吉屋信子の戦前長編小説について(34)長編のキャラとか構成というあたりから見て(6)筋としての一つの型の完成か「空の彼方へ」

​​ さて「空の彼方へ」は二度目の説明になるんすけど。

 ここでは理由ではなく形としての完成のはなし。

 こっちのほうが論文書いたの先だったからね。


 で、この作品に関しては、いつ脱稿したのかはっきりしないのだわ。

 書き始めは「薔薇の冠」と並行した大正十三年だったとしても、『主婦之友』社長石川武美に送付するのは大正十五年十一月。


 さきの「地の果まで」「海の極みまで」に続く三部作のつもりで「空の彼方へ」を新聞小説の形で執筆したが、適当な発表の舞台がないまま、年末、未知の石川武美(主婦之友社長)に宛て郵送した。



>「空の彼方へ」の原稿を正月休みに読了した石川武美からの来書で、一月十二日主婦之友社を訪れて初めて面接。「誕生日に嬉しいプレゼント」としている。ただちに雑誌連載の形に改め、四月より「主婦之友」に連載。

吉屋千代編「年譜」(『吉屋信子全集 十二巻』朝日新聞社 1975 p553) 



 なので、『黒薔薇』「失楽の人々」の期間を経ていること、新聞連載から雑誌連載用への書き改めと、充分な推敲の時間があったということだな。


 あらすじは前回を参照していただくとして。

 この作品の中の、後にもよく出てくるものをあげてみると。


・性格の違う三姉妹

→「三聯花」「女の友情」「貝殻と花」(戦後作品)といった三人娘ものにもつながっていく。

・三角関係の処理

→菊池寛作品に多く見られる“女同士の争い”が吉屋作品では全く起こらない。

 必ず初子に代表される“清らかな”片方が最終的には身を引くのである。

・“清らかな”未婚のヒロイン

→結婚しない方向へ誘導

・現代的で貞操観念が弱い女性が配置

→清らかなヒロインに教育される人物としても活用

・関東大震災(天災)のダイナミックな活用

→ヒロインの自己犠牲や、死の自然さが強調。

 大きすぎる災害の前に、小さなトラブルは全て解消される。

 跡地に残ったヒロインの形見をつけることによって、神への信仰を身につける者として教育されるのもその一貫。ヒロインの死=永遠の処女として皆の記憶に残ることで、大団円がやってくる。

・男性嫌悪

→「男性全般」として嫌悪すべき性質を“我が儘なお坊ちゃん”という属性にすりかえる。


 それでも「清らかなヒロイン」に対し、門馬千代はこう発言したという。



>「信子さんは、女の人を心身共に処女のままにおいておきたいと願っているものだから、小説のなかでも、男の人とかかわらせまいとしいる。でもそれでは、いつまでたっても大人の心をつかむ小説は書けないわ。公私混同は小説家として御法度よ」



 つまり、それでも未だこの時点の吉屋は、自らの愛する“清らかな”ヒロインを男と結婚させることができない。男性拒否の姿勢により、魅力的な男性キャラクターを創造することもできない。


 で、この後、吉屋は門馬と共に洋行し、家を離れ、未知の世界を見聞し、欧米の新しい空気を吸って帰って来るわけだ。

 帰朝第一作の長編が「暴風雨の薔薇」で、一応自由恋愛で結婚するが…… の悲劇のヒロインを描いている。

(もっとも単に男を見る目がなくて、仕事というものを甘く見ている女性の話と言えば身もふたも無いんだけど)


 ともかくそこから、吉屋の戦前期黄金時代が始まる。

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