亜貴の憂鬱
「何よ、試験が終わってすぐから部活しなくても……」
刻との試験勉強は案外楽しくて、亜貴は試験が終わって一人になったのがなんだか寂しく感じられた。そしてそう思っている自分に驚いた。
(私にとって刻ってなんだろう?)
先程言ったように兄弟がいたらこんな感じかなと亜貴は思う。焔のことも亜貴がするままに付き合ってくれた。きっとよっぽどのことじゃない限り、刻は亜貴の提案を断らないだろう。
(実は優しい奴なのよね)
亜貴の刻への評価は今では高いものになりつつある。
(でも、樋口先輩への想いとはまた違う気がするのよね)
亜貴は自分の心がよく分からず、もやもやした。
(先輩は三日後に卒業。
刻との勝負の期間はそのさらに六日後まで。
……)
亜貴はまだ焔の件を諦められないでいた。特に先程渓に振られたさゆりを見ていたので、もしかしたら焔が告白すればさゆりも考えるかもしれないと思ってしまう。
(だって、やっぱり伝えないまま行くなんて悲しすぎる)
もやもやが止まらない。
亜貴は自分の両頬を軽く叩いた。
(私も書道教室に行こう)
亜貴は背筋をすっと伸ばすと、歩き出した。
書道教室には美和子がいた。幸い他の部員と離れたところにいたので、亜貴は美和子の横に座った。
「あれ、亜貴? 今日は樋口君と一緒じゃないの?」
声を潜めて美和子が尋ねてきた。
「刻は部活してる」
即答した亜貴に、美和子が笑う。
「なにむくれてんの?」
「むくれてなんかいないもん」
「そういうことにしてあげましょうかね」
亜貴は書道の道具を開くのは久しぶりだなと思った。部室に漂う墨汁の香り。この香りと焔はセットになっていて、書道教室に今焔がいないのが不思議な感じがした。焔が卒業したらずっとこんな感じなのだなと思うと、目が潤みそうになった。
(もう、教えてももらえないんだな)
亜貴はなんだか胸が苦しくなって、数枚書いたところで書道教室を出た。
美和子が追いかけてきた。
「もう帰るの?」
「うん……」
「卒業式の日は、三年生方書道教室に来られるから、花束と色紙を渡すみたいよ? 誰か渡したい先輩いる?」
亜貴は一瞬焔を思い浮かべたがやめた。
「円上先輩に渡したいけど、人気ありそうね?」
「あー、円上先輩ね。もう決まってるや」
「じゃあ、私は渡さなくていいよ。でも、書道教室には来るから」
「わかった。
それで」
美和子が声を小さくしてきりだした。
「?」
「樋口君との勝負はどうなってるの?」
「どうって?」
「状況は変わった?」
「変わってないと思うよ」
亜貴は少し考えてそう答えた。
「そうかな? 見てると本当に付き合ってるようにしかみえないけど?」
「……まあ、お互い気を使わなくていい関係ではあるけど、それが恋愛感情からかは分からない。刻もそうなんじゃないかな。好きだったらもっとドキドキしたり、キュンとしたりしないかな?」
「全くしない?」
「……」
亜貴は答えに詰まる。
「恋も色んな形があるんじゃないかな? 自覚がないだけだったりして」
「……うーん……」
亜貴は焔が初恋なので、どうしても焔への感情と比べてしまう。刻に対する感情は焔に対する感情とはかなり違うものだ。一緒にいてドキドキするより、気を許して安心できる。
「ま、あとどのくらいか知らないけど、頑張ってね!」
何をどう頑張ればいいのか亜貴は困ったが、頷いて美和子と別れた。
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