初電話は反省電話?
「どうしたらいいんだろう」
夕飯を食べてお風呂に入り、亜貴はベッドに横たわって独り呟く。クッションを握った手が無意識にクッションを揺らす。
自分に自信がなくなってきた。そもそも自分のこともしっかりできていないのに、人の恋愛に首を突っ込むこと自体どうなんだろうと。
「刻の時だってそうだ」
自分が振られたから、だから刻が振っているのが許せなかったんじゃないかとさえ思えてくる。
そうじゃない。あの時は刻を知らなかったし、刻があの女子生徒を小馬鹿にしているように感じたのだ。
(興味ないとかめんどくせぇとか、ほんと失礼すぎる)
あの日の刻の言葉を思い出すとやっぱり今でも胸がムカムカしてくる。
でも。刻と付き合ってみると、刻が悪気を持って言っていたのではなく、正直な気持ちだったんだろうと分かってしまった。正直に向き合うというのが刻の優しさだったのなら、私は何様なんだろう。彼女の告白をあんな形でめちゃくちゃにしてしまったのは私の方なのではないか。胸がチクりと痛む。
(馬鹿なのはほんと私だわ)
心の中で、彼女に謝った。悪気はなかったのは事実。自分の正義に従ったのも事実。でも、自分のしたことが正解かどうかと問われると全く自信がなくなってきた亜貴だった。
「……とにかく今は樋口先輩のことだ」
自己嫌悪でいっぱいになりながらも、焔のことに思考を戻した時だった。スマホがけたたましい音を立てて鳴った。刻の名前が表示されているのを見て、亜貴は通話にスライドさせて起き上がった。
「はい、高城です」
「おう、亜貴。俺だけど」
耳元から刻の声が聞こえてくるのは初めてだからかなんだかくすぐったいような変な感じがする。
「うん。何?」
つっけんどんな言い方になってしまった。
「今、時間大丈夫か?」
「大丈夫」
「今後のことだけど」
「樋口先輩のこと?」
「そう」
亜貴の口から思わずため息が出る。ケータイを持っていない方の手でクッションを転がすと、クッションがベッドから落ちた。
「……今、考えて自己嫌悪に陥っていたところよ」
「あー、まー」
刻が言葉に詰まった。
「あれだ、そのー」
「いいわよ、はっきり言って」
「亜貴はおせっかいなんだろうな」
「おせっかい、ね」
思っていたよりも柔らかい表現に亜貴は刻にちょっと感謝した。
「でも、亜貴は悪気があったわけじゃねぇし、亜貴なりに頑張った結果なんだろ?」
亜貴はまたクッションを手にして、片手でそれを叩いた。
「そう。頑張ってはいるのよ。闇雲にね。でもそれがいい結果を伴うとは限らないってやつね」
亜貴自身わかっている。
「まあ、そう、だな。わかってるじゃねぇか。でも、人間そんなもんじゃね? 何が正解なんてわかんねぇし。お前の今回の行動のおかげで兄貴とさゆり姉が付き合うことになるかもしれねぇし」
「刻ってすごいポジティブよね」
「俺? そーかな。まあ、そーかも。で、亜貴は今ネガティブなんだろ?」
「そうみたい」
「じゃあ、よかったじゃねぇか。二人合わせればいい考えが浮かぶかもしれない」
亜貴はその言葉に感心する。
「すごいわね、あんた」
「は? 馬鹿にしてんのか?」
「してない。本当に、尊敬する」
「バーカ」
その声に照れが混じっているのがわかって、なんだか亜貴も恥ずかしくなって咳ばらいをした。
「本題に戻るけど、再来週の日曜日、入試なのよね? 樋口先輩」
「そう言ってたぜ」
「そうなら、それまでは行動は慎もうかと思うの」
「うん。俺もそれがいいとは思う」
「あとは、喫茶店で会わせる作戦だけど」
「ああそれね。国公立入試が終わってから卒業式まで一週間しかない。どうすんだ?」
「うーん」
日程については刻から聞いて初めて知ったことなので、亜貴も考えあぐねる。
「休日となると、入試後の土日のどちらかになるわよね?」
「そうだな。でも、前期で落ちてたら後期が日曜日あるはずだぜ?」
「そうなの? 私、大変な時期に……」
「何今更」
「……」
こんな時期に焔に告白をしたのも、さらに恋愛イベントを無理やり起こそうとしているのもなんだか申し訳なくなってくる。でももう後には引けない。自分のできることをするだけだ。
「えっと、じゃあ、合格発表はいつだかわかる?」
「や、知らねぇ。でも、確か卒業式より後だって聞いたような?」
そう答えた刻の声の後に、コンコンとドアをノックするような音が聞こえた。
「僕だけど」
くぐもった小さな声が亜貴の耳に届く。聞き取り辛いけれど焔の声のようだ。
「あ、兄貴?! なんだよ? 何の用だよ?」
案の定だ。焦って裏返る刻の大きな声が耳を刺激し、亜貴は携帯を耳から少し遠ざけた。
「入るよ?」
「ま、待っ」
刻が答える前にドアの開く音がした。
(樋口先輩って意外に弟には強気なのかな?)
「誰と話してるの? もしかして、彼女?」
「ち、違ぇーよ!」
「渓が言ってたよ? 刻が女子生徒と一緒に歩いているのを見たって」
「渓ちゃん?!」
刻は動揺して通話を切り忘れているようだ。二人の会話が小さく聞こえてくる。
(盗み聞きみたいで駄目だわ、こんなの)
亜貴はこちらから通話を切った。
今更だが、やっぱり二人は兄弟なんだなと亜貴は思った。それにしても。
(イメージが違うわね。樋口先輩、砕けた感じだった。刻は樋口先輩には弱いのかな)
くすりと笑ってしまう。
(再来週の日曜までは少し時間がある。今度は失敗しないようにちゃんと作戦を立てないと)
亜貴は手帳を取り出し、卒業式である三月五日と、入試がある二月二十六日にも印をつけた。そして再びベッドに寝転がった。
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