屋根裏の二処女①あらすじ・その2
続きです。二人が決定的にくっつくまで。
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「第三篇」
ある日、秋津さんが林檎の箱を運ぶのを手伝ってほしいと章子に頼む。彼女は喜んで手伝う。
なかなか持ち上がらない箱に二人が吐息していると、秋津さんの知り合いの工藤さんが通りかかる。工藤さんは女離れのした清楚できりっとした風采のひとであ る。そして三人して林檎の箱を運び上げる。が、今度はその箱が開かない。途中で秋津さんはあきらめてしまう。が、工藤さんはあきらめない。章子もそれに付 き合う。とうとう箱は開き、林檎は彼女たちの手に渡る。
秋津さんにも、と部屋に入っていくと、彼女は籐椅子の上に眠っている。林檎を剥き始めるとその香りで彼女は目を覚ます。
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>秋津さんが起きあがつた、柔らかな毛が額の上にかゝつてゐた――白昼の夢からまださめ切らないやうなうつら心地で澄んだ眼が優しく潤んでゐた。――若い娘の寝覚めの面ざしのえも言はれぬ美しさを章子は知つた――
*
それからたびたび章子と秋津さんは顔を合わせるようになる。浴室では使い方の判らない彼女を助けてくれる。髪を何処で乾かせばよいのかと思っていると露台(バルコニー)へ行こうと誘ってくれる。
月の光の下、章子はその美しい秋津さんとずっとこうしていれたらよいのに、と思う。
また、あるとき、洗面場で歯楊子(はぶらし)を落としてしまい、愛着はあるけれどもう落としてしまったものだから使えない、と思っていた矢先、靴のクリー ムを塗るのにいいから頂戴、という人がいる。それが嫌で章子は歯楊子を溝口の穴へと水で流してしまう。その真意が判ったのか、秋津さんはそれを手伝ってくれる。
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>章子がふとしたはずみで自分の歯楊子をコンクリートの床にあやまつて落した――その歯楊子はかなりの間使つてなじみとなつた象牙まがひの柄に歯形にそつた白の柔らかい絹のやうな刷毛をつけたもので――口ざはりの優しい可愛い品で、章子の好きな持ちものゝ一つになつてゐた――それゆゑいまかうして床の上に落ちてしまつた葉楊子を見ると別れがたく悲しくなつた――といつても、皆のスリッパで踏むところ――そこへ落ちた品ゆゑ、ふたゝび口もとへ戻して使ふことは出来ぬ――
(……)
声をかけた人の真意が始めてわかると――章子はたゞゆゑもなくくわつと気が高ぶつた。自分の口の中を長い間入つて掃除してくれた可愛い楊子を――今までまつたく見も知らなかつた人の靴にクリームを塗る奴隷の勉めなぞにどうしてやれようぞ――そんな人の手に与へるくらゐなら、とてものこと瑞で流してあの床の隅の溝口の穴へ葬つてやつた方が、どれほど気持のよい幸福だらうと思ひついた、洗面台の上のタオル掛の棒には二三本の赤コム管がさげてあつた、その一本を取つて木の栓口にさしこんで、章子は管の口をコンクリートの上の哀れな落ちた楊子の上に向けた、ざ――と瑞はほとばしり出て楊子を少しづゝおし流した、しかし一本の管口の水の勢ひでは、あの片隅の穴へ楊子を入れるには少し時間がかゝるやうだつたが、なにしろもう、たまらなく人手に渡したくない気もちが一杯で手先を顫はせなが夢中で水を注いでゐた――あの自分の靴を光らせるために人の落とした楊子を望んだ人は傍らに立つてこの章子のものに狂うたやうな様子をなんと思つて見てゐるか――しかし、そんなことはどうでもよかつた――そのときその人が更にしつこく楊子を欲しがつたなら、その勢ひで章子はいきなりゴムの水管の口をその無礼な人間の顔へ向けてさつと水を打ちつけたかもしれない――
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そうやって秋津さんへの思いはつのっていく。
教会に日曜ごとに行く習慣はあるので、彼女は近い教会に通っていた。寄宿舎の人々はたいてい行くようなのに、秋津さんは行かない。章子は驚く。
章子はかつては宗教を信じもした。だが、現実のあまりに目的のない「広野の空漠」が開かれていることに気付くと、その信仰心は次第にあせていった。
日曜の夜は、応接室に集まって祈祷会が行われる。うろたえながらやっとのことで外国夫人たちとの会話をする章子は、そこでは喜劇役者だった。秋津さんはそ の様子に興味なさそうな顔で沈んでいる。冬の始めの祈祷会で、章子は、焦りながら言う「私は神様の姿を確かに目の前に見たらすぐに信じる」。人々は笑う。 だが、それは章子のほんとうの願望だった。
賛美歌を感きわまって歌う信者の人々。だが秋津さんは堅く唇を閉じて、歌わない。その姿を章子は美しいと思う。
秋津さんは部屋に帰った章子を追って来た。「あなたは何て純な正直な方なんでしょう」
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ハブラシを流してしまったら詰まりの原因だと思うんですが、まあそういうこと考えないのがそのあたり。もしくは当時の排水溝はずいぶん広くて詰まらないのかもしれない、と考えるあたりあかんて。
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