那事変までの作品~暴風雨(あらし)の薔薇

 え~

 吉屋信子はですね、主婦之友社とは、昭和2年に原稿持ち込んで「空の彼方へ」という話でデビューして以来、18年までずーっと連載やってます。

 小説は大概映画化されてます。(大概改変されてしまいますが)

 ルポも書いてます。それこそ海外特派員してます。対談やら座談会とかもう。

 だから「スター作家」だったんですね。


 んで、その最初の印税もってシベリア鉄道経由、欧州に1年ほど滞在、んでもって米国経由で帰るという。パートナーの千代さんにも文部省嘱託~という肩書きつけて仲良く出かけるわけですわ。

 その間に組み立てた話どす。

 彼女は基本、ヒロインを結婚させたくなかったようですが、ここからは。


 この時のヒロインに吉屋信子はずいぶん惚れ込んでたやうです。

 まず人間関係。澪子さんがヒロインね。


https://plaza.rakuten.co.jp/edogawab/diary/201806030000/


 そんでヒロインの行動を中心にした話の流れ。


 ええ、無論当時の読者さま達からは絶賛されたんですが。「お友達との友情をお取りになるなんて……」と。

 だがしかしワタシの目は濁っておりますので、

「男を見る目がない女が間違えた結婚して子供を死なせてしまって体壊してアバンチュールして最終的には頼まれた仕事も放って自己完結する」

話とつい言いたくなるんですがw


****


以降、凄く昔に書いた文章版あらすじ。

過去の自分、だらだらしすぎだ。


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暴風雨の薔薇


あらすじ


 仲の良い少女達がいた。


 一人は伊吹澪子。高等女学校4年で、学校では「白薔薇の君」と呼ばれる、美しく頭も良い、ソプラノの声を持つ少女だった。もう一人は、宝木不二子。北海道の実業家の娘で、学校では澪子と一番仲の良いアルトの声の友達だった。


 仲は良いが、境遇は全く違っていた。


 澪子は母を早く亡くし、現在は父と兄、そして兄嫁との4人暮らしである。優しく、兄は中学校の教師をしており、妹の澪子には優しいが、母親が違う。彼女は後妻の子だった。父は持病の中風で寝込んでいる状態である。彼女は卒業後、高等師範へ進むことにしている。本当は上野の音楽学校(現在の芸大音楽科)に行きたい。教師にも、音楽の才能を認められているくらいである。だが、経済的なことを考えると、そうそう兄の世話になっているのは心苦しい。


 一方不二子は、北海道札幌の、大きな木材店を持ち、漁業会社の重役もしている宝木氏の長女である。兄が大学に入るついでら、と彼女も東京の女学校に入学したのである。父母とも揃い、兄妹も多く、経済的にも何の苦労もない彼女は、非常に素直で屈託なく、「いつまでもお嫁にないて行かないで、澪子さんと一生遊んでいたい」と簡単に言うような娘だった。



 5年の夏。音楽会に誘われ、澪子は不二子と、不二子の兄の一郎と一緒に日本青年館へ行く。一郎の友達は、澪子を見て「やけに成熟して魅力的」と評する。一郎もまた、「将来気をつけないと異性に騒がれて困るだろう」と評する。


 卒業の季節。その少し前、澪子の父が亡くなった。澪子はお茶の水の師範学校に合格する。不二子は故郷の北海道へ帰ることとなる。兄もまた大学を卒業するので、宝木家が子ども二人のために借りている家も用がなくなるのだという。もともと兄のついでで東京に出してもらっていた不二子である。両親はそれ以上学校へやる気はなかった。


 澪子は高等師範の生活に入った。兄が郊外に小さな家を建てて、通うには遠くなったので、寄宿舎暮らしである。そんな折、北海道の不二子から「名前の変わった」手紙が来る。両親に勧められて結婚し、「伴」不二子となったという。特に近い係累も少なく、良人と二人暮らしだという。澪子は、就職したら、最初の給料で何か贈り物をする、と約束する。


 そんなある日。美しい彼女に目をつける青年もあるようで、手紙が寄宿舎にくる。特に彼女に何か非がある訳でもないのに、「気をつけて下さい」とお説教をされてしまう。当の澪子は、一刻も早く独立したいので、そういったことに頭を働かせる余裕はなかった。


