際どい接触事故が起こっちゃいました
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足早に二階に上がって行った亜貴を見送って、刻は店内を一人散策し始めた。二階は確かコミックコーナーだったはずだ。
(あいつどんな漫画読むんだ?)
大いに気になったが。刻の足は心理系の書籍のコーナーの方に向かっていた。女心何ちゃらかんちゃらというような本が何冊も並んでいた。足が止まる。何冊かの背表紙上を視線が行ったり来たりした。一冊の本に手を伸ばす。その長い指が背表紙に触れるか触れないかでその手は止まり、忌々しげな舌打ちと共に引っ込められた。くるりと向きを変え、趣味のコーナーに向かって歩き出す。バイクの本を手にとり開く。いずれ大型二輪免許をとって一人で日本を回ってみたいと思っている刻は時間を忘れて熱心に何冊かを読み漁った。次に弓道の本を手に取った。一字一字食い入るように読みふける。
ふと我に返って携帯を開くと40分以上経っていた。しまったと思って辺りを見回す。目当ての女子を見つけて刻は少しホッとしてそちらに向かう。
亜貴は鞄を足元に置いて脇に何冊かの本を抱えて一冊の雑誌を読んでいた。その亜貴の背後にそろりと近づいて上から覗き込むと猫の写真がたくさん載っていた。思わずくすりと笑うと、
「ひゃっ」
と亜貴が声をあげ、背後を振り返った。
「!」
バサリと音がして、亜貴が手にしていた雑誌を落としたのが見えた。刻は何が起こったのか理解できずに自分の唇の下辺りに手をやる。何か柔らかい感触が残っている。亜貴が慌てたように後ろに一歩下がった。亜貴の顔がみるみる赤く染まっていく。そんな亜貴の反応に、刻も事を理解して、頬がかぁと熱くなった。
「わ、私、トイレに行ってくる」
置いていた鞄も落ちた本と雑誌もそのままに亜貴は早足でその場から去った。残された刻は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「あ~~~」
亜貴が落とした猫の雑誌と少女漫画、そしてダイエットの本が刻の視界に入った。考えていた以上に女の子らしいその本の趣味に刻は罪悪感でいっぱいになった。
***
鏡に真っ赤になった亜貴の顔が映っている。これは事故だと鏡に映る自分の目を見て心で言い聞かせた。それでもなんだか大切な物を失った気がして、亜貴は唇に手で触れた。キュッと指で唇を拭き取る。それでも感触が消えない。刻の唇に当たらなかったのだからいいじゃない。そう思っても目から涙が一筋零れた。刻だから嫌だった訳じゃない。焔じゃなかったから嫌なのだ。ハンカチで目を拭うと、両頬をパンっと叩いた。
(刻も戸惑ってるはずだ。戻らないと)
トイレから亜貴が出てくると、刻が近くの壁に寄りかかってぼんやりしてるのが見えた。そして、亜貴に気付くと、
「ごめん! 俺が悪かった!
まさかあんなことになるとは思わなくて!
何読んでんのか気になっただけなんだ。……ほんとにごめん!」
と顔を真っ赤にして謝り、深々と頭を下げた。その刻の手には自分の鞄と亜貴の鞄、そして亜貴が落とした本があった。亜貴はそれらを受け取る。
「本のタイトル見た?」
「えっと、見えた」
また、ごめんと小さくなる刻。
「そう」
ますます恥ずかしくなった亜貴はなかなか刻と目が合わせられなかった。
「刻こそ好きでもない女子から、顎にキス? されても迷惑よね。こっちも悪かったわ」
キスという単語を言いにくそうに亜貴は言って、明後日の方向を向いた。
「そ、それでこの後なんだけど」
「お、おう」
「私、今日は帰るわ」
こんなぐちゃぐちゃな気持ちで、焔がさゆりを好きかどうかを自分の目で判断できるとは思えなかった。
「なら駅まで一緒に」
と言った刻に、
「今日は一人で帰るわ。
じゃあ、またね」
「お、おう」
刻の目を一度も見ずに足早に行ってしまった亜貴を見送り、刻は大きなため息をついていた。
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