噂の渓ちゃんに会えました
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翌日の昼休み。刻は同級生の男子に囲まれていた。
「よかったな~今日晴れて!」
「昨日は会えなくて寂しかったよ~」
「あははは!」
「行ってらっしゃーい!」
男子たちの声を無視して刻は席を立つと教室を出た。
昨日教室で昼食をとった刻は男子たちの恰好の餌食となった。
「振られましたか~?」
「……ちげーよ」
「あー雨だからか!」
「高城さんて、美人だけど近づき難いよな」
「分かる分かる」
「背、高いし、気が強そう~」
散々な言われように、
「気は強いけど、泣き虫なんだ」
と思わず口を挟んで、しまった、と思った時は遅かった。
ヒューと歓声が上がり、
「そこが可愛いと」
「ごちそうさん!」
「頑張れよ!」
口々に言われて肩を叩かれた。だから今日は何も言わずに教室を後にし、階段を降りる。
と。
「おう、刻じゃないか!」
後ろから聞き覚えのある声に呼ばれて、どきりとして顔だけ向けると、予想通り渓だった。渓に会うのは久しぶりだ。
「渓ちゃん……」
階段を降りながら会話する。
「例の彼女とお昼? 俺にも紹介してくれよ」
「あー、渓ちゃんは昼飯は?」
焔に言ってきたという時点で興味を持ってるだろうとは思っていた。刻は意図的に話を逸らす。
「後で食べる。自由登校だから、帰ってもいいしな」
「じゃあ今から何しに?」
「サッカー」
え? と刻は訝しげに渓を見た。受験の近い日にサッカーとは流石に刻も心配になる。
「……渓ちゃん受験は?」
「俺、サッカーで行けることになったから」
「え?! そーなの?」
刻の言葉に渓はビシッと親指を立てた。刻も渓と同じように親指を立てて返す。
「すげー! 良かったね!」
「おうよ!」
階段を降りきるとタイミング悪く亜貴が前を歩いているのが見えた。なんとか二人を会わせないようにしたいのだが。
「それで、さゆりが一人になるから、刻、頼むな」
渓の声に亜貴がこちらを振り返った。
****
階段を下りていつものベンチに行こうとしている時だった。「さゆり」という名前が聞こえて亜貴は反射的に振り返った。
「刻」
亜貴は刻を認めて声をかけ、隣にいる男子生徒に軽く会釈をした。どこかで見たことのある顔だ。
「あー、お、おう」
刻の目が泳いでいる。どうしたのだろう。
「君が刻の彼女? 君の話してたんだよ。俺は尾崎 渓。以後よろしく! っとこいつのことも末長くよろしくね!」
刻より少し背の低い彼は、人懐っこい笑みを浮かべて刻のことを小突いた。
尾崎 渓……。
「あ」
(ーー渓ちゃん!)
亜貴は思い出してもう一度渓を見た。彼だったのか。確か焔と一緒にいるのを何度か見た気がする。
「?」
亜貴の視線に気付いて渓は目を瞬く。
「えーっと、会ったことあるっけ?」
「あ、いえ!」
「? そ? じゃ、俺はここで! またゆっくりね! えっと……」
名前を聞こうとする渓に刻が割って入った。
「渓ちゃん、早く行った方がいーよ! きっと皆んなグラウンドで待ってるって!」
渓の背中を押す。
「な、何だよ? 分かったよ、じゃあまたね!」
半ば無理矢理校庭の方を向かされ、渓は顔だけ亜貴を振り返り、手を振ると校庭の方に走って行った。
「明るい人ね」
渓を見送り亜貴はふふっと笑った。
「ああ、渓ちゃんね」
二人はいつもの場所にくるとベンチに腰掛ける。今日は昨日と違っていい天気だ。雨の日の次の日の太陽はなんでこんなに愛しいのだろう。
「樋口先輩とは全然タイプが違う。でも幼馴染で仲いいんでしょ? 不思議」
「ああ、昔から何でかなと思うけど仲いい。
俺にとってもさゆり姉は姉貴、渓ちゃんはもう一人の兄貴みたいな感じで育った」
「いいね、なんかそういうの。私、一人っ子だから羨ましいかも」
「まあ、やかましいけど、楽しいかな」
刻は言って箸を咥えると、弁当箱をカパリと開けた。二人は頂きますと言って食べ始める。校庭を見るといつものようにサッカーをしてる男子生徒たちがいた。あの中に渓も混じっているのだろう。
「あれ? そう言えば尾崎先輩勉強しなくていいの?」
「サッカーで決まったって言ってたぜ?」
「そうなんだ、凄いね」
渓のサッカーは推薦レベルなのか、と亜貴は感心する一方で、焔もさゆりも推薦だったら楽だっただろうに、とつい思ってしまった。
「そーいや、あの言い方だと渓ちゃんも県外みたいだ」
「え? じゃあ三人バラバラになっちゃうのかな?」
「そーじゃね?」
それはなんだか寂しい気がする。せっかく仲のいい幼馴染なのに。一人残されるさゆりはもっと寂しいだろう。
亜貴の顔が曇ったのを見て、
「まあ、仕方ねーよな。いつまでも一緒ってのは無理だろ。それぞれ目指す道があるだろうから」
と刻は言ったが、やはりその顔はどこか寂しそうだった。
「そうね……」
三人は自分の道を歩んでいく。でも幼馴染という関係がなくなるわけではない。
「そうよ、別に居場所が変わっても幼馴染なのは変わらないんだから」
亜貴は自分に言い聞かせるように言って、チーズ入りのちくわの天ぷらを口に入れた。
「? まあ、それはそうだ」
「ねえ、今日は何時に部活終わる?」
亜貴はいつものようにおにぎりを一つ刻の弁当箱に入れてから言った。
「何時にって言われるとわかんねぇけどなんか用事かなんかあるのか?」
「学校の裏山に神社がなかった?」
「ああ、あるけど?」
「先輩たちの合格祈願に行かない?」
「あの神社に?」
お世辞にも大きな神社とは言えない神社だ。
「嫌ならいいわよ。私一人で行くし」
それを聞いて刻はギョッとする。普段は人気もない暗い場所だ。
「いや、俺も行く。暗くなる前がいいな。五時には行けるようにするよ」
「そう? 良かった!
じゃあ、私どこにいようか?」
「裏門から出たとこで待ってて」
「分かった。五時にね」
亜貴はそれまでは久しぶりに部活に行こう、と考えて弁当箱を仕舞い、刻もおにぎりを平らげてベンチを立った。
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