 やがて4年があっという間に去り、23才の春(数えか?)高等師範を卒業する。その間に北海道の不二子からは子どもができた、という報告の手紙もくる。


 彼女は栃木県の鹿島の県立高女へと赴任する。


 多少「地方に適する良妻賢母教育」という校長の方針には首をひねりつつも、下宿も決められる。翌日、始業式の日、彼女と同じく新しく赴任する美術の教師が遅刻してきた。彼は30くらいの神経質そうな眉と目の迫った男で高島賢二といった。伸ばしっぱなしの髪の毛をしている。校長はきちんとしろ、とやんわりと言う。その彼の新任の挨拶がまた、「林檎が三角に見えたら三角に描けばいい」と、奇抜なものだったので、生徒はどよめき、笑う。一方、澪子はごく真面目に挨拶をする。若い美しい女の先生を、生徒たちはまぶしく見る。


 最初の給料が出る。約束通り、不二子に何か贈り物を…と銀座へ出たら、高島賢二に出会った。彼の勧めでヨーロッパ名画の複製版画を額に入れて送ることにする。どうも彼はブルジョア階級に対しては反感と妬みを持っているような口ぶりではある。だが、選ぶときの彼のちょっとした絵の知識だの、冗談だのから、二人の間は近づいていく。


 それからというもの、彼は彼女に接近してくるようだった。もちろん、職員室ではそういうことはないが、夏休み、郊外の兄の家へ、賢二からの葉書が届き、その中には、荒削りな、生々しい男の恋心が感じられた。その芸術家肌の男の熱情に、澪子は自分の身内の「女」を引き出されてしまったかのようだった。そして恋愛が始まる。夏、その後、とうとう澪子は彼の滞在している房州の海岸を訪ねてしまったのだ。…まあ尤も、それ以上のことはないが。


 新学期が始まってからも、月に一度か二度、わざわざ上京して落ち合って「あいびき」するようになっていた。


 そして、とうとう賢二から結婚の話が持ち出される。自分はすっぱりと教師はやめ、絵の道に打ち込みたい。友人が童話編集をする関係で、挿し絵の仕事など回してもらえそうだ…だから、と。


 澪子もまた、自分は働ける職を持っているから、相手を絵の仕事にひたれる生活に入れてあげられる、と考えて、結婚を決意する。


 彼はここの校長とそりが合わなかった。と、いうのも、「絵」に関して、校長はあくまで「教養」としての日本画だのが良い、とし、彼は彼で、写生本位の授業をしている。校長の考えは当時としてはごく当たり前のものだったが、「芸術」を愛している賢二にはたまらないものがあったのだろう。加えて彼は自我が強く、かなりわがままな性格だった。


 兄は一応承知し、賢二に会ってみたが、多少の不安は感じた。


 澪子は結婚し、二人して上京した。県立の女学校よりは俸給は少なかったが、東京の私立女学校へと転勤した。郊外の小さなアトリエを借りて、の生活だった。結婚後、賢二は自分の一人称が「僕」から「俺」に変化し、言葉つかいもぞんざいになった。澪子はその人称だけは直してもらおうと思う。


 結婚したことを北海道の不二子に手紙で知らせると、不二子はすさまじく楽観的な甘い生活を想像して返事に書いてよこした。実際は甘いものではない。宵っぱりの賢二は朝の食卓を澪子と迎えることはない。仕事にでかけて、家では家で何かと物を言いつける賢二の世話に、へんに忙しく、澪子は自分の時間をゆったりと持つことができなくなってしまった。


 不二子から結婚のお祝い品がくるが、それを見て「銀だからあとで金になるからいい」としゃあしゃあと言う賢二に失望する。些細なことにまで我を張る彼に逆らうのも馬鹿らしく、一応不二子には良人も喜んでいる、と書き送る。


 家計も大変だった。一人暮らしの頃と違って、自分一人の給料で、二人分の生活をしなくてはならないのである。賢二にはよく来客がある。だが澪子はその賢二の友人たちが好きではない。素面の時はともかく、酒が入ると、真面目に学業一本に暮らしてきた彼女には、絶え難い卑猥な会話が現れる。来客のご馳走の費用も家計にはこたえる。絵の具代よりも、遊興飲食代の方がはるかに多かった。澪子が注意しても、賢二は変わらない。挿し絵の仕事も、ちょっとばかりしても、すぐに呑んで使ってしまう。


 そういう生活をしていると、彼が自分を愛していた、というのも、精神的にではなくあくまで肉体的に、男性の本能で愛されていたのではないかという考えが、時折澪子を襲うようになる。


 だが、いくらそれが青春の熱情がもたらした過ちだとしても、それが運命だから受け入れよう、と決意をする。彼女は妊娠していた。


 ところが、その話を切り出すと、「また子どもか」と不審な言葉を彼は吐く。不安が澪子を襲う。


 結婚一年の夏休み。賢二は再び房州で二科展用に絵を描く、と行ってでかけだ。何やらほっとした心もちで澪子はそれまで溜めがちにしていた家事をくるくるとこなす。そんなおり、聞き覚えのない人から手紙がくる。転送してやるが、その4,5日後、「信州からきた」と老人がやってくる。貧しい老人は、娘がかつて賢二に手をつけられて、子どもがいる、という。澪子は驚く。そしてしばらくは養育費も貰っていたが、しばらく滞っていて、しかもその子どもの母親は、最近亡くなってしまった。せめて子どもだけでも立派に育てようと思い、息子夫婦と一緒に育てていたが、息子が病気で足腰たたず、畑仕事ができなくて、生活にも事欠く始末…せめて少しの養育費だけでも、とようやく旅費を工面してやってきたのだという。


 澪子は失望しながらも、老人には同情して、良人の所へ行くつもりだった旅費と、その時に持っていくつもりだった食料品の包みを老人に持たせてやる。その旅費は、賢二がかつて送っていた「養育費」の3~4カ月分にあたる。一か月分なんて、彼が一晩カフェで呑めば、すっ飛んでいくような金額だった。老人は澪子に感謝して帰る。そのことは彼には言わない。


 そして二科展出品-落選。二人して落ち込む。


 だが冬。澪子は出産した。その直前、老人の件を持ち出し、「私の子には冷淡でもいいけど、もう一人の子どもには冷淡ではいけない」と言うと、いつもの通り、高圧的な振る舞いになる。澪子は黙って唇をかみしめるだけだった。うまれた子どもは「子ども」と名付けられる。だが、出産休暇の後は、子どものいない兄夫婦のところに平日は預けて、週末にだけ家へ連れて帰るのだった。兄嫁は、子どもがなく、淋しい。彼女はもともと澪子に好意的だから、子どもの世話も、本当の母親のように一生懸命だった。


 ある日、種痘を受けさせにいく。元気な赤ん坊に、医師も「発育がいい」とほめる。腕に普通はやる種痘ではあるが、澪子は「成長してから見栄えが悪いと可哀そう」と気遣いをし、医師に脚かももにしてくれ、と頼む。帰りにごほうびに、と金魚を買う。その金魚鉢の水が揺れた時に種痘のあとの包帯にかかった。帰ってからすぐに包帯はかえたが、少々心配にはなる。種痘の痛みで泣いても、金魚をみると子どもはすぐに泣きやむ。そしてまた平日で、子どもは家にいず、金魚だけが残る。澪子は金魚をみると切ない。


 だが、その金曜日、兄と兄嫁が慌てて彼女を迎えに来る。子どもが病気だという。机の上にメモを置いて、彼女はすぐに二人とでかける。種痘の影響だとは思われるが、理由が判らないという。金魚の水のことは言ったが、それが原因とも言いきれない、という。不安なまま、夜はふける。そして夜中についに、子どもは亡くなったのだ。その直後、やっと賢二はやってくる。さすがに穏健な兄も、鋭く賢二を責める。


 子どもを葬って、翌日から学校へでかける。「父の野心が遂げられぬ不満な生活の中に生まれ、犠牲になった子は、家の固めの人柱だったのかもしれない」と澪子は兄嫁にもらす。金魚は川へ放った。子どもの道具は、全て片づけてしまった。…と、そのかたづけている時に、以前不二子からもらった銀の食器がなくなっているのに気付く。賢二に訊ねると「売ってしまった」という。「心をこめて送ってくれた記念品を」と怒る澪子に、「いったん貰ったからにはこっちに所有権があるんだ」と賢二。さすがに澪子も泣き出す。


 とにかくうっとうしい生活である。「仏蘭西にいきたいな」ともらす賢二に、澪子はとうとう、「いらっしゃるといいわ」と言う。その間に自分は自分自身と家を立て直すから、と。


 ところが資金がない。画会をやって金を集めよう、ということになる。そして不二子にも…そういうことで頼むのはいやだったが、招待状を出す。


 と、それと入れ違いに、たまたま用事があって上京していた北海道の伴氏が来る。そして、彼が賢二のスポンサーとなってくれることになる。


 7月に賢二は渡仏した。


 賢二が渡仏した直後、澪子はやれやれ、という気持ちからか、倒れてしまう。彼女は、良人と離れる淋しさよりも、解放感ばかりがある自分に悲しかった。医者はやや強度の神経衰弱だという。この際、夏休みを北海道の不二子のところで療養することに決める。もともと誘われていたのだ。


