叶わぬ恋ならせめて力になりたい
「亜貴はチャリ通?」
「ううん。私は電車」
校門前で聞いてきた刻に亜貴は答える。
「じゃあ、ちょうどいいな。俺も電車だから」
そういうと刻は歩き出す。校内を歩いていた時はあまりわからなかったが、刻の一歩は亜貴の一歩より大きいため、亜貴が早足でついていかないと遅れてしまう。
「?」
やや息が上がってきた亜貴を刻が振り返り、不思議そうに見た。
「なんだ、体調でも悪いのか?」
「……わかんないだろうけど、足の長さが違うからこっちは早足でついて行ってるのよ」
亜貴の言葉に、刻は言われて初めて気付いたように足を止めた。
「なんだ、言えばいいのに」
亜貴はしばし息を整えながら刻を睨んだ。刻はそんな亜貴を可笑しそうに見つめ返す。
「悪い悪い。あんた背はどのくらいあんの?」
亜貴は身長を聞かれるのがあまり好きではなかった。女子にしては高いのが悩みだった。
「……169センチよ」
「ふーん。態度がでかいからもう少しあるのかと思った」
悪びれもなく言う刻に、
「あんた、ほんっとにむかつくわね」
と言い返して亜貴は刻の隣に並ぶ。なんだかんだ言いながらも刻は歩く速度を亜貴に合わせたようだ。差がつかなくなった。
「刻は何センチあるの?」
「あ、俺? 178」
歩幅に差がつくわけだ、と亜貴は納得した。二月のこの時期、夕暮れはまだ早い。太陽が沈んで僅かに光を残している空を見上げて、亜貴は足を止めた。
「そうだ」
突然亜貴が発した言葉に刻が亜貴の顔を見る。亜貴は真っ直ぐに前を向いていた。刻はそんな亜貴の目に一瞬惹きつけられる。
「……なんだよ?」
「追いつくのに必死で大事なことを忘れてた」
「大事なこと?」
「うん」
亜貴は再び歩き出して刻を追い越し、振り返った。そして刻の目をまっすぐ見る。
「ねえ、刻。あんた、樋口先輩の好きな人わからない?」
刻の目つきが変わる。
「なんで?」
「心当たりあるんだ?」
「だから、なんで?」
刻の目に凄味が加わる。
「私の想いは叶わない」
「だから何だよ。兄貴の恋をぶち壊してやるのか?」
刻の言葉に亜貴は反射的に持っていた鞄で刻を殴った。
「!? っい、痛ってえ!! 何しやがる!?」
「あんた、ほんっとむかつく!!! そんなことするわけないでしょ!」
怒りで亜貴の目には涙が浮かんでいた。その亜貴を見て、刻はたじろぐ。
「なんで泣くんだよ」
「刻があまりに酷いこと言うからよ!」
「だって、じゃあ、兄貴の好きな人知ってどうすんだよ、お前」
「くっつけるのよ!!」
右の拳を握って迷わず言い切った亜貴に、
「はあ~?」
刻は素っ頓狂な声を上げた。
「本気で言ってんの?」
「うん。今日、刻を見てて決めた」
先ほど刻の足をしたたかに打って落ちた鞄を拾いながら亜貴は答える。亜貴の目は地面に注がれていた。
「ちゃんとこっち向いて言えよ」
刻の言葉に、亜貴は鞄をポンポンと払いながら刻を見た。その瞳からすうっと涙が落ちる。
「……」
刻は言葉を失った。
「……樋口先輩、もうすぐ卒業でしょう? 私の恋は叶わなかったけど、先輩の恋は叶うかもしれない。それなら私は先輩の恋を応援したい」
「そしたらお前の気持ちはどうなるんだよ?!」
刻が声を上げた。
「もう私は振られたんだからどうしようもないじゃない」
「そ、それはそう、だけど、よ」
刻は亜貴から目をそらしてそう言うと黙ってしまった。亜貴はそんな刻を置いていくように足を踏み出す。
「刻は協力してくれないの?」
「え? 俺?」
亜貴の隣に来た刻は心底意外そうにつぶやいた。
「うん。
駅に着いたね。考えておいてくれない?」
「……ああ」
駅は人が疎らだったが、電車内は仕事帰りのサラリーマンや部活を終えた学生でごった返していた。二人は席に座れず、吊革につかまって立つことになった。窓には決意を秘めた目をした亜貴と物憂げな刻の姿が映っていた。三駅目で亜貴は、
「じゃあ、明日ね、刻」
とだけ言うと電車を降りた。刻は亜貴に視線を送って黙って頷いただけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます