水族館は思った以上に楽しいものでした

「あ、カワウソよ!」

「お、可愛い顔してんな」

「でも、食べる時は凶悪な顔になるのよ?」

「そうなのか?」

 餌やりの時間ではなかったのでカワウソは愛嬌のある顔で水に入ったり出たりとちょこまか動き回っていて可愛らしかった。

 亜貴の好きなラッコもいた。くるりくるりと身体を回転させては餌の貝と石をぶつけて割ろうとしていた。カンカンという音が響いている。

「ラッコって鼻がでかいところが可愛いのよね」

「亜貴の可愛いの基準はよくわからねえけど、ラッコは確かに可愛い」

「毛は硬いのかな? 柔らかいのかな? 触ってみたいな!」

「どうなんだろうな? かなり毛深いとは聞くけど」

「ねえ、あそこ! 手を繋いでるみたいね!」

 亜貴の声に刻が見ると、確かに浮いたラッコ同士が手を繋いでいた。

「可愛い!!」

「結構亜貴、無神経だな」

「え?」

「なんでもねえ」

 刻はふいと亜貴から目を逸らした。

「変なの。ほら、あっちはペンギンよ! 行きましょ!」

 亜貴は刻のニットの端を掴む。

「お前、手は駄目で、ニットはいいのか? 伸びるからやめれ」

 刻は苦笑いをした。

「ペンギン、可愛い~!」

「まあ、ペンギンは文句なしに可愛いな。亜貴、さっきから可愛いしか言ってないな?」

「他に言葉が浮かばないのよ。だってとにかく可愛いから」

「まあ、それはそうだ」

 またも刻は苦笑い。

 マゼランペンギンからイワトビペンギン、オウサマペンギンなど、小さいペンギンから大きなペンギンまでが少し窮屈そうにいた。歩きにくそうによちよち歩いているのが愛らしい。ストンと水へ入ると魚のようにスイスイ泳ぐのが不思議だ。

「癒されるね~」

「まあ、亜貴が楽しそうだから、来てよかったな」

 さらりと出た刻の言葉に、亜貴はどきりとした。そして、振り返るとあった刻の優しい目に亜貴は思わず目を逸らした。

「な、何よ。刻は楽しくないの?」

「俺? いや、楽しいよ?」

「そ、そう。ならいいけど」

「よし。水族館も一通り回ったし、飯食いに行くか」

「うん……。あ! その前にお土産屋さんに寄って!」

 亜貴は慌ててそう言った。刻も思い出して、

「そういや、兄貴のハンカチだったな」

 と土産コーナーに足を運んだ。


「樋口先輩、白が好きみたいね。白の無地に何か刺繍が入ってるようなのない?」

「ハンカチねぇ。おっ、こんなのどうだ?」

 刻が手にしたのは白のハンドタオルで、小さなイルカの刺繍がしてあった。ハンカチではないが、亜貴はそれを気に入った。

「いいね! それにするわ」

 二人は会計を済ませて水族館を出た。

 亜貴は水族館を振り返って目を細めた。

「楽しかった! 来て良かった」

「そりゃあ良かったな。

飯だけど、この近くで食べるか、バスで駅まで行ってそこで食べるか、どっちがいい?」

「バスは本数が電車より少ないから、先にバスで駅に戻ってからにしない?」

「じゃあ、そうするか」

 バス停でバスを待つ間、亜貴はスマホで撮っていた水族館での写真を見ていた。隣から刻もそれを覗いてくる。

「イルカショーの写真撮りたかったんだけど、見ているとあっという間で結局撮れなかったのよね」

「ショーは見るもんで撮るもんじゃないさ」

「まあ、そうよね」

「このラッコ、よく撮れてるじゃねーか」

 刻が指差した画面にはカメラ目線になってるラッコが写っていた。

「そう、これはたまたまこっち向いてくれてたの」

 他にもライトアップされて優雅に漂うクラゲや、傾いてるタツノオトシゴ、物思いにふけっているようなペンギンなど、亜貴のスマホはユニークな写真が撮れていた。

「自分は入れないんだな」

「インスタやってるわけじゃないからね。

あ、でも刻との写真も一枚もないわね。……撮る?」

「ここでか?」

「うーん、そうね、なんか記念になるようなものがあればいいんだけど」

「仕方ねーな。バス停の名前が入るように撮ろーぜ。変顔で」

「変顔で?」

「普通に撮ったら面白くねぇじゃん」

 亜貴と刻は水族館前というバス停名を二人で指差してるポーズで自撮りした。刻は舌を出して相手を挑発するような目で写っていた。なかなかかっこよく撮れている。亜貴はちょっと驚いているような顔だ。

「いーじゃん。これで今日の日を忘れないさ」

 バスが来たので二人はバスに乗り込んだ。はしゃぎすぎて疲れたのか、亜貴は舟を漕いでいる。刻は苦笑いしながらも亜貴が椅子に頭をぶつけないように手で椅子を覆った。亜貴は縦にうとうとしていたのが、横に倒れるように揺れ出した。刻は亜貴が刻の肩のところに頭をぶつけると、亜貴の頭を優しく撫でた。


「降りるぞ」

 刻に言われて亜貴は目を覚ました。刻の肩にもたれかかっていたのに気付き、亜貴は頬を赤らめた。

「ご、ごめん」

「別に。疲れたんだろ、はしゃぎすぎて」

 バスから降りると電車の駅周辺には人が多くいた。

「十四時か。人は多いけど昼時は過ぎてるから店内は人少ないかも」

 二人は駅周辺を歩き回って、一軒の洋食屋に入った。パスタとオムライスの店らしく、表の黒板に本日のパスタとオムライスが書いてあった。

 店の中は明るくモダンな感じだった。観葉植物がいたるところに置いてある。

「本日のオムライスと、あ、いや、本日のオムライス二つで」

 亜貴はテーブルに置かれている小さな観葉植物を見ていた。

「私もこれくらいなら育てられるかしら。いつもいつのまにか枯らしてしまうのよね」

「それって、向いてないんだろ。可哀想だから育てんのやめろよ」

「やっぱり?」

 亜貴は残念そうに植物から視線を外した。

 オムライスには和風ソースがかかっていた。ソースの中にはキノコ類がたくさん入っていて美味しかった。



 帰りの電車で亜貴は焔のことを考えていた。寂しくはなるけど、入試、合格していて欲しい。

「亜貴?」

「うん?」

「兄貴のこと考えてるだろ?」

「え? う、うん。合格してるといいなって思ってたの」

「亜貴は兄貴のことになると顔が不細工になるからな」

 どこか寂しそうな刻の声。それに気付かず、亜貴は

「失礼ね!」

 と声を上げる。

「兄貴は大丈夫さ。帰ったらすぐメールするから、それまでは忘れとけ」

刻はそう言ってポッケの中に手を入れた。そこには水族館で買ったキーホルダーが二つ入っていたが、この日、刻は渡すのをやめた。




 帰宅すると、奈津が、

「どうだった?」

 と聞いてきた。

「うん。楽しかったよ」

「ワンピースは? 何か言われた?」

「……可愛いって」

「ほら、着て行って良かったじゃない!」

「まあ、ね。あ、ごめん。メール」

 亜貴は二階の自室への階段を走って上がった。ドキドキしながらスマホを開ける。

 刻のメールには「合格」とだけ書いてあった。

(良かった……!)

 亜貴は心の底から安堵した。

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