 不二子とは7年ぶりの再会だった。不二子は相変わらず、澪子が幸せな結婚生活をしていたということを疑いもせず信じている。手紙一つ出さなかったのも、「楽しくて夢中で」あったため、と思いこんでいるのである。いくら澪子が訂正しようとしても、根が天真爛漫な不二子は聞き入れない。


 不二子の良人、伴守彦は、貴公子然とした紳士だった。目の優しく、額の広い、貴族的に美しい青年だった。またその美男の父親に似た長男の晃一は可愛い可愛い上品な男の子だった。美しい「ママの友達」に晃一はなつく。


 フォードを乗り回し、英国風のどっしりした洋館に暮らし、執事や女中何人かを使い、応接間にはピアノ、チェニーの蓄音機、マントルピースの上にはマジョリカ焼きの壷…といったように、豪華な生活だった。


 風呂も広く、設備も調っているし、食事も豪華。野菜や果物の豊富な農場生活。澪子はしみじみ羨ましかった。その夜は澪子は不二子と語り明かす。そして子どもの死のことも始めて告げる。だが、「私に似た女の子なら、きっと私のような不幸せな女になるから、早く亡くなって幸福だったかもしれない」と言う言葉には不二子は全く訳が判らないのだ。


 そして疲れからか、また澪子は寝込んでしまう。医者は、とにかく休めという。ものわずらうことなく、ぶらぶらと遊んで暮らせ、と。その自分の手当のてめにも、わざわざ医者を連れてきてくれる不二子の良人の優しさ、甘える晃一だの、平和でのどかな農村の生活がやはり羨ましく、自分の境遇をつい比べてしまい、悲しくなるのだった。


 そしてまた、守彦が結婚するまで童貞を守っていたということが、結婚前既に子供を産ませていた良人と引き比べると、その紳士ぶりに感心せずにいられなかった。


 不二子と守彦は、澪子に対して、夏休み後もしばらく北海道にいられないものだろうか、と頼む。休職扱いでしばらく居ることはできるのだが、と彼女も心動かされる。


 そんな折、農村で事件が起こる。農夫の一人の子供が貯水池に落ちたのだ。呼んでこられた守彦は、設備の不備は自分のせいだ、と農夫の妻にあやまる。彼女は亭主をなくして、一家をささえる大黒柱だった。忙しくて子供を構う余裕もなく、その日も子供をおいて働きに出なくてはならなかった。だが寂しがってついてくる子供。たまたまその時、貯水池の蓋が開いていた。…それが悲劇だった。


 それ以来守彦は沈んだ。不二子や晃一のなぐさめも聞かない。不二子は「あなたのいうことなら聞くから」と澪子に頼む。


 なぐさめに行った澪子。そしてそこでまだ見ぬうちから彼女に思いわかけていたことを彼は告白する。驚く澪子。彼女は帰京を思いとどまり、その代わり、託児所を作って、そこの仕事をさせてくれ、と頼む。もちろん彼は賛成する。彼は自分の心の悩みを完全に理解し、励ましてくれる同伴者が欲しかったのだ。だが澪子は、そんな彼にあくまで、「高島の妻の澪子」として、「友人不二子の良人である伴守彦」を手伝うのだ、と双方の立場を自覚させ、改めて誓うのだった。


 託児所を作り、そこで保母になって働く、という澪子に、不二子は「長く居てくれる」ことには嬉しがる。だが、保母になって、ということにはさほど興味もわかないらしい。彼女はもともとそういったことには興味は湧かない人で、自分と家庭が平和ならそれ以上は望まないひとだった。だが澪子が言うことは正しいことだ、ということで、彼女も託児所ができたあかつきには、澪子の助手として手伝うことを約束する。


 北海道に冬がやってきた。

 澪子はまめに編み物などしている。自分の衣服は多くないし、冬まで居るつもりはなかったから、大した支度はしていない。コートがくるまではせめてショールでも、と。それを見て守彦は澪子の冬の衣装のことを本気で心配する。不二子も、自分に似合わない黒のコートを彼女にすすめる。着てみると、それが実に良く似合うので、守彦は、それによく似合う銀狐の毛皮の襟巻をクリスマスにプレゼントさせてくれ、と頼む。そしてその代わり、自分には何か編んでくれ、と。

 澪子は「晃ちゃんのと一緒に」引き受ける。


 守彦が札幌に買い物にでかけて留守の日、澪子はその食卓に一人欠けていることに無性に淋しさを感じる。彼女は自分が良人のことはまるで忘れて、守彦に惹かれていることは気付いていた。そしてそれに恐怖していた。


 その日の昼頃、不二子が託児所関係の書類が何処にあるか判らない、と困っていた。だいたいの予想はついていた澪子は、守彦の書斎で書類を探す。と、その時、彼女は見てしまった。設計の下書きに書き散らした澪子の名、思いを秘めた和歌…

 苦しい思いのまま、書類を手に彼女は書斎を出る。

 帰ってきた守彦。銀狐の襟巻は注文してきたという。そして自分への毛糸の襟巻はクリスマスの後、みんなでスキーをするときまでにくれないか、と珍しく催促する。


 そしてクリスマスイヴ。託児所開きの前日でもあった。クリスマス関係の支度で皆忙しい。そんな中、帯広の叔母・お浪がやってきた。彼女はあいかわらず若夫婦のやり方には不満である。そして澪子を観察するように見た。守彦は託児所主任である澪子を連れ出して飾り付けの手伝いに向かった。


 後には叔母と不二子が残される。お浪は不二子に、澪子に守彦を取られないよう気をつけろ、と忠告する。不二子は大事な友達をそんなふうに言うのは腹が立つ、と断固として取り合わない。そこへ例の銀狐の襟巻が届く。それを見て更にお浪は不審に思う。そして託児所の方を見に行く。


 託児所の方では、クリスマスツリーも届けられ、お祝いの準備も上手く運んでいた。人夫もかつてあの亡くなった子供の母親だった女小使も家に帰り、二人だけが残された。澪子はその女小使の、子供を亡くしても姑を養い操を守って働く姿に、愛欲に悩んで断ち切れない自分が恥ずかしくなる。


 どうしたのだ、と問う守彦にとうとう彼女は言ってしまう。「人妻の身でほかの方を思うのを恥じないでしられましょうか」それを聞くと守彦は彼女を抱きしめ、また澪子も抵抗する気も失せた。重なる唇。だが、それを見ている目があった。叔母のお浪である。


 お浪は驚いて家へ戻り、不二子に事の次第を告げる。だが不二子はその時にわかに二つ三つ年をとったかのようにしっかりした態度をとり、「ここは私に任せて下さい」と叔母を帰す。そしてその時始めて彼女は澪子の結婚が不幸なものであったことに気がついたのだった。


 澪子は自分のしていることに気がつくと、慌てて身を離し、別室に逃げる。そして用事があってやってきた下僕について家へ戻る。不二子は何も無かったような顔で澪子を出迎える。澪子は明日の賛美歌を弾くのに間違っては、とピアノに向かう。と、その時、譜本の上にあった楽譜が落ちた。彼女達がまだ学生の頃、よく好きで合唱した曲だった。


 歌ううち、澪子の目から涙がはらはらと流れる。かつては汚れも罪も知らぬ処女だったのに、と。それを聞いて不二子は、あのころ貴女は優しいお姉様のようで、自分はそれに甘えてばかりだった、でも今、貴女は自分を仲良しの妹のように思ってくれるか、と言う。澪子は泣きながら言う。「いとしいいとしい天なも地にもただ一人のお友達の優しいあなたを、もしも裏切るような私になったら死ぬ」と。


 泣きやみ、少し頭痛がする、と部屋へ引く澪子。しばらくして、彼女は追い立てられるかのように慌ただしく手紙を書く。そして編みかけの襟巻の上にそれを置くと、「急用で」と馬橇屋の老人に頼んで駅まで出してもらう。その途中、晃一にすれちがう。別れの言葉を投げる澪子。晃一は驚いて、母親にそのことを話す。慌てて澪子の部屋を見ると、手紙が残されている。その時帰ってきた守彦と、その手紙を読み、せめてもう一度会いたい、と不二子は飛び出す。手には黒いコートと銀狐の襟巻を持って。


 駅では列車が出るところだった。雪まみれになりながら、澪子の名を呼び、不二子は彼女をさがす。ようやく見つけた彼女は手をさしのべる。そしてせめてこれだけでも、とコートと襟巻を差し出すが、コートは受け取られたものの、襟巻は車窓に落ちた。

 行ってしまった列車を見送っていた不二子は、力も気も失せたようによろよろと倒れ掛かる。それを守彦はしっかりと受けとめた。二人はいつまでも動かなかった。


******


ということでつづく。

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